第10話 逢瀬
地面に伏している化け物を見下ろす。
動けぬよう足を折り、噛めぬよう顎を砕き、暴れぬよう殴った。
狙いを定める。
場所は、頭頂部から数センチ前方。
左手で貫手を作り、化け物の頭部に突き刺す。
――発動。
左手を引き抜くと、化け物が完全に崩れ落ちた。
さらに追撃を行う。
化け物の頭部に、拳を振り下ろす。
満身の力を込めて振り下ろした拳は、化け物の頭部を砕く。
拳を再び振りかぶると、また頭部に振り下ろした。
振り下ろしては振りかぶり、また振り下ろす。
数回繰り返すと、頭部は完全に潰れた。
それでも、魔族達が意識を切るまで拳を振り下ろし続けた。
◇◇◇◇◇
意識が戻ると、一人で独房の中に立っていた。
直ぐに気配を探って、周囲の状況を確認する。
周囲に、魔族達はいない。
運が味方した。
壁の無い面に背を向け、腰を下ろす。
監視が為されていないという事は、予め調べておいた。
目を閉じて、集中する。
暫くすると、足元に黒い点が浮かび上がった。
徐々に大きくなっていく黒い点。
腕一本が通る程の大きさになると、目を開いた。
黒い点に触れる。
触れた手が、黒い点に飲み込まれるようにして消えた。
浮かび上がったのは、点ではなく穴。
穴の中から目的の物を掴むと、腕を引き抜く。
意識を取り出した物に向けた途端、穴は霧散して消えた。
穴から取り出したのは、異物。
異物を様々な角度から観察し、全貌を記憶する。
頭の中で異物を再現できるようになれば、実物にもう用はない。
異物を手放し、再び目を閉じる。
――発動。
目を開け、おもむろに立ち上がる。
振り返り、壁の無い方へと歩み出す。
壁の無い面の奥には、明かりの無い通路が伸びている。
その通路の先を見据えたまま、独房の外に出た。
魔族達の火を探しながら、通路を進む。
いない、
いない、
いない、
いない、
いた。
この通路の先にいる。
気配を見つけたのと同時に、左腕を肥大化させ始めた。
黒紫色の筋繊維が皮膚を突き破り、幾重にも絡み合う。
肥大化した左腕が、地面に着く。
それでも構わず、さらに肥大化させ続ける。
通路に響き渡る、這いずる音。
一歩ずつ近づくと、次第に五感でも気配を感じ取り始めた。
声。
――嗤い声。
日矢。
――部屋の明かり。
扉は無い。
――見えた。
「死ね」
視認した瞬間、左腕を薙ぐ。
際限なく肥大化させた左腕の薙ぎ、まるで津波のようだった。
破壊の音が唸りを上げ、範囲にある全てを一掃する。
魔族たちは、状況を理解する前に飲み込まれた。
左腕は壁すらも抉り取り、天井が音を立てながら崩れ落ちる。
止まぬ地響きと、舞い上がる土埃。
部屋の入口で、崩落が止むのを待ちつつ気配を探る。
消せた火は、四つ。
肥大化した左腕を、引き千切る。
引き千切られた左腕は、無数の気泡が発生した後、消失した。
左腕が元通りに再生し終える頃には、崩落は止んでいた。
土埃はまだ完全に晴れていないが、足を踏み入れる。
様々な実験道具や瓦礫が散乱している中を、急ぎ早に進む。
気配が探れるため、魔族を見つけることは容易だった。
魔族は瓦礫の下敷きになっており、頭だけが飛び出ている。
頭からも大量に出血しており、一目で瀕死だと分かった。
魔族の元へ向かう。
こちらが近づいても、魔族は気付いていない様子だった。
正面から魔族を見下ろせる場所に辿り着く。
この距離まで近づくと魔族も気が付いたのか、目線を上げた。
魔族と目が合う。
目を丸くした魔族は、すぐに愉悦の表情を浮かべて声を上げる。
「ヒャ、ヒャ……、さすが最強の生ぶッ――」
言葉を遮るように、左拳を魔族の頭部に振り下ろす。
殺した。
魔族たちを全員。だが、まだ終われない。
五人の遺体を見つけ出し、埋葬しなければならないのだ。
魔族たちの物言いは、明らかに人を蔑むものだった。
そんな魔族たちが、遺体をわざわざ埋葬する筈がない。
どこかに放置しているか、あるいは……。
この部屋には、置かれていなかった。
通って来た通路を引き返す。
「分かってます……」
探し歩きながら、か細い声で呟く。
「分かってます……」
あの日から、聞こえるようになった声。
「もう少しだけ……貴方たちを埋葬する時間をください……」
当然であり、その権利がある。
「必ず死にますから……」
それでも、全てをやり遂げるまでは止まらないと決めていた。
「死にま――」
時が止まった。
暫くの間、動けなかった。
だが、徐々に止まっていた時間が流れ出していき、思考が巡る。
また、心がさざめいた。
振り返って気配を探るが、反応は無い。
間違いなく、魔族たちは全員死んでいる。
であれば、今度は何に対して心はさざめいたのか。
心のさざめきは、あの時と同じように段々と大きくなっていく。
呼ばれている。
漠然と、そう思った。
自分の目で確かめるために、再び歩み出す。
歩き出してから数分が経った頃、青い火を感じ取った。
感じ取れたのは、六つ。
二つは一ヵ所に固まっているが、残り四つは点在していた。
このまま通路を進むと、その内の一体と対面する。
部屋の入口が見えた。
魔族たちがいた部屋のように、扉は取り付けられていない。
躊躇うことなく、足を踏み入れる。
目に映る、殺風景な部屋。
闇が広がる部屋にあるのは、中央に置かれた鳥籠だけ。
「ふふふ……」
笑い声が、鳥籠から零れた。
鳥籠の中の止まり木に、何かが座っている。
「初めまして、新入りさん」
鳥籠の中から喋り掛けてきたのは、人形のような生き物だった。
全長は二十センチ程で、白い髪と黒紫色の肌をしている。
魔族と同じ。
臨戦態勢を取り、黙ったまま生き物の出方を窺う。
すると、生き物の表情が徐々に変化していく。
「あ、あれ……? おかしいな……」
一変する口調。
「ねぇ? 聞こえてるでしょ、もしも~し?」
「……」
「まぁ、警戒されるのは仕方ないか~。じゃあ、勝手に話を進めるね。実は、キミと話がしたいっていう人たちがいるんだ。出てきていいよ~」
生き物が言い終わると、鳥籠の横に三つの淡い光が現れる。
それを見た瞬間、鳥籠へ飛び掛かろうとした。
――ところが、
「な……」
目を見開き、声を漏らす。
動きを止めた。
飛び掛かろうとした矢先に体を止めたため、前方に倒れ込む。
倒れ込んだ拍子に切れてしまった視線を、慌てて戻す。
淡い光は、先ほどよりも鮮明になっていた。
一目で分かった。と同時に、理解した。
心はこれにさざめいていたのだ、と。
今まで凍っていた心臓が、張り裂けそうなほど鼓動する。
あり得ない、
あり得ない、
頭で必死に否定する。
だが、心が告げていた。
本物だと。
やがて、光は顕現を終えた。
「あ……」
目の前に現れたのは、闘技場で殺めてしまった三人だった。
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