第19話 大海を知る
我々にとって、力とは正しさであり、強さとは序列である。
一番上に君臨なされているのが、魔王様。次いで、魔王様の血族が列をなす。
そこから下は、血筋に影響されない純粋な強さのみで序列が決まる。
生命力の強い我々が短命なのも、挑むことこそが存在価値だからだ。
私は幾多の屍の山を築き、上位にまで上り詰め、魔王様の側近となった。
そんな私が、魔王様から、ある任を仰せつかった。
話を聞き終えた私の中にあったのは、激しい怒りだった。
力と強さが絶対である我々の中で、特例として魔王様の傍に置かれている雑魚共。
存在価値を示さず、歴代の魔王様達から言い渡された研究を、千年間続けている雑魚共。
そんな雑魚共が、宝物庫に安置されていた魔王様の宝具を持ち出し、下等種の生息地へ赴いたというのだ。
序列が乱れてしまっている。
やはり弱者に特例を与えたことが、そもそも間違いだったのだ。
弱者は、ただ強者に服従しておけばいい。
私が正さなければ。
雑魚共の元へ向かった。
◇◇◇◇◇
下等種の生息地に着いてすぐ、その環境の劣悪さに顔を歪めた。
「おい」
連れて来た二体の弱者に、声を掛ける。
「はい? かはっ――」
言葉の意図を汲まず、呆けた顔を向けて来た弱者の腹を殴った。
「魔石だッ! さっさとしろッ!」
怒声を上げると、殴られていない方の弱者が、小袋から魔石を差し出してきた。
「どうぞ、こちら――」
「遅いッ!」
もう一体も、殴りつける。
まったく、使えない弱者共だ。
「おい、魔石はいくつある?」
「い……五つで、ございます……」
「ふん」
その数では長時間の活動は厳しいが、雑魚共を始末するのに時間は必要ない。
「いくぞ」
早速、雑魚共を追った。
そして、私は下等種と遭遇した。
「雑魚共が……ん? どうして、下等種がいる?」
物心つく頃から教え込まれる、我々と下等種との因縁。
魔王様ですら目にしたことがない下等種が、今私の目の前にいる。
これが、下等種?
初めて目にした下等種は、吹けば飛びそうなほど貧弱な見た目をしていた。
まるで、童ではないか。
千年前、こんな貧弱な者共に我々は敗北したのか?
にわかには信じられず、下等種の出方を窺う。
しかし、下等種は黙ったまま動かない。
何をしているのだ。
こんな貧弱な下等種の出方を窺う必要などない。
「ふん。下等種は、言葉も話せな――待て、貴様……」
見切りを付けようとした時、下等種から、不可解なことに魔王様と同じ力の波動を感じ取った。
「その力……馬鹿な、ありえん。いや、ならば、なぜ……?」
困惑していた私だが、やがてその理由に思い至った。
「ッ! あの雑魚共ッ!」
あの雑魚共が、下等種に魔王様の宝具を与えたのだ。
「番人代理の立場でありながら、宝具を持ち出す愚行。それだけに飽き足らず、魔王様の宝具を持ち出すという大罪を犯した上、あろうことか下等種に持たすなどッ! 万死に値するッ!」
やはり、私は間違ってなかった。
あの雑魚共に、特例を与えるべきではなかったのだ。
序列を乱す、あの雑魚共を殺す。だがその前に――、
「先ずは貴様だッ、下等種ッ!!!」
下等種如きが、魔王様の宝具に触れた罪を償わせなければならない。
しかし私を、悪夢が襲った。
私を上回る速度と、たった一撃で致命傷を与えてくる攻撃。
こちらの攻撃は掠りもしない上、下等種は別の方へ意識を向けていた。
今までに味わったことのない屈辱。
「下等――」
声を上げることすらも叶わず、私は地をのたうち回るという醜態を晒した。
築き上げてきた誇りや矜持が、音を立てて崩れる。
形容し難い感情に打ちひしがれていると、下等種が私の傍に降り立った。
下等種は、私を見つめていたのだ。
「――……んだ、何なんだ、貴様は一体、何なんだッ?!」
瞳に、何の感情も宿さずに。
「ありえない……あってはならない……」
受け入れられなかった。
「私は上位の……魔王様の側近なのだぞ……。そんな私が……」
敗北を……。
何より、恐れてしまったことを……。
ところがだ。
思わぬところで勝機を見出した。
鳥籠の中にいた羽虫。
羽虫は、躯の魔石を体に埋め込んでいた。
魔王様ですら手を焼き、宝物庫の奥に封じたあの魔石を。
さらに、下等種は私が羽虫に触れた途端、目に見えて動揺し出した。
私は、躯の魔石に付いて洗いざらい語った。
逃げるための隙を作るために。
いや、違う。
私を辱めた下等種を殺すために。
下等種は、私が嗤う度に、表情が消えていった。
その様子を見て、私は悦に浸った。
「ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ――」
崩れてしまった誇りと矜持が、再び形を成していくかのようだった。が――、
「んぐッ?!」
突然、私は海に沈んだ。
咄嗟に、口を塞ぐ。
それは、肺で呼吸を行う陸上生物の本能だった。
周囲を重苦しく静かな青黒に包まれ、指一本すら動かせない。
そして何より、冷たいのだ。
凍えそうなほどに。
「……」
状況を理解できなぬまま、次第に意識が薄れていく。
「ッ!?」
そんな中、気配を感じ取った。
海流……?
違った。
――はは。
私は、生まれて初めて渇いた笑いを零した。
無理もない。
なぜなら、彼方まで広がる大海から、殺意を向けられたのだから。
挑む気すら起こらない。
そして私は、激流に飲まれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます