第6話 血を流した悪
翌日、アルシェさんと共に城へ訪れると、とある部屋に通された。その部屋は、研磨された石材で造られており、三つの扉、左右対称に彫られた太陽の彫刻、部屋を横断する赤い絨毯があった。それはまさに、皇国の“降臨の間”と同じだった。
赤い絨毯の両側には、臣下たちが頭を下げながら片膝を着いた状態で整然と並ぶ。その最前列でアルシェさんと並び、同じように片膝を着いて控えていた。
(遅いな……)
すでに数十分が経過しているが、やってくる気配がない。入室する際に、動くことも、口を開くことも禁じられた。招かれた身としては従わざるを得ないため、もう何度目か分からない今朝の話し合いを思い返す。
◇◇◇◇◇
「基本的に、すべて私が受け答えを行います。キルト様は、直接尋ねられた時にだけお答えしてください」
「わかりました」
「何貰えるのかな~? 王様がわざわざくれる物なんだから、きっとすっごいんだろね。宝石? 綺麗なドレス? 美味しい物? 楽しみだな~」
肩にちょこんと座るエノディアさんが、楽し気に妄想を膨らませる。
「どうせ金だろ」
無邪気に浮かれるエノディアさんとは対照的に、ラルフさんが素っ気なく言い放つ。
「ちょっと、水を差すの止めてよ~」
エノディアさんが口を尖らせて抗議するが、ラルフさんはさらに続けた。
「エノ。お前さんは知らねぇかもしれねぇがよ、城とか王族はそんないいモンじゃねぇぞ」
「え~、お城って素敵じゃん。中にいた人もみんなキラキラしてたよ?」
「はぁ……いいか、綺麗なのは側だけだ。中は、人間の醜さと汚さを煮詰めた泥沼みてぇな場所だぞ。そんな中で、古狸くせぇヤツ等が泥沼から這い上がるために笑いながら足の引っ張り合いをしてんだ」
「私の夢を壊さないでよう……」
現実を突きつけられ、エノディアさんの弾けんばかりの笑顔が一気に萎んでいく。
「でもッ、褒美を貰えるのは確かなんですから、楽しみにしてましょう。俺は、お金とか、それか、綺麗な宝石かなって思います」
重たくなってしまった空気を変えようと、話題を褒美の内容に戻す。そうやってエノディアさんの元気を取り戻そうとしている最中、アルシェさんの目線が忙しなく動いているのに気付いた。
「どうしました、アルシェさん?」
声をかけた瞬間、アルシェさんは固まってしまう。いつもの反応である。ただ今回は、彼女自身から何かを言い出そうとしていた。もう一度、優しく声をかける。
「アルシェさん。もし何か思いついているなら、言ってください。アルシェさんの意見は、本当に参考になるんですから」
そう言って微笑みかけると、アルシェさんがおずおずと口を開いた。
「……褒美について、私に考えがあります。もしよければ……――」
◇◇◇◇◇
「第十二代天皇ロセンフ・スタァブ・ベツレヘム・サンバス様、御来光」
(やっとか……ていうか、天皇?)
疑問に思っている中、三つある内の中央の扉がゆっくりと開いた。火は二つ。その二つが、一歩一歩踏み締めるように、赤い絨毯の上を歩く。
(朝の子しか歩けないって言ってたけど、ここでは歩いていいのか……。それに後ろで歩いてる人……広場でロセンフの横に立ってた人か)
やがて玉座に辿り着いたロセンフは、静かに腰を下ろすと、口を開いた。
「面を上げよ」
その一声で、全員が頭を上げる。
「キルト。そして、アルシェと申したな。此度は、サンバスを救ってくれたこと感謝する」
「光栄にございます、ロセンフ天皇陛下……――」
アルシェさんが恭しく挨拶を行っている間、ロセンフのことをそれとなく観察する。
年齢は二十代後半ほどだが、落ち着いた印象を受ける。顔立ちはレルロスに似ているが、冷たい目をしていた兄とは違い、優しげな目をしていた。髪はダークグレーで、レオガルドで「ちょんまげ」と呼ばれている長い襟足を三つ編みにして纏めている。
「ロセンフ」
唐突に、玉座の隣に立つ男が重々しい口調で呟いた。六十代ほどの恰幅の良い男は、ロセンフに劣らないほど威厳のある風貌をしており、自分やアルシェさんのことを冷ややかな目で見ている。
(……なんだ、あの男? 敵意? いや、俺らを見下してんのか?)
その目は、格下や劣っている者に向ける目だった。英雄と呼んでいるが、それは上辺だけ。腹の底では、自分たちのことを歓迎しているわけではないことを悟る。
ロセンフは男を一瞥した後、再び正面に向き直って口を開く。
「此度の礼として、そなたらに褒美を与える」
「ありがとうございます、ロセンフ天皇陛下。ですが、恐れながら、いただきたい物がございます」
アルシェさんがそう言った瞬間、場の空気が微かに揺れた。ロセンフも予想外だったのか一瞬沈黙する。だが、直ぐに先を促す。
「なんだ、申してみよ」
「はい。レルロスの屋敷をいただきたく存じます」
「それは、このサンバスに居を構えたということか?」
アルシェさんの発言に、隣の男が鋭い声で問いかける。
「そうではございません。屋敷その物をいただきたいのです。キルトの天賜は、物を収納する力であり、屋敷を収納することが可能です」
「なんとッ!? あれほどの力を有していながら、そのような優れた天賜も授かっているのか……」
「…………」
興奮するロセンフとは裏腹に、天賜という言葉を聞いて胸がざわめく。床の一点を見つめ、薄く、深く息を吐いて心を自制する。
「よかろう。褒美として、屋敷を与える」
◇◇◇◇◇
謁見を終えた後、すぐにレルロスの屋敷を与えられた。しかも、屋敷の中に置かれてある家具や調度品などもそのまま貰い受けたのだ。
引き渡しの際には、ロセンフの隣に立っていた男が立ち合った。嫌味でも言われるかと身構えていたが、何事もなく終わる。奇妙だが、もうこの国に用はない。
ロセンフから晩餐に誘われたが断り、サンバスを後にする。そして、ひとけがない平原で黒い穴の中に入った。
「すっご~い! 小夜、今度あっち行ってみよ!」
「うん」
穴は、屋敷の玄関に繋げている。屋敷に入ると、ちょうど開放感のあるエントランスホールをエノディアさんが興奮しながら飛び回っていた。そんな彼女の後を、控えめながらも楽しげな顔をした小夜ちゃんが追っている。
「あッ、キルト様。も、申し訳ござ――」
こちらに気付いた小夜ちゃんが一瞬で顔を青くし、片膝を着こうとした。が――、
「キルト! この屋敷すっごいよー。部屋がいっぱいあるの! 内装も豪華だし、お姫様になったみたい!」
興奮したエノディアさんが満面の笑顔を浮かべながら目の前まで飛んできて、全身を使って感想を伝えてくる。
「喜んでもらえたなら、良かったです。小夜ちゃんも、気にしなくていいよ」
「うん。ありがと、キルト! 小夜! あっち行こ、あっち!」
エノディアさんが廊下を指差す。それに対し、小夜ちゃんは行きたそうな目をさせながら、こちらを向いた。断る理由がないため頷き返えすと、表情を明るくした小夜ちゃんが「ありがとうございます」と頭を下げ、エノディアさんの後を追う。
「ガキだな~」
二人の背中を眺めていると、ラルフさんが近づきながらしみじみと呟く。
「いいじゃないですか、俺も後で部屋を見て回るつもりですよ」
本心で答えると、一拍の間を置いた後、ラルフさんが頭を乱暴に撫でてくる。
「キルトもガキだな、ガッハッハ――」
ラルフさんの言葉に気恥ずかしさを覚え、そそくさと逃げるように一階にある談話室で二人の帰りを待つ。
「はぁ……」
感嘆の息を吐く。深みのある赤を基調にした、統一感のある談話室。ソファーや壁紙、床などがそれぞれ色合いの違った赤色。しかし、派手過ぎず、金製のランプの暖かな灯りと相まって品が良く、居心地の良い空間だった。
◇◇◇◇◇
「たッだいま!」
ソファーで寛いでいると、二人が帰ってきた。
「おかえりなさい、楽しかったですか?」
「うん!」
満足気な表情を浮かべるエノディアさん。そんな彼女に笑みを返しつつ、テーブルの上に用意しておいた物を指差す。
「あー!!!」
用意していた物を目にした瞬間、嬉々とした声を上げるエノディアさん。そして、つむじ風の如く速度でテーブルに降り立つと、ペタペタと触り出す。
「キルト! これどうしたのッ?」
エノディアさんが勢い良く振り向くと、嬉しさを隠しきれない表情をさせながら、弾んだ声で尋ねてくる。
「あっちの部屋に置いてあったんですよ。エノディアさんが使うのにちょうどいいかなって、持って来たんです。どうですか?」
「うん、ぴったりッ!」
見つけたのは、彼女に合うソファーだった。それだけでなく、部屋にはテーブルやベッド、カップといった家具や食器一式、さらには屋敷までもがあった。おそらく、異世界のドールハウスなのだろう。しかもそれは、王族が揃えた高級品である。
「もう、最ッ高! ……でも、なんでこんな素敵な屋敷を簡単にくれたんだろう?」
高級な自分専用ソファーにしゃいでいたエノディアさんが、ふと呟く。
(確かに……)
自分も気になっていた。褒美として屋敷を貰うというアルシェさんの提案を聞いて、内心では無理だと思っていた。しかし、一切揉めることも、渋られることもなく、貰い受けることが出来た。
意味が分からない。だからか、アルシェさんに自然と視線を向ける。
「教えてくれませんか、アルシェさん?」
そう声をかけると、彼女はゆっくりと視線を交わしてきた。頼み込むように頷くと、アルシェさんは口を開いた。
「あの屋敷が、レルロスの所有物だったからです」
「……それって、外聞が悪ってことですか?」
レルロス王政から脱却したロセンフたち。新たな王政を始める際に、レルロスが残した物は『負の遺産』と見なされる。そのため、屋敷を引き渡したのだと考えた。
「いえ、誰であろうと関係ありません。他人が使用していた物である、それだけで無価値であり、破棄すべき物なのです」
「え~、さすがに勿体なさ過ぎない?」
エノディアさんが、信じられないといった表情で声を上げる。
「あの者たちにとっては、それが正常であり、平常なのです」
「どういうことですか?」
「あの者たちはおそらく、未だに天上人主義を掲げているのだと思います」
「…………」
聞き慣れない言葉(天上人主義)。だが、アルシェさんの雰囲気から、それが常識なのだと瞬時に察した。表情にはおくびにも出さず、目まぐるしい速度で思考を巡らせる。だが、思わぬ形で助け船が出た。
「けッ、やっぱそうだったか」
腕を組んだラルフさんが、嫌悪感を込めた言葉を吐き捨てた。
「何なの、その天上人主義って?」
エノディアさんが小首を傾げながら、ラルフさんに疑問を口にする。
「あぁ……お嬢の方が説明が上手いだろ、頼むわ」
ラルフさんはそう言って、説明することを放棄した。この流れならば、アルシェさんの説明を聞いても不自然ではない。安堵しながら彼女を見た。
「……天上人主義は、太陽暦三百年から五百年頃に広まった思想です。勇者の結界によって死の恐怖から解放されたことで、驕り高ぶった王族が不遜にも勇者を同列視するにために生んだものであり、人類史上最も愚かな考えです」
(だから、天上人……)
パトリシアは、神や勇者は太陽にいると言っていた。それならば、確かに的を得た呼び名ではある。アルシェさんの言う通り、傲慢で、恐れ知らずな点を除けば。
「でもよ、太陽暦……すげぇ昔に、金色の夜明け教がその思想は勇者に対する冒涜だとか言って大々的に廃止したんだろ、確か……」
ラルフさんは、指で頭を小突いて知識を思い返しながら言葉を紡ぐ。
「あの国には、教会がなく、信徒もいないのです」
「なんで断定できんだ?」
「あの国の壁を覚えていますか?」
「なんだ、いきなり……さすがにハッキリとは覚えてねぇな。キルト、覚えてっか?」
ラルフさんに尋ねられ、記憶を遡る。
「白い石材で築かれてて、壁の上部に太陽を模した彫刻に金細工まで施されてありますね。……何て言うか、防壁っていうより、芸術作品って感じですね」
「もし、教会があるのならば、壁は飾りのない造りのはずです。そしてあの国の臣下たちは、ロセンフのことを天皇と呼んでいた。それが、未だに天上人主義が根付いている証拠です」
「言われてみりゃあ、帝国とか、共和国の壁は飾り気のねぇ堅牢って感じの壁だな」
「彫刻や細工が施されている壁は、天上人主義が主流だった頃の名残です」
(ん? 待てよ……)
アルシェさんの説明を受け、聞き流せない事実に気付く。
