第十二話 血らす

 

 魔族たちが不穏な言葉を発した直後、微動だにしなかった体が独りでに動き出した。


(な、体が……、なんでッ?)


「お前ら、構えろ!」


 動いたことに反応した大柄の男性が、すかさず二人に警戒を促す。


 闘技場内に緊張が走る。


(止まれッ)


 全身に力を込めて体を止めようとしたが、傀儡のような動きで立ち上がる。


「な、なんだよ、あの動き……」


 人らしからぬ不気味な動きに、小太りの男性が悲鳴交じりの声を漏らす。


「お前ら、四時の方向と八時の方向に下がれッ!」


 大柄の男性は血相を変えながらも、口早に二人へ指示を飛ばした。が――、


「四時? 八時? おっさんまで意味わかんねぇこと言ってんじゃねぇッ!」


 長身の男性が振り返り、大柄の男性を睨みつけながら激高する。


「あッ?! ああ、クソッ、俺の左右後方に下がれ! あまり離れすぎるなよ。お前ら二人の間隔も空けとけ。いいか、俺が隙を作る。隙が出来たら、もう一度左右から攻撃を仕掛けろ、分かったなッ!」


(ダメだッ)


 大柄の男性の指示を聞き、焦燥感に駆られる。


「俺に近づいちゃダメだ、離れてくれ!」


 今の自分に近づくのは危険だと、声を張り上げて伝えた。


「鬼は興奮してる、突っ込んでくる気かもしれない、用心しろッ!」


 だが、言葉は通じず警告は無意味に終わる。それどころか、三人に臨戦態勢を取らせる結果となってしまった。


(ち、違う、違うんだ……) 


 独りでに体が動くというあり得ない事態に加え、臨戦態勢を取る三人。刻一刻と状況が望まぬ方向へと進んでいき、冷静さを失っていく。


(クソッ! 一体どうなってんだよッ)


 そして、狼狽えから苛立ちへと心境が変化し始めた時、体が一歩前へ進んだ。


「お前ら、下がれッ!」


 再度二人に後方へ下がるように促した大柄の男性は、自身も一歩後退した。


「「……」」


 二人は指示に従い、大柄の男性の後方へと下がる。


 張り詰められた緊張感は、呼吸を行うことすら憚れるほど重苦しい。誰もが口を固く結び、地面を踏み締める足音だけが響く。


「……」


 険しい表情をした大柄の男性の額から、一筋の汗が流れる。汗は輪郭に沿って顎先まで垂れると、一粒の玉となり地面へ落ちた。


「ッ」


 大柄の男性が足を止め、仕掛ける。


 ベルトに差していた小刀を引き抜くと、雷を纏わせて投擲してきた。


 一条の稲光が飛来する。


(ダメだ!)


 小刀に反応した左腕が、腕自体を盾にして防ぐ。


(逃げてくれ!)


「……」


 防がれても大柄の男性は動揺せず、次々と小刀に雷を纏わせて投擲してくる。


(戦っちゃダメだ……)


