2.続・第四政務室

「生徒会運営に最も重要なこと、それはです」


「そかく?」

 聞き返した有栖に、白夜が満面の笑みで、いま書いたばかりの達筆な文字を指さした。


 生徒会長      天華てんげ 飛鳥あすか

 総務        富貴ふき 萌乃もえの

 外務        一宮いちみや けい

 財務        日高ひだか 朝日あさひ

 法務        戸隠とがくし 宇井うい

 風紀        安楽あんらく 白夜びゃくや

 広報        天乃あまの 織姫おりひめ

 福祉        久遠くおん 有栖ありす

 情報戦略      喜多きた ゆり

 生徒会改革     天乃あまの ベガ

 庶務        薬師寺やくしじ雛子ひなこ


「これが生徒会の意思決定機関である執行部。最高顧問の十一人です」

「白夜が風紀で、有栖は福祉」

 日々がホワイトボードの名前を順番に指しながら、白夜に相槌を打つ。


 ちなみに、聖青女子学園の生徒会は一般的な「会計」「書記」といった役職ではなく、より細分化されている。


「でも、これは今日までです」

 白夜が役職の下に書いた個人名を、ザザザザッと一気に消し去った。


「生徒会役員の誰をどのポストに起用するのか。

 それが生徒会、強いては学園の将来を左右します。

 ……とりわけ副会長にあたる総務。それから外務、財務、法務の三役。

 この幹部四人は重要です。

 ここを誰に任せるのか、頭の悩ませどころです」


「だけど白夜派は二人。四つは独占できない。残念ながら」

 無表情の灯が言うと、とても残念そうには聞こえない。


「白夜派以外からも、優秀な人材を確保しないといけないってことだよね」

 そう言って有栖が、現状は無所属のまほろを見る。

 まほろが謙虚に頭を下げた。

「誉れ多いことでございます」


 白夜は、まほろの起用については肯定も否定もせず、言葉を続ける。


「――あの娘が欲しい、この娘が欲しい。組閣はいわば、はないちもんめ。

 幹部四人を含めて、他の執行部十人をどう選ぶのか、これが目下の課題です。


 ですが、私は、たかだか十数人の生徒会に、それほど優れた人材がいるとは思っていません」

「あ、それ言っちゃう?」

 有栖が、役に立たなそうな生徒会役員の顔を思い出しながら、指を折った。


 実は今、生徒会は究極の人材難におちいっている。

 三カ月前、四月のクーデターで元生徒会長の夜祭よまつりが敗北。

 二十人以上いた当時最大派閥の夜祭派が解体され、夜祭を始め全員が生徒会を去った。

 そのため現在の役員は二十人にも満たない。

 実際そこから十人の執行部を選んでいるので、もはや役職のない平の役員は数えるほどになっている。


 四、五、六。

 有栖の折った指の数が、七を超えたところで、白夜が満面の笑みを浮かべた。

「十人ちょっとから、十の大事なポストを選ぶというのが、そもそもおかしな話なんです。

 ですから私は、最高の執行部を作るために、生徒会の中だけでなく外部からも招聘しようと考えています」


「はて、外部とは」

 日々が首を傾げる。

「言葉の通り、生徒会役員以外ということです」

「え? そんなこと出来んの?」

「当然じゃありませんか」


 白夜は言葉遣いこそ丁寧だが、時に有無を言わせない物言いをする。

 もちろん、何の根拠もなく、そんなことは口にしない。

 確固たる自信と、強い信念に裏打ちされている。


「お国の閣僚だって、民間人を登用することが出来るんです。だったら、生徒会だって、役員に限らず、外部から優秀な人材を連れて来ることは何ら問題ありません」


「なら、まず生徒会規約を変えなきゃ。他の役員が何て言うか。特に萌乃もえのちゃんとか」

「言わせておけばいいじゃないですか」

 まるで気にも留めない白夜が、

「では、さっそくですが外部候補のリストアップ、お願いします」

 迅速に灯に指示を出す。


 灯は「言われなくてもわかっている」とでも言いたげに、眼鏡の真ん中のブリッジ部分を指で押し上げた。

「そうですねえ」

 白夜が顎を触りながら目を閉じて考えを巡らせる。

 やがて、指をVの字にして突き出した。ピースサインではない。


「出来れば二時間で」

「相変わらず、無茶言うよねぇ。白夜ちゃんは」

 有栖がため息を漏らしたが、灯は造作もないというように例の碧革のタブレット、通称『碧タブ』に目を落とした。


「それ、何が書いてあんの」

 日々が覗き込もうとしたので、灯がカバーをぴしゃりと閉じた。


「夏休み中には組閣を終えたいと思っています。

 二学期の始業式で、新しい生徒会の顔ぶれを全生徒にお披露目しましょう」

「てことは、この一カ月が勝負ってことか」と日々。

「逆に一カ月もあるとも言えますね。あ!」

 まほろが、何かに気づいて顔をぱっと明るくする。


