10.続・第一政務室

 有栖がまほろに駆け寄って、抱きつく。


「そんなとこいないで、部屋に入ってくれば良かったのに」

「いやあ、なんか組閣の話をしてるんで、会長でも、白夜派でもないぼくが聞いていいものかと悩んでいたら、入るタイミングを逃したっていうか」

「遠慮しないでよぉ」

 有栖がさらに強くハグをする。


「盗み聞きしてるなら同じだ」

 デスクから顔も上げない灯が、眼鏡を掛け直しながら、言い放つ。

 相変わらず、まほろには冷たい。


「ええと、初めまして、ですよね?」

 まほろが最初に自分に気づいたくすりと目を合わせて会釈すると、日々が間に入って、互いを紹介する。


「こちら。三年のくすり。新しい広報会長」

「なんか、成り行きでそんなことになりまして。あと、タメ口」

 それを遮るように、

「で、こっちが、二年のまほろ。隠れ白夜派の、白夜推し」

「どんな紹介ですか」


「それで、どうでしたか? まほろさん」

 白夜が自分のデスクまで来るよう、手招きする。

 まほろが「それがですね」と言いながら、足早に近づいた。


「ん? 白夜ちゃんに何か頼まれた?」

「あ、そうなんです」

 一旦振り返って有栖を見る。

「織姫くんから生徒会のこと聞いて来いって、萌乃くんに言われたらしいじゃないですか。それでぼくが代わりに」


「白夜ちゃんに命令されたの? 話、聞いて来いって」

「命令だなんてそんな」

「嫌なら断っていいんだぞ」

 日々も少しムッとした顔で白夜を睨んだ。


「それは違います。勘違いです」

 まほろが慌てて両手を前に出して、二人をなだめる。


「白夜くんは、ぼくがここに来やすいように仕事を振ってくれたんです。灯さんを使えばすぐにわかるようなことをわざわざぼくに頼んだんです。あんなことになって、ぼくが来づらくならないようにって配慮してくれたんです。優しいんですよ、白夜くんは」

 そう言って、まほろはまた白夜の方を向いた。


 白夜は少しも表情を変えずに、斜め上を向いて視線をそらした。

「なるほどね」

 日々が濁った場の空気を元に戻すように手をぱちんと叩いた。

「それで、織姫んとこ、行ったってわけだ」


「いえ。あんなことがあった後で、話が出来そうもなかったのでやめました。織姫くん、写真流出させたの白夜くんだって疑ってて。それに、ぼくが白夜くんの側の人間だっていうのもバレているので」


 まほろは「でね」と一旦話を区切ってから「朝日くんに聞いてきました」と続けた。

「朝日ちゃん? ああ、萌乃ちゃんのとこの、中学生」

 有栖が真っ先に思い出す。

「どうせ聞くなら、萌乃くんに近い人の方いいかと思いまして」

「まほろちゃん、大胆」


「で、何がわかりましたか?」

 白夜がイスの背もたれに仰け反りながら、興奮気味に目の前に立ったまほろに問いかける。

「白夜くんが思っていた通りでした」


 そう言ってまほろは、天井からぶら下がるシャンデリアや豪華なソファセットなど、室内の調度品を指さした。あれも、これも、それも。最後に、『空中庭園』の広いウッドデッキを見渡して、

「どうして最近のウチの生徒会はもこんなにお金があるのか。政務室だけじゃなくて、無駄に広い議会ホールとか、こんな立派な生徒会議事堂が建ったりして」


 すると「そのことなんだけれど」と、新たに財務会長に就任した有栖が、天井まで届く大きな棚の前に立って、話を引き継いだ。

「学園から出ている生徒会活動費は、まあ常識的な額なんだけど」

 『生徒会決算報告書』と書かれた冊子を背伸びして引き出す。

「特別補助金が莫大なんだよね」

 該当ページをペラペラと開いて、見せる。

「ここ数年の散財は、ほっとんどこの補助金で成り立っているといってもいい」


「そうなんです。じゃあ、その補助金の出所はどこだって話なんですけど。皆さん、もうおわかりかと思いますが」

 まほろが全員を見回して指名する。

「はい、日々くん」

「萌乃か!」


「はい、正解! 萌乃くんち、学園に莫大な援助をしているんですけど、二人の姉も母親もおばあちゃんも元生徒会長で、生徒会にかなり思い入れが強いみたいで。萌乃くんちが寄付したお金がぜんぶ生徒会に流れているんです」

