第4話 特別

 東の共和国で生まれたぼくは、幼少の頃からずば抜けた身体能力を持っていた。ぎこちない動きだったとしても、その力で大抵のことはこなせた。


 周囲からは天才、麒麟児と持て囃されて育った。


 

 ――ぼくは、特別なのか……?


 

 体が成長するにつれ、さらに身体能力は伸びていった。 噂を聞き付けた首長が、侍衛との模擬戦を提案してきた。 おれは侍衛を圧倒した。 すると、噂は瞬く間に広がり、他の首長も実力者を引き連れておれに挑んできた。 おれは全員を打ち負かした。


 驚愕と賞賛を受け、おれは確信を得た。


 

 ――おれは、特別なのだと。


 

  十六になる頃には、オレに挑んでくる者はいなくなった。オレから誘っても、目を逸らされるか、光の無い目を向けられながら断られるだけ。


 勝てないのは当然だ。だが、挑む気概すらない者たちに嫌気がさしていた。そんな日々が続き、オレはとある思いを抱くようになっていた。


 

 ――こんな辺鄙な国で一生を終えることは、人類にとって損失ではないか?


 

 そう結論付けたオレは、警守になることを決意した。 国家間を行き来し、組合の護衛を行う者たち警守。高ランクになれば、帝国や教国、皇国といった大国をも行き来できる。


 

 ――オレに相応しい天職だ。


 

 だが、養成所内でオレは他の者と同等に扱われた。さらに、オレより弱い者から教えを請わなければならないことも屈辱的だった。警守がかつて、壁を築くための石切り職人だったことなど、有り方が変わった現在はどうでもいい。


 必要なのは力。魔獣や魔物、まつろわぬ民を退けられる力があれば十分なのだ。


 そう思ったオレは、座学を受けなくなった。


 

 ――オレが不要と判断したのだ。だから、正しい。


 

 それに対して、指図してくる低能な者どもを一人残らず叩きのめした。才能がなく、妬みから俺を貶めようと目論む者の言葉に価値などない。警守となって四年が過ぎた頃、能力が認められ、本部がある帝国に招集された。


 

 ――やはり、俺は特別だ。


 

 帝国の警守たちは俺に力及ばずとも、喰らいつこうとする者が多かった。血が滾り、俺は歓喜に震えた。何より、ここには目を逸らす者や、光の無い目をしている者は一人もいない。


 求めていた環境の中で修練を積み、十年が過ぎた頃、ついに俺はAランクに上り詰めた。警守の最高ランク。これからは、高難度で重要な任務を任されることになる。


 

 ――このまま俺は帝国で名を上げ、歴史に名を刻む。



 ところが、俺の夢は跡形も無く打ち砕かれた。


 ≪桃姫≫ ――最強の名を持つ年端も行かぬ少女。


 生まれて初めてだった。 相対した瞬間、背筋に冷たいものが走る感覚に襲われたのは。そして、絶対に越えられないと思わさせられたのも。


  それだけではない。


 Aランクの者たちは皆、俺と同等か、それ以上の素質を持っていた。初めて味わった敗北。Aランクの者たちは、駆引きや技術が卓越していた。俺にはないものであり、身に付けてこなかったもの。


 身を震わすほど激情に襲われながら何度挑んだが、敗北を重ねるだけだった。 勝つために俺も模倣してみたが、今まで意識してなかったことをしようとした結果、今までできていたことすらも出来なくなってしまった。


 そしてあの日、俺は悟ってしまったのだ。


 

 ――俺も凡人なのだ、と。


 

 それに気付いてから、上を目指すことを止め、下ばかり見るようになった。


 修練もしなくなり、俺を持ち上げる者たちとだけ連み、毎夜飲み明かす日々。それでも、任務だけはこなした。帝国は実力主義。価値無き者に、生きる資格はないからだ。



 ――国へ帰れば、俺は特別でいられる……。


 

 常に頭の片隅に置きつつも、帝国にしがみついた。


 そんなある日、共和国の要人護衛の任務を言い渡された。共和国出身であり、鼻の利くという理由から、俺に白羽の矢が立ったようだ。


 任務の詳細を聞いて驚いた。たった一人の護衛にもかかわらず、Aランクの俺を筆頭に数十名の警守が護衛にあたるというのだ。


 

