8.続・薬局
真顔だった白夜が、今度は微かに笑みを浮かべた。
白夜は微笑んでいるつもりでも、相手からすれば不気味さしかない。
「いかがでしょう。広報会長、引き受けてくれますか?」
「むぅぅ」
なおも答えを渋るくすりに、白夜が顔を寄せて、目を白トカゲのように細く鋭く、見開く。
「お手伝い頂けますね。ね、ね、ね」
白夜が語尾を三回繰り返した。くすりの使い方とは、微妙に間違っている。
「いや、そう言われても……あの、少し考えさせてくれないかな?」
動揺を隠せないくすりが、この場を収めるだけに、先延ばしの妥協案を持ち出した。
仕方なく白夜が壁の時計を見る。
まもなく午後五時になろうとしていた。
「では、あと一分ほど」
「そうじゃなくて」
有無を言わせない白夜にくすりが絶句する。
「では、この時間を利用して少し雑談を。くすりさんはどうして私に投票されたのでしょうか?」
突然の問いに不意をつかれて、くすりがさらに狼狽える。
「べ、別に深い意味は。ていうか、なんで知ってんの。投票は無記名だったでしょ」
しかし、白夜は質問には答えず
「やはり、高等部の外泊無制限が魅力的だったから、ではありませんか?」
と被せた。
くすりが「ああ、まあ」と、ごまかすように目だけで曖昧に頷く。
やはり、この会話は避けたいようだっだ。
その瞬間を見逃さず、灯がここぞとばかりに抱えていた『碧タブ』をまた開いた。
「これから出かける用事があるそうだが、外泊か?」
ギョッとした顔でくすりが灯を見る。
「それは、おかしいな」
灯が何かの画像を『碧タブ』に出して、画面をくすりに向けた。
くすりが目を逸らす。そこに何があるのか、見なくてもわかっているようだ。
「今週、五回目だな」
くすりの額に一気に汗が吹き出した。
とても笑えない場面だが、動揺で頬が引きつって、ニヤけているように見える。
心底困り果てているのだろう。
「外泊は週三日まで。現在の規則ではそうなってる。白夜が生徒会長になったのはついさっき。当然『中等部育成プログラム』も、高等部の外泊無制限もまだ始まっていない。にもかかわらず、これはどういうことか」
画面には、今週くすりが提出したきっちり五日分の外泊届が、五分割で表示されていた。
くすりは大量に吹き出している冷や汗を拭うことも忘れて、自然と溢れ出てくる唾をごくりと飲み込む。
「届け出を、偽造してるな」
灯が決定打を打つ。同時に、白夜がもう一度、壁の時計を見た。
午後五時ちょうど。
「ああ、そろそろですね」
白夜がドアの方を見る。女子生徒が慌てた様子で部屋に飛び込んできた。
「くすりさん。遅くなりました。今日は私が担当です」
女子生徒が、すぐに室内の異様な雰囲気に気づいて、不思議そうに白夜を見た。
白夜が静かに立ち上がる。
「……くすりさんがお話しにならないというのなら、彼女にお聞きしましょうか」
これ以上の話は無用だった。くすりが青ざめた顔で、天を仰ぐ。
「ちなみに私は、くすりさんの不正を問題視しようとは思っていません。ですから、斑鳩くすりさん……」
白夜が改めてフルネームで呼ぶ。
「広報会長、引き受けてもらえますね」
憔悴しきったくすりが、諦めたようにうなだれる。
そのままの姿勢で、三回、ため息を漏らした。
「まさか、こっちが本当のお土産?」
「怖い。怖すぎるよ、白夜ちゃん」
白夜がまた目の前の水晶を見る。
そこに写った自分の顔には、先ほど灯に指摘されたように死相がでていた、ような気がした。
◆
『薬局』を出た四人は、もう日が沈み始めていたこともあり、政務室には戻らず、自分たちの学生寮の『四棟』に揃って向かった。
その道すがら、
「つまり、くすりちゃんは、別の誰かの外泊届を使って、外泊してたってこと?」
「その誰かを自分の部屋に泊まらせる、替え玉みたいなこともしてたんだろうな」
有栖と日々が、答え合わせをするように、頷きあった。
「そんなこと出来るのも、くすりちゃんだからだね」
「タダで占ってあげる、なんて言えば手を貸す人はたくさんいるからな」
「そんなに毎晩どこに出かけてたんだろう。友達の家?」
「なわけない」
灯が冷たく言い放つ。
「女子高生が、毎晩行かなきゃいけないとこなんて決まってる」
気づいた有栖が「なんて汚らわしいっ」と、腕を組み、頬を膨らませて憤慨した。
「彼女は、少し男性にだらしないところがあるんです」
白夜が同情するように言う。
「通っている相手も、毎夜違うと聞いています」
「どこでそんな情報、入手すんだよ」
「白夜氏は風紀会長だったから、そういう情報が集まるんだ」
日々の問いに、灯が代わりに答えた。
「ほんと? そんなことある? テキトーなこと言ってるでしょ」
いい加減な灯の嘘を、有栖がすぐに見破る。
白夜は薄笑いを浮かべるだけで何も言わない。
「ところで、あの写真。どこで撮ったんだ? あの、織姫のやつ」
「白夜ちゃんは知らないって言ってたけど、そんなわけないよね」
二人が揃って白夜の前に出て、足を止めさせる。
「私は何も知らないですし、たとえ、知っていてもお二人には教えません」
「え、どういうこと?」
「教えてくれてもいいじゃん」
「教えられません」
白夜が改めて否定した。
「なんだよ、ケチッ」
「そうだよ。あたしたち仲間じゃなかったの?」
「いえ、そういうではありません」
白夜が首を振る。
「有栖さんと日々さんは、何も知らないでいてくれないと困るんです。なにかあったとき、二人を守ることが出来ません。汚れ役は、私と灯さんだけで十分」
白夜が灯を見る。灯はそっぽを向いている。
「なんだよそれ」
日々が短く舌打ちをする。
「灯ちゃんが、可愛そうだよ……」
有栖も納得できず何か言いたそうに口を動かしていたが、白夜の意図に理解を示し、それ以上ごねるようなことはしなかった。
何も言わなかったのは、通りかかった『五棟』の前がかなり騒がしいことになっていたこともある。
五棟は現在、高校二年が生活している。
「……ん、なんだろう、あれ」
日々が指さした先、大勢の人だかりの中心で、織姫が暴れていた。
「誰がやったんんだ」
などとわめいている。
織姫をなだめる大勢の生徒たちの中には、同じく高校二年のまほろもいた。
「織姫くん。それはまずいって」
織姫が寮の前にあったベンチに思いっきり蹴りを食らわせている。
ベンチの背もたれの横板がバラバラに破壊されていく。
「ああ。ひとつ私から言えることがありました」
白夜が騒動を遠巻きに見ながら、
「そういえば、先週、五棟で、火災報知器の誤作動があったでしょう」
と、誰に言うでもなく「これは私の想像ですが」と前置きしてから呟いた。
「あの織姫さんの写真ですが、写真を見る限り、あのときに撮られたものではないでしょうか。ちょうどベガさんもお姉さんの部屋にいたのでしょうね。
真夜中に、火災報知器が鳴り響いて、廊下に織姫さんが飛び出してきたところを、パチリ。
まあ、これは私の勝手な想像ですが。本当に誤作動で良かったですね。本当の火災だったら、大変なことになっていました」
白夜がスタスタと歩き去り、自分の『四棟』の建物に消えた。
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