1.第四政務室
二年前に完成したばかりの「生徒会議事堂」は、
著名な建築家がデザインしたそれは、宮殿と呼ぶに相応く、白亜の壁には何匹ものトカゲが妖しく這う装飾が施されている。
白夜は、時計台がある噴水を迂回して、巨大な円柱が切り立つエントランスに入った。
正面にある吹き抜けの大階段を見上げる。
階段をのぼった先には、生徒会政務室やドーム型の議会ホールがある。
しかし、白夜は階段はのぼらずに、脇の廊下に折れた。
そのまままっすぐ進むと、まるで備品倉庫のような窓のない部屋に突き当たる。
ドアの前で立ち止まり、「第四政務室」と書かれたプレートを見つめる。
全部で七つある生徒会政務室の最も狭くて、最も陽の当たらない部屋。
一週間前、白夜派が発足した際にあてがわれた個室だ。
「生徒会議事堂」が出来てから、おそらく一度も使われていないこの薄暗い部屋が白夜派に割り当てられたのは、政務室を管理する総務会長の嫌がらせに違いない。
引き戸を開けると、カビ臭いにおいが鼻についたが、それも今日でお別れ。
この度、生徒会の政権を奪取した白夜派は、この暗くてジメジメした第四政務室から、生徒会議事堂の最上階に位置する、第一政務室にお引っ越しをする。
「おめでとう、白夜ちゃん! とりあえず、万歳三唱でも、やっとこーか」
生徒会役員 白夜派
「あ。嫌なら胴上げでもいいんだけど、そんなキャラじゃないよね、白夜ちゃんは」
お嬢様を絵に描いたような巻き髪縦ロールの姫系美人、頭に大きなリボンをつけ、レースのベールをまとった有栖がてへへと頭を掻いた。
一歩間違えれば勘違いゴスロリ娘になりそうなところを、圧倒的な美貌と家柄からにじみ出る品格で、最強のラインを維持している。
「アタシ、一応、だるま用意しておいたんだけどさ、目、入れる?」
生徒会役員 白夜派
デコ出しショートのアクティブ系美女、制服のブラウスを大きく開けた日々が、小ぶりのだるまを頭にちょこんと乗せた。
普通の女子がやればあざといと言われる仕草だが、普通ではない小悪魔的な可愛さを持ち合わせている日々がやると、まったく嫌らしく見えない。
そもそも日々本人は、計算高いあざとテクなどまるで持ち合わせていない。
「日々ちゃん、いまごろ用意しても遅いよ。だるまは、願いが叶う前に用意するんだよ」
「大丈夫、これ白だるま君だから」
「何それ」
「知らない? アニメのキャラクター。雪だるまがモチーフの」
「雪だるまって、もはや、だるまとは別モノ」
「くす玉もあるでよ」
と、日々が頭上を指さした。
「気づかなかった、いつの間に!!」
天井からはキラキラとまるでミラーボールのようなくす玉がぶら下がっていた。
「有栖さん、日々さん。無駄話はその位にして、早く荷物をまとめてしまいましょう。急いでここを出ていかなければならないのに、散らかしてどうするんですか」
想定通りの勝利とはいえ、浮足立っている二人を白夜がとがめた。
日々が、へいへいと鼻をかきながら、くす玉を回収する。
「忙しいところ悪い。白夜氏。ちょっといい?」
白夜派 政務秘書官
部屋の隅で、引っ越し作業には参加せず、碧い革カバーのタブレット端末に目を落としていた灯が、顔を上げて白夜を見た。
銀フレームの眼鏡の奥に覗く目が、まったく笑っていない。
忙しいところ悪いけれど。
なんて前置きはしているが、悪びれる素振りは微塵もない。
「さっきの挨拶、なにアレ。言ったよね、短くって。どんな意図があるのか知らないけど、だらだら長いわりに目新しい内容は皆無で理解不能。ついでに意味不明。
反対派への敵対心がむき出しで、完全に逆効果。好感度ゼロ、というかマイナス」
抑揚のない平坦な口調で、早口にまくしたてる。
灯は銀髪のショートヘアをシンプルなカチューシャでまとめた、ミステリアス系美女。
悪く言えば冷酷、有り体に言えばクール、良く言えば雪の女神。
灯が表情を変えることはほとんどない。
「おめでとうもなしに、お説教ですか。あ、まだ何か言いたそうですね。はい、どうぞ」
白夜は機嫌を損ねるでもなく、微笑みすら浮かべて続きを促す。
「最低なのは、飛鳥氏に対する言葉、それがなかったこと。
甘く見積もっても極めて最低最悪。あんなのでも一応は生徒会長……」
「いや、あんなのって!」
日々が大げさに体を仰け反りながらリアクションをとる。
「腐っても元上司」
「腐っても!」
「嘘でも敬意は示すべきだった」
「嘘でも!!」
「灯ちゃん、毒が漏れているから、そのへんにしようかぁ」
見兼ねた有栖が、灯の口に、指でバツ印を押し付けた。
当の灯は何が悪いのかまるでわかっていない。
「だけどまあ、確かにあの演説はちょっと、その、やりすぎだよね」
「なんで白夜ちゃんは大勢の人の前だと別人になっちゃうんだろ」
日々と有栖が、困ったように顔を見合わせる。
「申し訳ありません。つい
白夜が顔をピンク色に染める。
