第二十五話 大海を知る


 我々にとって、力とは正しさであり、強さとは序列である。


 一番上に君臨なされているのが、魔王様。次いで、魔王様の血族が列をなす。


 そこから下は、血筋に影響されない純粋な強さのみで序列が決まる。


 生命力の強い我々が短命なのも、挑むことこそが存在価値だからだ。


 私は幾多の屍の山を築き、上位にまで上り詰め、魔王様の側近となった。


 そんな私が、魔王様から、ある任を仰せつかった。


 話を聞き終えた私の中にあったのは、激しい怒りだった。


 力と強さが絶対である我々の中で、特例として魔王様の傍に置かれている雑魚共。


 存在価値を示さず、歴代の魔王様達から言い渡された研究を、千年間続けている雑魚共。


 そんな雑魚共が、宝物庫に安置されていた魔王様の宝具を持ち出し、下等種の生息地へ赴いたというのだ。


 序列が乱れてしまっている。


 やはり弱者に特例を与えたことが、そもそも間違いだったのだ。


 弱者は、ただ強者に服従しておけばいい。


 私が正さなければ。


 雑魚共の元へ向かった。






◇◇◇◇◇






 下等種の生息地に着いてすぐ、その環境の劣悪さに顔を歪めた。


「おい」


 連れて来た二体の弱者に、声を掛ける。


「はい? かはっ――」


 言葉の意図を汲まず、呆けた顔を向けて来た弱者の腹を殴った。


「魔石だッ! さっさとしろッ!」


 怒声を上げると、殴られていない方の弱者が、小袋から魔石を差し出してきた。


「どうぞ、こちら――」

「遅いッ!」


 もう一体も、殴りつける。


 まったく、使えない弱者共だ。


「おい、魔石はいくつある?」

「い……五つで、ございます……」

「ふん」


 その数では長時間の活動は厳しいが、雑魚共を始末するのに時間は必要ない。


「いくぞ」


 早速、雑魚共を追った。


 そして、私は下等種と遭遇した。


 「雑魚共が……ん? どうして、下等種がいる?」


 物心つく頃から教え込まれる、我々と下等種との因縁。


 魔王様ですら目にしたことがない下等種が、今私の目の前にいる。



 これが、下等種?



 初めて目にした下等種は、吹けば飛びそうなほど貧弱な見た目をしていた。



 まるで、童ではないか。



 千年前、こんな貧弱な者共に我々は敗北したのか?


 にわかには信じられず、下等種の出方を窺う。


 しかし、下等種は黙ったまま動かない。



 何をしているのだ。



 こんな貧弱な下等種の出方を窺う必要などない。


「ふん。下等種は、言葉も話せな――待て、貴様……」


 見切りを付けようとした時、下等種から、不可解なことに魔王様と同じ力の波動を感じ取った。


「その力……馬鹿な、ありえん。いや、ならば、なぜ……?」


 困惑していた私だが、やがてその理由に思い至った。


「ッ! あの雑魚共ッ!」


 あの雑魚共が、下等種に魔王様の宝具を与えたのだ。


「番人代理の立場でありながら、宝具を持ち出す愚行。それだけに飽き足らず、魔王様の宝具を持ち出すという大罪を犯した上、あろうことか下等種に持たすなどッ! 万死に値するッ!」


 やはり、私は間違ってなかった。


 あの雑魚共に、特例を与えるべきではなかったのだ。


 序列を乱す、あの雑魚共を殺す。だがその前に――、


「先ずは貴様だッ、下等種ッ!!!」


 下等種如きが、魔王様の宝具に触れた罪を償わせなければならない。


 しかし私を、悪夢が襲った。


 私を上回る速度と、たった一撃で致命傷を与えてくる攻撃。


 こちらの攻撃は掠りもしない上、下等種は別の方へ意識を向けていた。


 今までに味わったことのない屈辱。


「下等――」


 声を上げることすらも叶わず、私は地をのたうち回るという醜態を晒した。


 築き上げてきた誇りや矜持が、音を立てて崩れる。


 形容し難い感情に打ちひしがれていると、下等種が私の傍に降り立った。


 下等種は、私を見つめていたのだ。


「――……んだ、何なんだ、貴様は一体、何なんだッ?!」


 瞳に、何の感情も宿さずに。


「ありえない……あってはならない……」


 受け入れられなかった。


「私は上位の……魔王様の側近なのだぞ……。そんな私が……」



 敗北を……。



 何より、恐れてしまったことを……。



 ところがだ。


 思わぬところで勝機を見出した。


 鳥籠の中にいた羽虫。


 羽虫は、躯の魔石を体に埋め込んでいた。


 魔王様ですら手を焼き、宝物庫の奥に封じたあの魔石を。


 さらに、下等種は私が羽虫に触れた途端、目に見えて動揺し出した。


 私は、躯の魔石に付いて洗いざらい語った。



 逃げるための隙を作るために。



 いや、違う。



 私を辱めた下等種を殺すために。



 下等種は、私が嗤う度に、表情が消えていった。


 その様子を見て、私は悦に浸った。


「ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッ――」


 崩れてしまった誇りと矜持が、再び形を成していくかのようだった。が――、


「んぐッ?!」


 突然、私は海に沈んだ。


 咄嗟に、口を塞ぐ。


 それは、肺で呼吸を行う陸上生物の本能だった。


 周囲を重苦しく静かな青黒に包まれ、指一本すら動かせない。


 そして何より、冷たいのだ。


 凍えそうなほどに。


「……」


 状況を理解できなぬまま、次第に意識が薄れていく。


「ッ!?」


 そんな中、気配を感じ取った。







 海流……? 






 違った。






 ――はは。






 私は、生まれて初めて渇いた笑いを零した。


 無理もない。


 なぜなら、彼方まで広がる大海から、殺意を向けられたのだから。


 挑む気すら起こらない。


 そして私は、激流に飲まれた。

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