第六話 天賜
安心できたことで、心に余裕が生まれた。すると、周りも色づいて見える。今まで目にしたことがない豪華絢爛な空間。細部にまで施された贅は、感嘆することを禁じ得ない。
「すげぇな……」
「本当に……」
「二人とも、落ちつけ……ま、これは無理だよな」
秋人と春見の三人で、広間を見回す。
そんな中、一人の臣下が入室し、
「皇太子妃殿下、ご準備が整いました」
「わかりました」
短いやり取りを行い、臣下は直ぐに立ち去り、
「皆様、お愉しみのところ申し訳ございませんが、少々よろしいでしょうか?」
「あ、えっと……すいません、大丈夫です……」
少し浮かれすぎていたことに気づき、成世はやや顔を赤らめて返事を返す。
「皆様が来られたことを皇王陛下に奏上したところ、是非、直接挨拶なさりたいとのことです。ご足労おかけしますが、降臨の間にお越しいただけますでしょうか?」
「皇王陛下ッ!? あ、あの、僕たち礼儀とかわからないんですが……」
「皆様でしたら問題ございません。ただ、代表の方を教えていただけないでしょうか?」
「なら成世だな」
「僕?」
「学校でもそうだし、それに成世の名前とか、この世界だとピッタリだろ?」
秋人やみんなも、それに賛同してくれた。
「お決まりのようですね。お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「成世太陽です」
「ッ!?」
成世の名前を聞いた途端、
そして、微動だにしなくなってしまった。
「皇女様……?」
あまりの豹変ぶりに、成世は心配して声をかける。が――、
「すばらしい!」
「太陽がお名前だとは!」
「おお、神よ!」
後方に控えていた臣下が、成世の名前を聞いて興奮しながら歓声を上げる。
(え……、そ、そんなになのか……)
臣下たちに目を向けると、成世を見つめて固まっている者、感涙の涙を流す者、天を仰ぎ神に祈りを捧げる者など反応は様々だった。
太陽がこの世界にとって重要だと説明された。だからこそ、成世を推した。驚いてくれるだろうと軽い気持ちで。ただ、反応は予想を超えていた。
「お前たち、静かにせんか」
ざわつきを鎮める、低い声。
腹に響くようなその声の主は、
「パトリシア様」
続いて
「――ッ!? 大変失礼しました」
「えっと、大丈夫ですよ」
「……セツ、お前のせいだぞ?」
「いや、推したのは俺だけど、こうなるとは思わないだろ?」
「ダメだよ、土雲君」
「二人も賛同したじゃん! とういうか、みんなも賛同したよなッ?!」
小声で成世を推したことを攻めてくる秋人と春見。
慌てて周りにいるみんなに顔を向けるが、全員から顔を逸らされる。
イタズラ心があったことは事実だが、ここまでとは想像していなかった。
一先ず、悪気がなかったことを弁明しようとした。が――、
「皆様、移動しますのでついて来て下さい」
移動が始まり、弁明する機会はなかった。
(……本当に、悪気はなかったんだよ)
心の中で呟く。
◇◇◇◇◇
降臨の間。
研磨された石材で造られた降臨の間は、格式高く、自然と背筋が伸びるような場所だった。ひと際目に付くのは、床に敷かれた赤い絨毯。三つある扉、その真ん中の扉から玉座まで真っ直ぐに敷かれた絨毯は、夜明けを表しているのだという。
(何から何まで、ホントすげぇな……)
注意されないように気を付けながら、降臨の間を眺める。
(ん? あの壁……)
玉座が置かれている壁を眺めていると、とある箇所が目に留まった。
それは、壁に施された太陽の彫刻。
降臨の間は、全てが左右対称で造られている。だが、なぜか玉座が置かれている右側の壁の彫刻だけが異なっていたのだ。
(あの扉のせいで、左右対称にできなかったのか? でも、扉が付くなんて最初から分かってるだろうし……なんでだ?)
壁の左右非対称について考え込んでいると、臣下の纏う空気が変わった。
「サンランデッド皇国第14代皇王ルイ・ライツ・クック・サンランデッド様、御来光」
眺めていた扉が開かれ、皇王様が姿を見せる。
体格はそれほど大きくない。だが、堂々とした佇まい、威風を纏った姿が見た目以上に体を大きく見せていた。
「面を上げよ」
玉座に腰掛けた皇王様は、静寂を破る。
この時、
「朝の子らよ。此度は異世界の面倒ごとに巻き込んでしまい、済まぬ」
「いえ、話は聞きました。皇国の方々に非はないと思います。それに、何も分からない僕たちを丁寧な対応で助けていただきました。こちらこそ、ありがとうございます」
少し硬くはなりながらも、成世は皇王様と会話ができていた。
事前に説明を受けていたとはいえ、一国の王と会話ができている成世に感心を抱く。
「陛下」
皇王様と成世が会話を終えると、
「こちらの御方は、代表の成世太陽様です。お名前の太陽は、神がおられる太陽と同じだそうです」
「それは誠かッ!? ……そうか、神はまだ人を見守っているのか……」
皇王様は天を見上げ、目を瞑る。
暫しの間、押し黙る皇王様。
その後、皇王様は改めて成世に顔を向けた。
「勇者がこの地を救い、平和が訪れてから千年の時が流れた。千年。そのような節目の年に太陽の名を持つ朝の子が降り立ったのは神の意志があり、定めやもしれぬな」
皇王様の声は低く、大きな声も出してはいない。それでも、よく通る穏やかな声だった。
「成世殿。そして、朝の子らよ。巻き込んだ詫びとして、国を挙げて世話をすることを余の名において誓おう。慣れぬこともあるとは思うが、この宮殿を我が家と思い、ゆるりと羽を伸ばされよ。今宵は歓迎の晩餐も用意しておる」
「ありがとうございます」
成世との会話を終えると、皇王様は大臣である
「して、フィリーダスよ。朝の子らの
「いえ、陛下。まだ
「む、なぜだ?」
(てんし……? 何の話だ?)
初めて聞く言葉に、疑問を抱く。
「陛下」
「どうした、パトリシアよ」
「はい。皆様は突然の異世界に当然ではございますが、混乱なさっておいででした。そのため、まだ天賜の説明も確認もしておりません。説明や確認を行うのは、こちらでの生活に慣れていただいた後に行った方がよいと思われます」
「そうだな、少々気が急いてしまったようだ。だが、パトリシアよ。朝の子の力は強大。知らぬままでは、不測の事態が起こるやもしれん。もし怪我人でも出そうものなら、先代たちに立つ瀬が立たぬ。晩餐まで時間があるゆえ、確認と説明は済ませよ。よいな?」
「かしこまりました」
「では朝の子らよ、すまぬが、余はこれで失礼する。晩餐の席でまた会おう」
皇王様は立ち上がると、臣下を連れて降臨の間から退室した。
「皆様、お疲れさまでした。晩餐まで時間がございます」
「あの、てんしというのは一体何なんですか?」
成世は、
その声は真剣なものであり、真っ直ぐに
それは成世だけでなく、この場にいる全員がそうだった。
「もちろんご説明させていただきます。ですが、まず謝罪をさせてください。私が説明を怠ったことで、皆様にご不安な思いを抱かせてしまいました。本当に申し訳ございませんでした」
「皇女様を攻めてるわけではありません。ただ知りたいだけです。お願いします。教えてください」
「ありがとうございます。もちろん天賜のご説明をさせていただきます」
「先ほどご説明させていただいた穴。その穴には、特別な力が満たされているのです」
「特別な力?」
続きを促すように、成世は相槌を打つ。
「はい。戦闘の経験がない者が、戦場へ赴けるはずがございません。もっとも、神もそのことを十分にご理解しておられた。そのため、穴を通る者に自らの力の一部を授けたのです。それこそが天賜であり、授かった者は超常的な力を得るのです」
「超常的な力っていうのは……」
「天賜の力は、千差万別ですので一概にはお答えできません。ですが、どんな力なのか知ることは可能です」
この時はまだ知る由もなかった。
運命の分かれ道に、近づいて行っているということを。
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