 左腕だけで防いでいたため、小刀の何本かは防御が間に合わず身体へと突き刺さった。が、歩みが止まることはない。


 小刀が、最後の一本となる。その最後の一本を手に取った瞬間、大柄の男性の火が燃え盛った。さらに、大柄の男性が決意した表情へと変わる。


「ッ!? ダメだ、止めてくれッ!!!」

「……」


 大柄の男性は叫び声に一切反応せず、槍を持った右手を後へ引き、小刀を持った左手を前で構える。肩幅程に足を開き、両膝を軽く曲げて重心を落とす。


 構えを変えている間も、大柄の男性はこちらを見据えていた。


「はぁあ!」


 大柄の男性が声を発すると、火の光が勢い良く体外へ放出される。


「はあああぁぁぁ!!!」


 もう一度声を発した瞬間、放出されていた光が雷へと変質し、大柄の男性の体から絶え間なく放電が起こる。


「いくぞ、お前ら」


 雷を纏った大柄の男性は、二人に声をかける。


「な、なあ、あのおっさんって……」

「雷を纏うAランクの警守ガード。間違いねぇ、‘‘雷迅”だ」


 大柄の男性の姿に心当たりがあるのか、二人が目を見開く。


「……」


 一方で、雷を纏うという超常的な現象を目の当たりにしたことで、危機的状況を忘れて目を奪われてしまった。


 一歩、また一歩と、三人との距離が縮まっていく。


 大柄の男性は動かない。瞬き一つせず、こちらを睨むだけ。


 緊張感は今や、実際に圧迫されていると錯覚してしまう程にまで膨れ上がっていた。


 そんな極限の緊張感の中、雷がバチンッと大きな音を鳴らす。






 ――動いた。






「ッ!?」


 大柄の男性は、まるで地を駆ける稲妻のようだった。


 一歩の踏み込みで、数メートルを一瞬で移動する。


「ぐぅ」


 大柄の男性が表情を歪ませ、声を漏らす。


 それでも速度は落とず、真っ直ぐに向かってくる。


 あと二歩、足が地面に着けば槍が届く距離にまで迫った。


 右足が地面に着く。


(ッ!?)


 大柄の男性は右足を地面に着けたと同時に、左手に持っていた小刀を投擲してきた。


 狙いは、首元。


(雷を纏ってない?)


 雷を纏わせずに小刀を投擲してきたことに違和感を覚える中、左腕がまた小刀を防ごうと動き出す。


 攻撃を防ぐ。問題ない行為である。先ほどまでならば――、


 だが今は、稲妻と化した大柄の男性が目の前にいるのだ。さらに、防御するために左腕を眼前まで持ち上げたことで死角が生まれていた。


 大柄の男性は、その隙を見逃さない。


 地面を砕くほど強く右足を踏み締めると、今まで以上の速度で迫ってきた。


 空いた左手も槍を持ち、両手で槍を構える。


 左足が地面に着く。


 その踏み込みは今までのような駆けるためではなく、踏ん張るためのものだった。そして、左足を軸に体を捻りながら槍を突き出す。


「死ねぇッ!」


 力強い掛け声と共に、槍先が眼前に迫る。


「……」


 槍先が一定の距離にまで迫ると、左腕が防御を行おうと動き始める。が――、


 大柄の男性は、予想だにしない行動を取った。


「なッ?!」


 突然、槍を握っていた右手を離したのだ。


 残された左手に引かれ、眼前まで迫っていた槍先が軌道を変えて遠ざかる。そして変わりに、槍を離した右掌を眼前に突き出してきた。


(なん――)


 意図が分からず、付き出された右掌を凝視してしまう。


 すると、右掌が閃光を放った。


「あッ!?」


 顔を伏せる。


「お前ら、視覚を潰した! 殺れッ!!!」


 大柄の男性は二人の邪魔にならないよう動線から外れ、声を上げた。その後、崩れるように膝を着く。


「今度こそ、ぶっ殺してやる」

「ああ、殺ってやる」


 後方で待機していた二人が駆け出す。


「おいッ、スラス!」


 長身の男性が小太りの男の名を呼ぶ。その後は口を閉じ、手振りだけで合図を送った。


 合図を見終えた小太りの男性は、頷き返す。


 すると二人は、腰に下げていた巾着に手を突っ込み、青い小石を取り出す。そして一瞬だけ顔を見合わせると、同時に青い小石を投げ、両耳を塞いだ。


「――……ッ!? あいつらッ」


 大柄の男性も、青い小石が視界に入るや否や、慌てて耳を塞ぐ。


 投げられた二つの小石が地面にぶつかって砕ける。直後、絹を裂くようなけたたましい二重の高音が鳴り響いた。


「くッ……」


 音が鳴っていたのは短い時間だったが、耳を塞いだにもかかわらず、大柄の男性は頭をふらつかせる。


 二人は、全力で駆ける。


 大柄の男性の横を通り過ぎ、ついに剣が届く間合いの目前にまで接近する。


 だが、二人は足を止めなかった。


 そのまま左右へ別れ、通り過ぎざまに疾走の勢いと共に渾身の力で剣を振るい、頭部を斬り飛ばす算段だったからだ。



 ――しかし、



 今まで静観していた四体の魔族が、醜悪な嗤い顔を浮かべた。



「俺に近づくなッ!」


 闘技場に響き渡る叫び声。


「「なッ!?」」


 不意を突かれ、二人の肩が跳ねた。


(声が戻った?!)


