エピローグ.第一政務室
ソファーセットの前のローテーブには、刷り上がったばかりの最新八月号の生徒会広報誌が山積みにされていた。
表紙は生徒会長席に座る白夜の写真だ。
貫禄と威厳と恐怖をまとった表情で、足を組んでいる。
有栖が、ペラペラとめくっていた広報誌をテーブルに放り投げた。
視線を上げ、新たに壁に掲げられた、会長名簿をまじまじと見た。
立派な額縁で縁取られている。
生徒会長
総務
外務
財務
法務
風紀
広報
福祉
情報戦略
生徒会改革
庶務代理
「白夜ちゃん。そろそろ決めたほうがいいんじゃない?」
生徒会総裁選から二週間、きのうから新学期が始まり、白夜政権が本格的に動き出した。
白夜が最重要視していた組閣も固まり、いまのところ大きな支障は出ていない。
『生徒会長 安楽白夜』と書かれた卓上名札を前に座る白夜が、デスクから顔を上げた。
「何のことでしょう」
知らん顔を決め込む。
「とぼけてるんじゃないって」
日々が白夜の席の前まで来て、壁の名簿を指さした。
「総務会長に決まってんじゃん、総・務・会・長。副会長!」
「ああ、そうですねえ」
白夜がわざとらしく呟いて、斜め右隣で『碧タブ』で何かの資料を眺めている灯を見た。
「誰か良さそうな候補はいましたか?」
灯が目も上げずに、首を振る。
「また外部から誰かを連れてくる気だったんですか?」
入口に一番近い席で、大量の紙資料と格闘していたまほろが遠くから声をかける。
紙資料はすべて書庫にあったもので、紙で保存されてた生徒会資料をデータで保存しようと手作業でパソコンに入力していた。
隣の席では、朝日がまほろを手伝っている。
「白夜先輩って意外と優柔不断なんですね」
「ああ、嫌だ、嫌だ、嫌だ。人材に乏しい生徒会だこと」
くすりがソファでお茶で、胃薬を流し込みながら頷いた。
「ほんと。おかげで霧ちゃんまで入閣してるし」
有栖がくすりの正面に座ると、シヅカが手早く有栖にもお茶を淹れる。
「霧女史は、あれはあれで役に立っていますわ。
もともと情報戦略会長なのでITには精通していますし、
何より萌乃女史や織姫女史の監視役として、とても優秀ですわ」
朝日が抜けて、旧夜祭派は一時、萌乃ひとりとなった。
その後、飛鳥派を除名処分になった宇井とゆり根が合流したが、旧夜祭派からは誰も入閣せず。生徒会最弱派閥となっている。
霧の報告では、あれ以来、夜祭とは接触していないらしい。
その報告が正しいものなのか、萌乃が腹の底で何を考えているのか、それは不明だが、いまのところ目立った動きはない。
織姫派も生徒会に残った。
長年守ってきた広報会長の座を奪われ、白夜には相当な恨みを持っているはずだが、もともと生徒からの人気に支えられた派閥で、例の事件以来、その人気にも陰りがある。
いまの白夜にとって、大きな脅威ではなかった。
「やっぱり、飛鳥ちゃんに頼むしかないんじゃないの?」
「総務会長になれると思って、白夜に投票したっていう話もあるけど」
日々が白夜のデスクの上に行儀悪く座りながら聞くと、
「それはありえません。何度も否定しているじゃないですか」
白夜が即座に反応した。
「くすりちゃん、顔か知らない? 占いに来るお客さんの中でさ」
有栖が目の前のくすりに顔を寄せる。
「ない、ない、ない。灯っちが探して見つからないのに、ワタシが知るわけがない」
「だよねえ」
重苦しくも半ば諦めにも似た沈黙――その静寂を破るように、ドアを叩くノックの音が響いた。
どうぞ、の返事も待たずにドアが開く。
「頼まれていた資料、お持ちしました」
部屋に入ってきたのは雛子だった。
役員たちに笑顔を振りまきながら、まっすぐ白夜に歩み寄る。
デスクに腰掛けていた日々があわてて場所を譲った。
「来週に予定されている交流会の概要です」
雛子が小脇に抱えていたファイルを白夜に差し出した。
「ご苦労さまです」
白夜が受け取ると、雛子は一礼して、すぐに引き返した。
その態度に後ろめたさや遺恨といった負の感情は一切ない。
終始、笑顔を絶やさず部屋を出て、丁寧にドアが閉められた。
「いーーー! ほんと、なんだよ!」
日々がドアに向かって舌を出した。
「白夜もなんであんなやつにポストを与えてんだよ」
「雛子さんは私に投票してくれたじゃないですか。彼女のおかげで勝てたのですから当然です」
「だからって、あんな悪人をわざわざ」
「雛子くん自身はすべて否定していますけれど」
まほろが日々をたしなめる。
「それに、飛鳥さんと約束しましたので。飛鳥派から二人を入閣させると」
「そっか。雛子ちゃん、まだ飛鳥派なのか」
飛鳥派は、慧と雛子だけになったが、二人ともにポストが与えられた。
白夜派と同じく二名が入閣しているため、飛鳥派は生徒会の第二派閥ということになる。
飛鳥自身は生徒会を去ったが、いまでも学園のために地道に活動を続けているという。その堅実な姿勢には白夜も一目置いている。
「だいたい、勝てたのだって、雛子じゃなくて、朝日のおかげじゃん」
日々が不満げに言うと、朝日が照れたように顔を伏せた。
「なんかすいません」
朝日には最近まで白夜が担当していた風紀会長を任せた。
後継者という意味合いを持たせて、朝日の心をくすぐったつもりだったが、本人はまほろと同じく無所属で活動を続けている。
有栖や日々がしつこく勧誘しても、派閥への所属を断り続けている。
これからもその予定はない。
「でね、話をまた戻すようで、悪いんだけれど」
有栖が白夜のデスクまで近寄ってきた。
「どうするのよ、総務会長」
すると白夜が「そうですねえ」と言いながら、立ち上がって、窓の外を見た。
しばらく考えを巡らせていたかと思うと、おもむろに振り返った。
「実はもう決めているんです。先日、飛鳥さんにも相談して、いいアイデアだとお褒めの言葉も頂きました」
「ホントに?」
「だったら早く言えって」
有栖と日々が口を尖らせる。
くすりやシヅカも興味津々に目を輝かせ、うんうん、と頷きながら続きを待った。灯もようやく『碧タブ』から目を上げる。
「総務会長は、いっそのこと、なくしてしまいましょう」
長い沈黙のあと、政務室に驚きと悲鳴のような声が広がった。
え? ええええ、え?
