そかく 生徒会は住みにくい

なゆた蟷螂(かまきり)

プロローグ.大講堂

 生徒会選挙管理委員、通称「選管」の抑揚のない朴訥とした声が、全校生徒の集まる大講堂に這い広がった。


天華げんげ飛鳥あすか、八〇九票。安楽あんらく白夜びゃくや、八一〇票。棄権、一。―――よって、新生徒会長は安楽白夜とする」


 全校生徒から控えめなどよめきが起きる。

 その瞬間、というより、遥か前に壇上で勝利を確信していた白夜が、重厚な一人掛けソファから立ち上がって、軽く頭を下げた。


 生徒会役員 白夜派代表 安楽白夜(高校一年)


 白夜が演台に向かうのと反対に、敗北した飛鳥が無言で舞台袖に引き込んだ。

 その飛鳥には一瞥もくれず、白夜は講堂の隅で縮こまっている自らの陣営に視線を下ろす。


 一人はほっとしたように胸をなでおろし、一人は握った拳で小さくガッツポーズをし、一人は得意そうに笑顔を弾けさせた。そして、もう一人は壇上の白夜から視線をそらすことなく、無表情を貫いている。


 白夜の仕掛けたクーデターは成功した――――


 聖青せいじょう女子学園の生徒会には「クーデター選挙」という制度がある。

 生徒会役員は、生徒会あるいは生徒会長に異議申し立てがある場合、何時いかなる時であっても生徒会長を解任できる権利、いわゆる「解散権」を持つ。

 「解散権」が行使された場合、一週間後に総選挙が行われ、新しい生徒会長が決定する。


 ほとんどの場合は、準備期間が短いこともあり、知名度や人脈に勝る元の生徒会長が再選する。

 しかし、ごく稀に今回のようにクーデターを起こした側が勝利することもある。


 長い学園の歴史で、クーデターが成功した例はわずかに二回だけ。

 一回目はつい三カ月前の四月。

 つまり、ほんの短い期間に、稀有なことが立て続けに起こったことになる。

 嘘でしょう。

 生徒会役員の誰かから自然と声が漏れた。


 三十人クラスが一学年に九つ、中高六学年、あわせて全校生徒一六二十人の聖青女子学園において、わずかに一票差。

 しかし、その一票は、決して偶然で生まれたものではない。


 「裏工作」「賄賂」「捏造」「スパイ行為」「虚勢」「ドサ回り」「太鼓持ち」「道化」「催眠術」「合法ドラッグ」


 あらゆる手を尽くし、情報戦と心理戦を展開し、綿密な計算と計画の上で、当選に必要な票をかき集めたのだ。


 安楽白夜とはそういう女だ。そういう風にしか生きられないとも言う。


 マイクの前に立った白夜が首を振ると、腰まである長い青髪が揺れた。

 口を開かなければ「正統派美人」と言われる白夜の、可憐な微笑みが聴衆を魅了する。

 もちろん、黙っていることなど、決して出来ないのだけれど。


「皆さん。

 今回は私の勝手なクーデターにお付き合い頂き、ありがとうございました。

 ご支援賜った八一〇名の皆様に改めて感謝申し上げます。そして……」

 白夜が小さく咳払いをする。


「反対票を投じた八〇九名の皆様、大変ご愁傷さまでした。

 率直に、素直に、ざまあみろと言わせて頂きます」


 壬生みぶともりには、簡単な挨拶だけにしておけと言われていたが、こんな機会を逃すなんて勿体ないこと、白夜には出来ない。

 せっかくなので所信表明演説をブチあげることにした。


「さて、本日たった今より、私が新たな生徒会長となって、いまや伝統と格式だけしか誇れるものがない、ぬるま湯のお嬢様学校に成り下がった聖青女子学園の改革を進めていくわけですが……」


 歯に衣を着せない白夜の物言いに、聴衆が声を失って固まる。


「はっきり申し上げて私は、この学園を誰もが憧れる、素晴らしい『学びの杜』にしようなどとは露ほどにも考えてはおりません。

 ……これは選挙前にも繰り返し訴えてきたことですが、私は、私が理想とする学園を作るために、あらゆる手を尽くす。

 ただ、それだけです。

 そのためにはいかなる手段もいといません」


 白夜が、ジャケットとプリーツスカートが一体となった、ライトブルーの制服の銀ボタンに触れた。

 指で撫で回すように触って、こみ上げてくる高揚と興奮を強引に抑えつける。


「……私を支持しなかった八〇九人の中には〝安楽白夜が生徒会をしようとしている〟などと批判する人が数多くいました。

 〝夜祭よまつり元生徒会長の再来〟だと揶揄する声も聞こえて来ました。


 もちろん根も葉もない嘘です。

 ああ、そうでした。ひどいものでは〝安楽白夜が学園を『監獄』にして、生徒を『囚人』のように扱おうとしている〟という戯言までありましたね。

 ……そういった声は、すべて私の耳に届いています。誰が言ったのか、拡散した団体はどこなのか、個人名、具体名もはっきりと記憶しています」


 そう言って、白夜は挑発するように自分のこめかみを指で突いた。

 こうなると白夜は誰にも止められない。

 講堂の隅で、さっきまで無表情だった壬生灯が、顔を歪めているのが目の端に入った。


「とはいえ、それをここで公言するような、はしたない真似は趣味ではありません。ただ、それでも私に対して、さらなる誹謗中傷を続けるというのであれば、その限りではありません。

 こちらも相応の手段をとらせて頂きます。どうぞ覚悟を持って挑んで来て下さい。返り討ちにして差し上げます」


 心当たりのある聴衆が唾を飲む。その音が、静寂の大講堂に響き渡った。


「――私にまつろろわぬ民は必ずほふる――」


 それは、天華飛鳥に投票した八〇九人に向けた言葉ではなく、選挙戦で白夜を貶めようとした、限られた生徒会役員への宣言だった。


「しかし、へえ……、なるほど。そうですか」


 口調を変えた白夜が、怪しく微笑して、舌なめずりをする。


「生徒会の私物化ですか。

 言われてみれば、確かにその通りかもしれません。

 ですが、逆に伺います。それのどこがいけないのでしょう? 

 結構ではありませんか、私物化。

 独裁、上等です。

 だって私は、生徒会長なのですから」


 それはある意味では間違っていない。

 聖青女子学園の生徒会長には他の学校よりも多くの権限が与えられていて、学校行事や部活、委員会の総括といった当たり前の活動から、備品や教材の業者の選定、校則・寮則の改定、新規学習計画の立案など、重要な決定事項には必ず関わる。


 その上、生徒会運営はブラックボックス化されていて、生徒会長の人格次第で、専制君主にも聖人君主にもなりうる。


 白夜がいまも撫で回すように触っている銀ボタンには、校章にも使われている白トカゲの紋が刻まれている。

 その白トカゲのように白夜が目を細くして、群衆を舐めるように見た。


「私の望みは、この学園を私色に染め上げること。ただ、それだけです。

 理想とする学園を作るためなら、一切の妥協は惜しみません」


 否や、白夜は聴衆を威圧するように、勢いよく銀ボタンを引きちぎった。


「どうか、私の理想が、皆さんと同じであることを望みます。

 ご清聴ありがとうございました」


 第一次白夜政権、発足―――安楽白夜の学園改革は、ここから始まる。

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