「じゃあ、ロセンフは皇国の血縁なんですか?」
もしそうなら、自分の存在が皇国に伝わり、面倒ごとに巻き込まれかねない。そればかりか、ホリィにまで火の粉が降りかかる可能性もある。
アルシェさんが答えるのを、固唾を呑んで待つ。
「はい、血縁ということになります」
その言葉を聞き、全身に力を込める。だが――、
「ですが、それはあくまで天上人主義が主流だった頃に、王族の血を引く者たちがレオガルド全土に都市国家を建国していたからです。時代が流れた今では、
さらに重ねた言葉を聞き、内心で安堵の声を出す。全身に込めた力を、少しずつ抜いていく。しかしアルシェさんの話は終わっていなかった。
「おそらく、ロセンフたちが反乱を起こしたのもそれが原因です」
サンバスの内戦の核心を、アルシェさんが突く。
「どういうことですか?」
エノディアさんに尋ねる。
「サンバスは、レオガルド外縁部に位置しているのもかかわらず、異様なほどに発展しています。これは、レルロス王政の賜物。謁見の際に、『帝国から帰って豹変した』と言っていことから間違いありません。帝国は今、様々な分野で優れています。その帝国で学び、知識を蓄え、サンバスの発展に生かしたのでしょう。ですが、それは天上人主義を否定することになる」
「ッ! 確か、ロセンフは間違ってるって……」
合点がいった。だが、それと同時に疑問が浮かぶ。自分が殺めてしまった者たちだ。暗い気持ちに苛まれながら重い口を開く。
「でも、あの……まつろわぬ民の蛮行や犯罪を放置してるって……」
仮にロセンフが叫んでいたことが本当であれば、到底許されることではない。だが、レルロスはその行いに対して、罪に問わなかったというのだ。
「最善を選んだのだと思います」
「最善?」
「レルロスは天秤にかけた……そして国の治安が悪くなるよりも、国を発展させる方を選んだのです。まつろわぬ民がいるとわかっていて、街道を通る組合はいません。そのため、まつろわぬ民を招き入れた」
「ひどい……」
エノディアさんが口に手を当て、顔を歪ませながら非難する。
「国を成長させるために理想を追い求めても、待っているのは滅亡しかありません。それに、レルロスも何も手を打っていなかったわけではないと思います。キルト様、あの若い兵士を覚えていますか?」
「若い兵士……あッ」
アルシェさんの話を聞いた上で、あの若い兵士を思い出すと、すべてが繋がった。
「あの若い兵士は、あの番犬の子ども……」
「そうです。Aランクに到達できるほどの才能を持った者の子ども。兵士として鍛えれば、この上ない戦力になります。そして、頃合いを見てまつろわぬ民たちを始末すれば、国の秩序は改善し、武力を国人に知らしめることができる」
「おい、お嬢。つまりアレか、アイツ等があんなぶくぶく太ってたのも、レルロスの計算の内ってことか」
「おそらくは」
「ちッ、クソがッ。だから王族ってヤツ等は……」
怒気を放つラルフさんを尻目に、自分があの国で仕出かしたことの大きさを改めて知ってしまった。
「アルシェさん、あの国はこれからどうなるんですか……?」
力なく尋ねると、アルシェさんの瞳が揺れ、固まってしまう。こちらを気遣う時に出る彼女の癖の一つだった。そのことに気付き、微笑みながら口を開く。
「心配してくれてありがとうございます。でも、大丈夫です。だから、教えていただけませんか?」
「……サンバスは、衰退します。レルロスと友好的な関係を気付いた組合の者も訪れなくなり、レルロスの近衛兵たちも待遇は悪いものになると思われます。築いたものは失われ、しかし、贅を知ってしまった者たちで争いが多発するでしょう……――」
歯を食いしばりながら、アルシェさんの話に耳を傾ける。引き返しはしない。最優先は、ホリィ。今抱いている感情は、わが身可愛さゆえだ。ただ、サンバスの衰退は自分の責任。一字一句聞き逃さぬよう全神経を集中して聞き入った。
悪服す時、義を掲ぐ 羽田トモ @meme1114
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