壇上であえて挑発的な態度をとったのも、当然、自己演出のひとつだ。
「引っ越しは順調ですか。何かお手伝いしましょうか?」
生徒会役員 無所属
「……というか、相変わらず、何ですかここは。
生徒会じゃなくて、完全にモデル事務所ですよ。
白夜派はビジュアルで採用しているんですか」
「まほろちゃんも入らない? 歓迎するよ」
有栖が丸めた手で手招きすると、
「身に余るお言葉、
と、
そうやって謙遜するまほろも、四人とはまた違う妹系美女だ(年上だけれど)。
誰とでも仲良くできそうな愛嬌のある丸顔の反面、他人とは一定の距離を置く、近寄りがたい雰囲気も兼ね備えていて、その二面性こそがまほろの本性だ。
実際ここ最近、白夜と行動を共にしているが、白夜派とは一線を画して、頑なに無所属を貫いている。
「つれないなぁ。あんなに協力してくれたのにぃ」
「そう。まほろがいなければ、クーデターは絶対成功しなかった」
有栖に同意するように、日々も言葉を重ねる。
「そう言って貰えるだけで、ぼくは満足なんです」
「まほろはもう白夜派みたいなもんじゃん。だったら正式にウチに入っちゃえばいいのに」
「日々さん」
白夜が作業の手を止めて、日々を目で制した。
「まほろさんにはまほろさんの考えがあるのでしょう。あまり強引に誘っては悪いですよ」
白夜が折り曲げた腕をまほろに差し出した。
「まほろさん、本当にありがとうございました」
「いえ。ぼくは白夜くんが勝つと思ったから、協力したまでです」
まほろも腕を曲げて、軽くジャンプしながら白夜の肘に突き合わせる。
勝利のエルボータッチ。
「ぼくはいつも強い側になびく、そういうずるい人間なんですよ」
「そうでした、よく承知しています」
白夜が小さく微笑む。
「もぅ、少しは否定してくださいよ」
「ずるくてしたたかで、
「それ、もはや悪口です」
「まほろさんには、まだ手伝ってもらわないといけないことがあります」
「もちろん。ぼくに出来ることであれば」
「じゃ、とりあえず、そこの書類を片付けてもらえると助かる」
会話に割って入った日々が、散らかったデスクの上を指差す。
「日々さん。引っ越しもそうですが、私はこれからの話をしています」
「いや、わかってるし。真面目か!」
日々が不満そうに頬を膨らませた。
「クーデターに成功したとはいえ、私たちは吹けば飛ぶような新米弱小派閥です。
どこの派閥にも所属せず、誰にも忖度しない、まほろさんの協力が私たちには必要不可欠なんです」
「身に余るお言葉、恐縮です」
まほろは丁寧にお辞儀をすると、白夜から目をそらした。
部屋の隅で折り畳まれていた台車を手早く組み立て、淡々と書類の入った段ボールを乗せていく。
照れているのか、あるいはこれ以上の勧誘を避けようとしているのか。
どこか憂いを秘めた表情を見て、白夜が話題を変えた。
「―――ところで、まほろさん。生徒会を運営するためにいちばん重要なことは何か、わかりますか?」
「いきなりな質問ですね」
まほろが首を傾げる。
「やっぱり、生徒会長のリーダーシップ、白夜くんのようなカリスマ性じゃないですか?」
答えを聞いて、白夜が静かに首を振った。
「そんなものはまったく必要ありません」
「そんなことはないとは思いますけど……」
「微塵もいりません」
白夜の鋭い口調に、まほろがあんぐりと口を大きく開ける。
「生徒のために何をするかじゃないのか?」
まほろに助け舟を出した日々の答えにも、白夜が「違います」と首を振る。
「広く意見を聞いて、生徒と生徒会の壁をなくしましょう。そんな理想論、語るだけ無駄、愚の骨頂です」
「偏見が強いな」
「じゃあ、予算かな? お金がいっぱいあれば自由に何だって実現できるよね」
今度は有栖が、指で¥マークを作りながら、答えた。
「お金は確かに必要ですね。でも、一番ではありません」
「じゃあ、決断力?」
「誠実さ?」
「寛容さ?」
「コミュニケーション力!」
「初志貫徹の
「愛嬌かな」
「愛嬌を白夜ちゃんに求めるのは酷でしょう」
あらかた意見が出尽くしたところで、
「人材」
やっと口を開いた灯が、タイミングよく会話に加わった。
白夜が小さく頷いてから、咳払いをひとつ。
「……確かに灯さんの言うように、優秀な人材の確保は、生徒会運営には欠かせません。でも、それだけでは不十分です」
そう言って白夜が背を向けた。
学園ではこの部屋にしかないだろう、いまや骨董品となったホワイトボードに、青いマーカーを走らせる。
「優秀な人材も求められていない場所では、十分に力を発揮することは出来ません。
その人の能力を百二十%生かす、適材適所の人繰り。
これが最も重要です。つまり――」
書き終えた白夜が振り返って、仁王立ちで全員を見据える。
「生徒会運営に最も重要なこと、それは組閣です」
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