「わお」

 三バカトリオが同時に声をあげた。


「やはり、そうでしたか」

 白夜が人差し指を鼻頭に当て、確認するように何度も頷く。思案を巡らせているときは、自然とこのポーズをとってしまう。

 ふと、違和感を覚えた。本当にそんな単純な話なのだろうか。


「つまり、萌乃を切れば、その特別補助金が全部なくなる」

 灯が、冷静に話を整理する。

「それ、結構。まずいよね」

 有栖が決算報告書の去年の支出のページを開いて、白夜に手渡した。


「文化祭や体育祭の運営費、各部活に振り分ける交付金、生徒会議事堂の維持費、その他諸々。学園からの活動費だけじゃやっていけないぐらい、膨大に膨らんじゃってる。これ、急には減らせないよ」


「文化祭の規模を小さくしたり、部の交付金減らしたら、生徒から何言われるかわかんないですからね」

 有栖に補足したまほろが、

「学園からの活動費を増やしてもらえないですかね」

 とジャストアイデアを出す。


「生徒会の活動費というのは、生徒から年間決まった額を徴収している。それを増やすということは生徒から集めるお金を増やすということだ。つまり学費が変わる」

 灯が即座に却下する。

「さすがに簡単にはできない」


「なるほど。萌乃を起用しないと、生徒会の運営がマズイことになるわけだ」

 日々が苦々しい顔をして、腕を組む。


「あ、じゃあ、萌乃っちに広報会長をやってもらうっていうのはどう? 譲るけど」

 誰もくすりの冗談に付き合っていられる雰囲気ではない。

「それも、結構な重要ポストにねじ込む必要があるってことだ」と灯。

「てことは、総務会長は萌乃ちゃんに決まりか!」

 有栖が天を仰いだ。


「もしかして白夜くん。萌乃くんのために、総務会長を開けているんですか?」

 まほろが尋ねると、

「まさか。そんなことは百億パーセントありえません」

 白夜が決算報告書をペラペラとめくりながら完全否定する。


「じゃあ、誰にするつもりなんだ? 総務会長は」

 日々に聞かれた白夜に、全員の視線が集中する。

 仕方なく白夜は顔を上げて、けだるそうに肩をすくめる。

 その何も答えるつもりのない素っ気ない態度に、灯が隣のデスクから消しゴムを投げつけた。

「今さら秘密にすることはないだろ」


「そんな怖い顔をしないでください。萌乃さんではないことは確かですが、実はまだ決めていないんです。誰かいい人がいたら、紹介してください」

「白夜、それ本気で言ってんの」

「ええ、本気です」

 本当なのか嘘なのか判断がつかず、誰もが苦笑いでやり過ごすしかなかった。

 白夜のデスクを取り囲んでいた有栖と日々、まほろがその場を離れて、ソファに戻る。


「萌乃ちゃんに頼らないっていうのなら……」

 有栖が話を仕切り直す。

「生徒会の活動費はどうしよう。何か他のこと考えないと」


「そうですねえ。では、とりあえず」

 と、白夜が部屋を見回して、

「目障りな備品を売ってお金を作りましょう。それから、出来る限り節約をして、予算を切り詰めましょう」

 大真面目な顔で、誇らしげに胸を張った。


「いや、真剣に考えて。これ、結構大問題よ」

 いつになく有栖が声を尖らせる。

 さすがの白夜も悪ふざけが過ぎたと反省したようで、

「活動費については、日々さんにいい案があるそうですよ」

 と、唐突に日々に話を振った。


「雑なフリだな! いや、今じゃないだろ」

 突然すぎるぶっ込みに、日々が尻込みする。

「あ、タイミングを間違えましたか、では、またの機会ということで」

「すぐ諦めんな! 言わないとは言ってないだろ」

 日々がまんざらでもなさそうな、曖昧な態度をとる。


「え? どういうこと? 日々ちゃん、何かいい案があるの?」

 財務会長としての責任感か、有栖が前のめりに日々の肩を揺すった。

「まあ、そんな期待されてもアレなんだけどさ……」

 まっすぐな目で見つめられて、日々が照れたように鼻を掻く。