「夏休み中だったとはいえ、総務会長がいなくてもこの一ヶ月、なんの問題もなかったじゃないですか。
それに実はずっと思っていたんです。総務会長なんて必要ないって。
前任は誰ですか。萌乃さんでしょう。あの人、これまで何かをしましたか?」
そう言われると、誰も何も反論できなかった。
「ね、必要ないんですよ、総務会長なんて、最初から」
「それ、本気?」
灯が眼鏡の奥の細い目を鋭く光らせた。
白夜が屈託のない笑顔で頷く。
「いやいや、それはダメでしょう」
「どうしてですか。誰か困る人はいますか? 誰もいませんでしょう」
有栖の反論にも、即座に否定した。
「困ります!」
立ち上がったのは、まほろだった。
「ぼくが困ります! 総務会長が不在で、備品や施設管理の決裁がずっと滞ってます。生徒会の仕事だって、誰の指示を仰げばいいんですか。
例えばこの書庫の書類の整理だって、ぼくが勝手にやっていることです。
このままじゃ生徒会運営に支障をきたします」
「ほら! やっぱいないとダメなんだよ、総務会長は」
まほろをくすりが後押しする。
「では、こうしましょう」
白夜が壁の会長名簿の前に立った。
「これまで総務会長の仕事とされていたものは、庶務会長に一任しましょう」
そう言うと「総務会長」の札を壁からむしり取り、そのままゴミ箱に捨てた。
「いや、そんな無茶苦茶です」
まほろが呆気にとられている間に、続けざまに言葉を重ねる。
「私は、庶務会長は雑用係のつまらない仕事は思っていません。
ですが、総務会長がいることで、そのような印象を持つというのであれば、総務なんてものはいっそのことなくしてしまいましょう。
庶務という肩書きで思う存分、総務と同じ働きをしてもらいます。
まほろさん、やってくれますね」
何と答えていいかわからず体を小刻みに体を震わせるまほろの代わりに、朝日が答えた。
「いいんじゃないですか?」
有栖と日々も「なるほど」と同意する。
「そっか。そういうのもあかもね」
「ありよりのありだ」
「白夜っちなら、副会長なんていらないからね」
くすりも声を揃えた。
ところが、灯だけは鋭く指摘する。
「管理する人間がプレイヤーも兼ねると混乱する」
「それはもっともな意見です。もし問題が起きるのであれば、その都度改善しましょう。まあ、私は何も心配をしていませんが」
そう言って白夜は優しく微笑んだ。
「……誉、誉多いことでございます」
放心状態のまほろが、その場で膝から崩れ落ちた。
同時に、生徒会議事堂前の時計塔から、午後五時を告げるチャイムが流れる。
「さ、時間です」
白夜の号令で、全員がソファに集まる。
「では、始めますわ」
シヅカの仕切りで、定例会議が始まった。
白夜はあらかじめ個別に報告を受けているので、内容は知っていることばかりだ。背中を向け、ぼんやりと窓の景色を見ながら、半ば上の空で各々の報告に耳を傾けた。
――「中等部育成プログラム」だけど、全会一致はちょっと無理っぽい。今年度中の実施は難しいかもしれないな
――予算の件だけど、文化祭の売上の半額が、生徒会に寄付されることが決まりました~。はい、皆さん、拍手!!
――あと、部活の数を制限して交付金を減らすっていうの、こっちでちょっと動いたんだけど、陸上部の休部が決定した。活動調査の中で、上級生のパワハラが発覚してさ。いや、良かったよ大事にならずに済んで――
報告を小耳に挟んでいた白夜が、ふと、未処理のボックスに先程まではなかった紙があることに気づいた。
怪訝に手にとって裏返す。そこには。
「安楽白夜を告発する」
とだけ記されていた。
咄嗟に周囲を見回す。
こんなことを書こうと思う人物は今この部屋にはいない。
だとしたら? こんな紙をここに置けたのは、たったひとり、彼女しかいない。
白夜は、これから起きるであろう次の修羅場を想像して、心の底から深いため息を漏らした。
同時に言いしれぬ高揚感が胸にたぎる。
「まったく、これだから……」
とかく、生徒会は住みにくい。
了
そかく 生徒会は住みにくい なゆた蟷螂(かまきり) @kamakiri0
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