 驚愕したのは二人だけはない。大柄の男性から閃光を浴びせられた直後、声が出せなくなっていたのだ。それが突然、二人が眼前まで迫ったタイミングで元に戻った。


(え、な……いやッ!)


 巡りそうになった思考の全てを放棄し、力の限り声を張り上げる。


「俺から離れろッ!」


 伏せさせられていた顔が上がり、二人の姿を捉える。


 二人は、今にも足を止めそうだった。


 無理もない。視覚を、聴覚を潰したことで生まれた千載一遇の好機。そう思っていた筈なのだから。ところが、実際は違った。三人が行ったことなど、何一つ効果はなかったのだ。


「離れろおおおおおおおおォォォ!!!」 


 気が狂いそうになる程の焦燥感に、声を荒らげて吠える。


 言葉が通じなくとも関係ない。腹の底から声を出し、威嚇をしてでも二人を遠ざける。でなければ、最悪の未来が訪れてしまうだろうと直感が告げていたからだ。


「「……」」


 しかし、二人は眼前で足を止めてしまう。


「お前ら、足を止めるなッ!」


 動きを止めた二人に対し、大柄の男性が怒声を上げる。それでも、二人は動かない。


「頼むから、離れてくれッ!」


 動かない二人に声をかけていると、左腕が動き出した。拳が固く握りしめられ、ゆっくりと天高く振りかぶられていく。


「早く、早く! もう時間がないッ!」


 拳が、天頂へと到達する。


「あ?」


 視界の端で、左腕の異変を捉えた。


(なんだ……皮膚が……)


 皮膚の下で、何かが動いている。


(なん―――)


 異変を捉えたのも束の間、皮膚の下で無数の筋が音を立てて蠢き出す。その激しさのあまり、振りかぶった腕が激しくうねる。そしてついには、破裂音と共に皮膚が破けた。


 露わになったのは、黒紫色の筋繊維だった。


「あァ!」


 心臓を鷲掴みにされたような感覚に襲われる。


(い、嫌だッ!)


 咄嗟に、二人から顔を背けようとした。が、体はそれを許さない。そればかりか、瞼を閉じることすらも許されず、二人を直視する。


 剥き出しとなった黒紫色の筋繊維は、幾重にも絡み合い、左腕を肥大化させていく。


 誰もが口を閉ざす中、左腕の脈動がこの場を支配する。


 それは、暴君の勅命。


 動くことも、言葉を発することも許されない。

 

 やがて左腕が牛の化け物並みに肥大化すると、暴力の鉄槌が下される。

 

「逃げろおおおおおおおおォォォ!!!」


 左腕の標的は、小太りの男性だった。


「……あ、」


 左腕が小太りの男性に振り落とされ、そのまま地面に砕く。


 地響きと共に、土煙が昇る。


「ぐあッ!」


 傍に立っていた長身の男性は、衝撃を受けて吹き飛ばされた。


 数メートル程吹き飛ばされた長身の男性は、地面の上を何度も転がって止まった。


「お、おい、スラス……?」


 長身の男性は、ふらつきながら上半身を起こし、小太りの男性の名を呼ぶ。しかし、返事は返ってこなかった。 


「スラス、無事か? 返事をしろッ! おい、スラスッ! ん?」


 長身の男性が、自身の足の違和感に気付いた。何か、水分を多く含んだ生暖かい物が足に付着している、と。


 長身の男性が、視線を足に移す。


「な……」


 足に付着していたのは、鮮やかな赤い肉片だった。


「ス、スラ……」


 長身の男性が肉片を食い入るように見つめていると、土の匂いに混じって血の匂いが漂ってくる。


「スラスッ!」


 全てを理解した長身の男性が叫んだ。しかし――、


「あああああああああァァ!!!」


 長身の男性の声をかき消すような咆哮が、闘技場に響き渡る。


(お、おれは……ひ、人を、こ、ころ――)


「何吠えてやがんだ、てめぇッ! よくも、よくもスラスをッ! クソがあァァ!!!」


 激高した長身の男性が飛び起き、斬りかかってくる。


「止せッ! 一人で突っ込むな!」


 冷静さを失った長身の男性を大柄の男性が呼び止めるが、耳を貸す筈もなかった。


「死ねぇッ!!!」


 振り下ろされる剣。



 ――ところが、



(違う違う違う違う違う。俺じゃない、俺の意思じゃないんだ。俺は止めようとしたんだ、本当に止めようとしたんだッ!)


 鬼気迫る長身の男性を、迫ってくる剣を歯牙にもかけず、今しがた自分が犯してしまった凶行を受け入れられずに現実を拒絶する。


(あッ!?)


 だが、左腕は長身の男性に反応した。


 振り下ろされる剣を、左掌で受け止める。剣は掌を切り裂き、腕の中へと斬り進んだ。しかし、黒紫色の筋繊維の再生速度の方が遥かに早かった。


 その結果、剣が筋繊維に埋もれて動かなくなる。


「殺す! ぶっ殺すッ!」


 頭に血が上った長身の男性は、剣を手放さなかった。


「あッ?!」


 当然、そんな長身の男性を左腕が放っておくわけがない。剣が腕に埋もれている状態のまま、長身の男性を覆うように掴む。


「あぁ!? クソがッ! 離しやがれッ!」


 長身の男性は掌の中で暴れるが、掴む力は弱まるどころか、さらに強くなっていく。


「ぐ、があッ」


 呼吸が出来ないのか、長身の男性は暴れながら口を大きく開けて喘ぐ。それでも、掴む力は増していった。


「があァ!」


 骨の砕けた感触が掌に伝わったかと思えば、長身の男性は口から血を吐き、手足を垂らして大人しくなる。


「嫌だ嫌だ嫌だッ、やめてくれッ!!!!!!」


 再び自分が犯す凶行を前に、拒絶の言葉が溢れ出る。


「お……れ、……か、なら……ず……、お……ま、呪っ――」


 今際の際、長身の男性が掠れた声で言い放った。


「いやああああああああああだぁぁぁぁぁ!!!」











 ――掌が閉じた。











 溢れ出た血が、闘技場を赤く染め上げる。











「……」











 激情が、煙のように消えた。











 それだけではない。











 五感の全てが、消えた。











 左手が開く。











 変わり果てた姿となった長身の男性が地面に落ちる。











「……」











 血溜まりの中心、と目が合う。











 心臓が、小さく跳ねた。


 


 







 戻ってくる。











 ――燃えるような紅血が、






 ――激しい血潮が、






 ――生血の温かさが、






 ――鮮血の匂いが、






 ――鉄の味が、






 「あァ……」






 戻ってくる。



    ――感覚が。






 「あァ……、あァ……」






 戻ってくる。



    ――現実が。






 「あああああああああああああああァァァァ!!!」


(おれは……)


 数秒前まで喋っていた。動いていた。生きていた。人間だった。それが、一瞬で物言わぬ肉塊と化した。


 誰かがやったのではない。自分がやったのだ。


 未だ自由が効かない体。それはさながら蛹のようであり、その内側でドロドロに溶けた濃く、重く、粘く、黒い液態が胎動する。


「おえぇ」


 吐き気が込上げ、立ったまま嘔吐した。胃がひっくり返ったように、何度も。


 嘔吐する度に体から体温が失われていき、吐瀉物が水だけになった頃には凍えるような悪寒に苛まれる。


 だが、左腕だけは違う。


 熱いのだ。二人の血に塗れた左腕が焼けるように。


(おれが……)


 奪ったのだ。命を。人の命を。二人の命を。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい――」


 吐瀉物と涎を口から垂らしながら、憑りつかれたように謝罪の言葉を繰り返す。


「ヒャッヒャッヒャッ、下等種が引っ掛かりおったわい」

「下等種がッ! 全てが己の思い通りに運んどると思ったかッ!」

「やはり操るならワシが一番じゃな、貴様らとは腕が違うわい」

「ワシとしたことが、傑作を下等種の血で汚してしもうたわ」 


 闘技場の惨状とは裏腹に、魔族たちは喧しく言葉を交わす。


「ヒャッヒャッヒャッ、残るは後処理だけじゃのう」

「早う終わらせろッ、魯鈍がッ! 実験体の再調整が出来じゃろうがッ!」

「なんならワシが変わってやろうか、貴様らじゃ仕留めきれんかもしれんからのう」

「そうじゃの。早うせんと、傑作に付いた下等種の血が固まってしまうわい」

「ごめんなさいごめんなさいごめ―――あ゛ッ?!」


 魔族たちの会話が終わると同時、再び体が動き出す。


「い、嫌だッ! もう止めてくれッ! お願いします」


 嗚咽交じりの声が、静かになった闘技場に空しく響き渡る。


「やめて、やめてくださいッ!!」


 しかし、いくら泣き叫ぼうが体は止まらなかった。


 視線が、肉塊から大柄の男性に移る。


「く、クソッ……」


 大柄の男性は、視線が自分に向けられたことに気が付く。が、膝を着いたまま動かず、息も絶え絶えだった。よく見ると、体から薄い煙が上っており、肉の焦げた匂いがする。


「いやだァ!!!」


 右手が左腕に突き刺さった剣を引き抜くと、その剣を大柄の男性に目がけて投げた。


「よげてくれッ!!!」


 凶刃が、矢の如く飛翔する。


「クソォォォォォォォォォォ!!!」


 大柄の男性の雄叫びが、闘技場内に木霊する。


「あ……」


 大柄の男性の雄叫びは、顔面に剣が突き刺さったことで止まった。


 投げられた剣の勢いは凄まじく、顔面に突き刺さるのとほぼ同時に頭部が爆ぜた。頭部を失った体が、崩れるように倒れる。



 残りは、二人。



 視線が移り、体が二人へ向かって歩み出す。


 壁際で抱き合い、へたり込んでいる二人。惨状を目の当たりにしたせいか顔には生気が無く、声すらも上げられずにただ固まっている。



「に、逃げて……」



 二人へ歩み寄る中、この場から逃げるように促す。



「「……」」



 二人からの反応はない。



「お願いです、逃げてください!」



 それでも、縋る思いで声をかけ続ける。



「頼むからッ!」



 二人の前にたどり着く。



「い゛、嫌だッ!」



 腰を屈ませ、両手が二人の頭部を掴む。



「俺が死ぬッ! 俺が死ぬからッ!!!」 



 ゆっくりと二人が持ち上げられる。



「誰か俺を止めてくれッ!」



 両掌に力が込められていく。



 「誰かッ!」



 指が二人の頭部に食い込む。



「俺を殺してくれッ!」



 肥大化した左手に掴まれた男性は、指が頭部に食い込んだと思った瞬間に潰れた。



「やめてくれえええええええええええええッ!!!」



 右手に掴まれた女性。肥大化していない右手は左手よりも力が弱く、潰れるまでに時間差があった。その僅かな合間、か細い声で呟かれた女性の言葉が耳に届いた。






 「……ごめんね、ホリィ……」






 右手が閉じる。


 五つの火が、全て消えた。


「ああああああああ――――――――――――――」


 意識が、途切れた。











 意識が戻った時には、暗闇の中だった。




 




 



 俺は――人を殺した。

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