「これはさ。別にいま思いついたとか、そういうんじゃなくて、生徒会に入ったとき、どうしてもやりたいんだって、アタシから白夜にお願いしたこととなんだけど」

「前置きはいいよ」

 有栖にせっつかれて、日々がようやく本題に入る。


「ウチの学校って、部活動が活発で、クラブ数も多いだろ。文化部、運動部あわせてゆうに百はある」

「条件がゆるいし、顧問の掛け持ちも自由だから、申請が楽ですしね」

 まほろが小気味よく相槌を打つ。

「そう。よくある部員五人いないと認めませーん、みたいな条件がないから、ろくに活動実績もない部活がポンポン出来てるわけで。だから、それを少し整理したらどうかなって思ってて」


「部活の数を減らすってことか」

 灯が自分のデスクから会話に加わる。

「しかし、ひとつやふたつ減らしたところで、大して変わらないと思うが」


 疑問を呈した灯に、日々が「最低でも三十、あわよくば半分」と答えると、灯は「多少の効果はあるかもしれないが、現実的じゃない」と首を捻った。


「でも、そのクラブの整理ってさあ」

 声をあげたのはくすりだった。

「さすがに経費削減っていうのがミエミエ。いくら活動実績のない小さな部とはいえ、生徒からの反発は大きいと思うけど」

「違う、そうじゃない。反対」

 くすりが、何が「反対」なのかと首を捻ったところで、日々がきっぱりと断言した。


「大きな部を潰すんだ。立派な部室を使って、仰々しい大会に出場して、でも目立った成績をあげられていない、この先活動を続けていても学園の利益にならない、そういう部活を廃部にする。逆に出来たばかりで小さな部活でも、将来性があれば優遇するし、これまで通り新しく部を作るための条件も変えない」


「日々ちゃん、考えることが残酷」

「却ってその方が、反発が大きいって」

 有栖とくすりが驚いて目を丸くする。

「無茶ですよ」

 まほろも同調した。ところが、灯だけは、

「確かに。大きな部の方が振り分ける交付金も多いし、その方が節約になる」

 と、同意の意向を示した。

「顧問も負担が減るから、学校側からの理解も得やすい」


 そして白夜も。

「最初に日々さんから聞いたとき、こんないいアイデアはないと私も賛成しました。良いじゃないですか。潰しましょうどんどん」

 白夜が笑顔でそう言い切ったので、有栖たちは何も言い返せず。

「生徒からさらに恨まれて、嫌われるぞ」

 と、くすりが唯一苦言を呈した。


「反発を最小限にするためにも、明確なラインを決めないといけませんね。ここまでは部活として認める、ここからは認めない。そういう条件が必要です。それをふまえて、生徒会の部活動規約も変更しなければいけません。では、日々さん。その方向で、改定案の草案を宜しくお願いします」


 白夜がすでに構想していた段取りをよどみなく伝えると、日々が神妙にうなずいた。

「では、次です」

 白夜が唐突に立ち上がる。

「早急に面会しないといけない人が出来ました」

「唐突だな、誰に?」


「まほろさんの報告を聞いてから、ずっと違和感があったんです。ようやくその疑問に気づきました」

 先ほど有栖に手渡された決算報告書の表紙を見せる。


「いくら萌乃さんのご家庭からの援助とはいえ、それを萌乃さんが好きに使えるわけではありません。生徒会で何かを購入する際には、当然、決済が必要です。決済に必要なのは……」

 白夜が灯に水を向けると「判子」と短く答えた。


「判子は全部で四つです。財務会長と総務会長、生徒会長。そして、もうひとり」

 白夜に言われて、全員が同じ人物を思い浮かべた。

「きっとそこに何か裏があるはずです。行きましょう、灯さん。彼女のところへ」

 白夜が下ろしていた髪の毛をリボンで結び、決意をするように制服の銀ボタンを握った。


「まずは、作戦会議といきましょう」

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