 ――俺とは違う、「特別」な存在。



 そのことに引っかかりを覚えたが、俺は生きるために任務をこなす。


 護衛任務は順調だった。が、ある日、要人が忽然と姿を消した。あり得ない。他の警守や俺でさえも、まったく気付かなかった。


 任務を失敗した俺に向けられる、失望した目。


 

 ――任務を失敗した俺は、凡人以下に……、


 

 俺は逃げることを選んだ。反対する世話役や数人の警守を力で脅し、首を縦に振らせた。何人かは抵抗し続けたため、俺はそいつ等を永遠に黙らせた。


 こうして俺は、まつろわぬ民となった。


 

 ――俺は、俺は……、



 悩んだ末、南西――皇国の属国へ逃げることにした。


 街道を避けた逃避行は、魔獣や魔物に襲われる日々だった。気の休まる時がない。気が触れそうになるのを世話役で発散しながら、南西を目指した。


 そして、南西の国に辿り着こうかという時に、まつろわぬ民の襲撃を受けた。


 襲撃を退けた俺は、まつろわぬ民を俺の手下にすることした。 歯向かうヤツは容赦なく殺し、厳しい上下関係を構築し、俺は俺が求めた集団を作り上げた。


 

 ――俺様が、ボスだ。


 

 さらに、事態は好転する。


 ある日、俺様の前に一国の王が現れた。そして、俺様を兵士の指南役として迎え入れたいと言ってきたのだ。


 俺様は歓喜に震え、自然と笑みが零れた。


 

 ――神は俺様に微笑んでいる。俺様はやはり、特別なのだ。


 

 国の発展度合は、目を見張るものだった。


 さすがに共和国ほどではない。それでも、大陸外縁部の国とは思えぬほど国内は整備されており、活気があった。


 聞けば、国王は帝国で学び、その際に組合の者と懇意になったのだという。組合と聞き、俺の存在が知られることを危惧した。しかし、この生活を手放す気はない。名を偽り、いざという時に備え、脱出用の穴を壁に開けておいた。


 欲しい物を奪い、気に入った女を犯す日々。


 それに対して、王は何も言わず、身ごもった女を城に招き入れていた。


 

 ――俺様の子を授かれた上、城に入れたのだ。寧ろ、感謝しろ。



 咎める者はいない。俺様は、帝国にいた時以上の自由を手に入れたのだ。


 そんなある日。突然、王が告げた。前王の宰相が王の実弟を誑かし、王政に反旗を翻した、と。


 腹立たしい。国人どもは、王政や俺様に不満があるというのだ。 


 

 ――誰に盾突いたのか、教えてやる。


 

 俺様は、部屋を後にした。


 


 


 ◇◇◇◇◇

 


 



「何だ、貴様?」


 群衆の中から一人の男が静かに歩み出てきた。背丈は百八十前後。体格は細身で、肌には傷一つ無く、身綺麗な格好をしている。


(王族? ……こんな奴、見た事ねぇ。なら、組合のぼんぼんか? ……編んでねぇってことは、ちげぇのか?)


 近づいて来る黒髪の男が何者か観察していると、手下の一人が声をかけてくる。


「ボス。あの男、オレにくだせぇ」


 手下は興奮しているのか、鼻息を荒らくしている。


(あ? ああ、そういや、こいつはそうだったな。……それも手だな)


 女と男の両方を、群衆の前で犯す。


 自分たちの立場を忘れ、反旗を翻した群衆には、罰以外にも見せしめが必要だ。苦痛に歪む顔や悲痛な叫びを聞けば、二度とこんな馬鹿げたことはしなくなる。


(一石二鳥だな……)