「……もしかして、組閣の時間を確保するために、クーデターを夏休み前のこのタイミングにしたんですか? 生徒会に空白を生まないために」

「どうでしょうか」

 白夜は含み笑いをひとつしてから「さて」と手を打って、引っ越し作業を再開した。


「急ぎましょう。灯さん、そこ邪魔です。どいてもらってもいいですか。

 というか、少しは手伝ってくれてもいいのではありませんか」

 灯は、白夜に煙たがられても、一向に気にせず、部屋の真ん中に陣取って『碧タブ』を操作している。


「労働は私の担当じゃない。

 それに、私は生徒会の役員でもない、ただの雇われの秘書」

「少しぐらい手を貸してくれても、バチは当たらないと言っているだけです」

 二人のやりとりを見ていた有栖と日々が、苦笑いを浮かべた。


「――なんだ、全然、片付いていないじゃないか」


 生徒会役員 飛鳥派 一宮いちみやけい(高校一年)


「ちッさ。なンだよ、この部屋は」


 生徒会役員 飛鳥派 戸隠とがくし宇井うい(高校一年)


 慧と宇井が、廊下から第四政務室を覗き込んだ。

 二人と目が合ってしまった有栖が、逃げるように部屋の奥に引っ込む。

 白夜と同じく元飛鳥派の有栖にはまだわだかまりがあるらしく、脱会した後ろめたさや居心地の悪さを感じているようだった。

 有栖の様子に気づいた日々が、かばうように前に出る。


「何の用ですか? あ、そっか。きょうからここが飛鳥派の部屋か」

「飛鳥さんが、こんな部屋を使うはずないだろうが」

 慧が、不貞腐れたように息を吐く。

「部屋の確認に来ただけだ。一応まだ執行部だからな」


「すいませんね、すぐに移動しますんで。アタシたちの、に」

 日々の滑舌に、宇井がわかりやすく舌打ちをしてから、ホワイトボードに目を移した。


「なンだよ、気が早ェな、もう役員を決めようとしてたのか?」

「違います、違います、ぼくが勝手に」

 まほろが、慌てて両手で文字を消す。

 おかげで手が真っ黒になった。


「調子こいてんじゃねェぞ」

「あ。いいんすか、そんなこと言ってると、宇井は役員になれませんぞ」

 日々がからかうように宇井の前で、チッチッチッと指を振る。


「はァ? 頼まれたって誰が白夜なんか手伝うかッ」

 宇井が顔を真っ赤にして日々の指を払ってから、逆に指を突き返した。


「覚えてろよッ。てめェらがやったこと、全部、暴いてやッからな」

「いや、ちょっと何言ってるのか、さっぱりわからないんすけど」

「とぼけてんじゃねェ。やり方が汚ねえッて言ってンだよ――裏切り者がッ!」


 最後の台詞は日々ではなく、横にいる白夜に向けられていた。

 罵声と一緒に、分泌された液体も浴びた白夜は、怒るでも反論するでもなく、涼しい顔をして頬をぬぐった。


「宇井さん、ひどい言い草ですが、何か根拠があって仰っているのでしょうか」

「ああ。待ッてろよ。すぐに証拠を持って来てやッから」

「それは楽しみにお待ちしています。無駄だとは思いますが」

 白夜の余裕の表情に、宇井は歯ぎしりをしながら、怒りの矛先を変える。


「裏切り者はてめェもだよ、有栖! さっきから狭いとこ隠れて、無視してんじゃねェ」

「ひっどい、宇井ちゃん、八つ当たり」

 有栖が、宇井をまっすぐ見つめ返して、鼻を膨らませた。

「てめ、このッ。出てこい」

「やめて離して。触んないで」


「そのへんにしておけ。もういいだろう」

 有栖に掴みかかろうとする宇井をとがめたのは、慧だった。

 宇井の肩に手を置いたまま、目は白夜を見すえる。

 恨みがましい、その鋭い眼差しは、ある意味、宇井より敵意に満ちていた。

 白夜が受け流すように軽く頭を下げる。

「では、私たちはこれで失礼します」

 そう言って、台車を押そうと持ち手に手をかけた。


「あ、ぼくやります!」

 まほろが白夜に代わって台車を押す。

 両手に大きな荷物を抱えた有栖と日々が続いた。

 白夜と灯も足早に部屋を出る。

「……ああ、そうです、忘れるところでした」

 去り際、白夜が不意に振り返った。


「ひとつお願いがあるのですが?」

 宇井が「ンだよ」と露骨に顔をしかめる。

「飛鳥さんと、少しお話をさせていただきたいのですが」

「あァ? 今さら何の用だ」

 白夜は、語気を荒らげる宇井に、心底困ったような顔をしてから、慧に視線に移した。


「お手数ですが、よろしくお願いします」

「飛鳥さんに言いたいことがあるなら、あたいから伝えるけれど?」

 慧が露骨に警戒感をあらわにする。

「それには及びません。二人きりで話をさせてください」

 慧が額に皺を寄せて、怪訝な顔をする。白夜は返事も聞かずに、にこやかに微笑むと、


「では、ホールでお待ちしています」

 廊下の先で待っていた灯を追いかけた。

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