 手下に顔を向けると、許可を出す。


「好きにしろ。ただ、この場でやれ」


「ッ! ありがとうございやす! へへ、とんでもねぇ上玉だぁ」


 手下はにちゃにちゃと笑いながら、黒髪の男に近づいていく。手下から視線を外し、掴んでいる女に目を向けて声をかけた。


「てめぇも、よく見とけよ。すぐ、同じ目に遭うんだからよぉ」


 先ほどまで暴れていた女は、今は死んだ目をして大人しくなっていた。もう諦めたのか、手足を垂らして動かない。


(ちッ、つまんねぇな……。まあ、おっぱじめりゃあ、また魚みてぇに暴れ出すだろう。それを強引に……くくッ、ゾクゾクするぜ……)


 この後のことを想像し、思わず下卑た笑みを浮かべてしまう。そして、視線を手下の方へ戻した。が――、


 手下の姿が忽然と消えていた。


「……は?」


 頭が真っ白になりながらも周りを見回すが、手下はどこにもいない。


「……どこ、行きやが――」


 群衆が皆、驚愕した表情を浮かべたまま固まっているのに気付いた。そして、その視線が二分化しているのにも。


 一つは、黒髪の男。もう一つは、群衆から見て左側。


 群衆の視線を辿る。辿って辿って、ついには体ごと右を向くと、遥か遠方に横たわっている手下を見つけた。


「なッ……」


 不自然な体勢で折れ曲がり、微動だにしない手下。さらに目を凝らすと、横たわる体の下に血溜まりが広がっている。


 広場が静まり返った。数百人もの人間がいるにもかかわらず、誰もが息することも忘れ、皆が呆然と立ち尽くしている。そんな中、一際大きく聞こえる小さな足音が、耳に届く。


「ッ!?」


 我に返り視線を正面に戻すと、黒髪の男がこちらに歩み寄って来ていた。


 男は下を向いているせいで、表情は窺えない。


「なんだ、貴様は……」


「…………」


 黒髪の男は何も答えない。ただ、一歩、また一歩と、着実に近づいてくる。


 俺様は、黒髪の男から視線を外せなかった。そればかりか、背筋に冷たいものが走ったのだ。


(……ッ!)


 ≪桃姫≫の姿が脳裏に浮かぶ。


「なんだ、てめぇッ! 殺されてぇのかッ!」


 腹の底から怒声を張り上げる。しかし、黒髪の男は止まらない。掴んでいた女を投げ捨て、腰に下げていた愛刀に手を伸ばした。しかし――、


 腹の肉が邪魔で、柄に手が届かなかった。


「…………あッ」


 その瞬間、まるで完全に覚醒したかのように、現実自分を冷静に客観視することができた。


(俺は……)


 手下たちに目を向けると、皆が醜く肥えていた。


「ち、違……」


 咄嗟に否定しようとしたが、これまでの行いが一気に駆け巡る。今まで目を背けていた現実を、まざまざと見せつけられるかのように。


 


「お、俺様は特別なんだ……」


 


 呟きながら、後ずさる。


 


「そうだ! お前を俺様の手下にしてやる! なんでも好きに出来るぞ!」


 


 名案と言わんばかりに声を上げるが、黒髪の男は無言のままだった。


 


「きさ――」


 


 もう一歩後退しようとした瞬間、僅かな段差に足を取られ、転倒してしまう。慌てて起き上がろうするが、醜く肥えた肉が邪魔をして起き上がれない。


「ひッ! 止めろ、来るなッ!」


 金切り声を出すが、黒髪の男は止まらない。


 脂汗が止まらず、心臓が張り裂けてしまいそうになるほど高鳴る。


「嫌だ……」


 とうとう黒髪の男が、手の届く距離にまで迫った。男はゆっくりと俺の首に手をかけると、握り締めた。


「う、ぐ、苦し……」 


 男の腕を外そうとするが、外れる気配がない。それでも必死になって抵抗していると、手が男の顔に当たる。その拍子に男の顔が見えた。


「ッ!」


 男の目を見た瞬間、息が詰まった。


 目に一切の光が宿っていない。今まで向けられてきた目とは違う。異質。深く、暗く、黒い。まるで、警守時代に見た夜の海を思い出させるような目だった。


 恐怖で体が硬直する。次第に意識が薄れていく中、頭に強い力を感じた。


 その刹那、太陽の光が目に入った。 


(……そういえば、オレ、昔は勇者に憧れ――)


 直後、意識が黒く途切れた。

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