第十五話 逢瀬

 

 地面に伏している化け物を見下ろす。



 動けぬよう足を折り、噛めぬよう顎を砕き、暴れぬよう殴った。



 狙いを定める。



 場所は、頭頂部から数センチ前方。



 左手で貫手を作り、化け物の頭部に突き刺す。



 ――発動。



 左手を引き抜くと、化け物が完全に崩れ落ちた。



 さらに追撃を行う。



 化け物の頭部に、拳を振り下ろす。



 満身の力を込めて振り下ろした拳は、化け物の頭部を砕く。



 拳を再び振りかぶると、また頭部に振り下ろした。



 振り下ろしては振りかぶり、また振り下ろす。



 数回繰り返すと、頭部は完全に潰れた。



 それでも、魔族達が意識を切るまで拳を振り下ろし続けた。


 




◇◇◇◇◇






 意識が戻ると、一人で独房の中に立っていた。



 直ぐに気配を探って、周囲の状況を確認する。



 周囲に、魔族達はいない。



 運が味方した。



 壁の無い面に背を向け、腰を下ろす。



 監視が為されていないという事は、予め調べておいた。



 目を閉じて、集中する。



 暫くすると、足元に黒い点が浮かび上がった。



 徐々に大きくなっていく黒い点。



 腕一本が通る程の大きさになると、目を開いた。



 黒い点に触れる。



 触れた手が、黒い点に飲み込まれるようにして消えた。



 浮かび上がったのは、点ではなく穴。



 穴の中から目的の物を掴むと、腕を引き抜く。



 意識を取り出した物に向けた途端、穴は霧散して消えた。



 穴から取り出したのは、異物。



 異物を様々な角度から観察し、全貌を記憶する。



 頭の中で異物を再現できるようになれば、実物にもう用はない。


 

 異物を手放し、再び目を閉じる。


 

 ――発動。



 目を開け、おもむろに立ち上がる。



 振り返り、壁の無い方へと歩み出す。


 

 壁の無い面の奥には、明かりの無い通路が伸びている。



 その通路の先を見据えたまま、独房の外に出た。



 魔族達の火を探しながら、通路を進む。










 

 いない、









 


 いない、











 いない、











 いない、











 いた。



 この通路の先にいる。



 気配を見つけたのと同時に、左腕を肥大化させ始めた。



 黒紫色の筋繊維が皮膚を突き破り、幾重にも絡み合う。



 肥大化した左腕が、地面に着く。



 それでも構わず、さらに肥大化させ続ける。



 通路に響き渡る、這いずる音。



 一歩ずつ近づくと、次第に五感でも気配を感じ取り始めた。











 声。




 







 ――嗤い声。











 日矢。



 




 




 ――部屋の明かり。











 扉は無い。











 ――見えた。



「死ね」



 視認した瞬間、左腕を薙ぐ。



 際限なく肥大化させた左腕の薙ぎ、まるで津波のようだった。



 破壊の音が唸りを上げ、範囲にある全てを一掃する。



 魔族たちは、状況を理解する前に飲み込まれた。



 左腕は壁すらも抉り取り、天井が音を立てながら崩れ落ちる。



 止まぬ地響きと、舞い上がる土埃。



 部屋の入口で、崩落が止むのを待ちつつ気配を探る。



 消せた火は、四つ。



 肥大化した左腕を、引き千切る。



 引き千切られた左腕は、無数の気泡が発生した後、消失した。



 左腕が元通りに再生し終える頃には、崩落は止んでいた。



 土埃はまだ完全に晴れていないが、足を踏み入れる。



 様々な実験道具や瓦礫が散乱している中を、急ぎ早に進む。



 気配が探れるため、魔族を見つけることは容易だった。



 魔族は瓦礫の下敷きになっており、頭だけが飛び出ている。



 頭からも大量に出血しており、一目で瀕死だと分かった。



 魔族の元へ向かう。



 こちらが近づいても、魔族は気付いていない様子だった。



 正面から魔族を見下ろせる場所に辿り着く。



 この距離まで近づくと魔族も気が付いたのか、目線を上げた。



 魔族と目が合う。



 目を丸くした魔族は、すぐに愉悦の表情を浮かべて声を上げる。



「ヒャ、ヒャ……、さすが最強の生ぶッ――」



 言葉を遮るように、左拳を魔族の頭部に振り下ろす。



 殺した。



 魔族たちを全員。だが、まだ終われない。 



 五人の遺体を見つけ出し、埋葬しなければならないのだ。



 魔族たちの物言いは、明らかに人を蔑むものだった。



 そんな魔族たちが、遺体をわざわざ埋葬する筈がない。



 どこかに放置しているか、あるいは……。



 この部屋には、置かれていなかった。



 通って来た通路を引き返す。






「分かってます……」






 探し歩きながら、か細い声で呟く。






「分かってます……」






 あの日から、聞こえるようになった声。






「もう少しだけ……貴方たちを埋葬する時間をください……」






 当然であり、その権利がある。






 「必ず死にますから……」






 それでも、全てをやり遂げるまでは止まらないと決めていた。



 「死にま――」



 時が止まった。



 暫くの間、動けなかった。



 だが、徐々に止まっていた時間が流れ出していき、思考が巡る。



 また、



 振り返って気配を探るが、反応は無い。



 間違いなく、魔族たちは全員死んでいる。



 であれば、今度は何に対して心はさざめいたのか。



 心のさざめきは、あの時と同じように段々と大きくなっていく。



 



 漠然と、そう思った。



 自分の目で確かめるために、再び歩み出す。




 


 





 歩き出してから数分が経った頃、青い火を感じ取った。



 感じ取れたのは、六つ。



 二つは一ヵ所に固まっているが、残り四つは点在していた。



 このまま通路を進むと、その内の一体と対面する。



 部屋の入口が見えた。



 魔族たちがいた部屋のように、扉は取り付けられていない。



 躊躇うことなく、足を踏み入れる。



 目に映る、殺風景な部屋。



 闇が広がる部屋にあるのは、中央に置かれた鳥籠だけ。



 「ふふふ……」



 笑い声が、鳥籠から零れた。



 鳥籠の中の止まり木に、何かが座っている。



「初めまして、新入りさん」



 鳥籠の中から喋り掛けてきたのは、人形のような生き物だった。



 全長は二十センチ程で、白い髪と黒紫色の肌をしている。



 魔族と同じ。



 臨戦態勢を取り、黙ったまま生き物の出方を窺う。



 すると、生き物の表情が徐々に変化していく。



「あ、あれ……? おかしいな……」



 一変する口調。



「ねぇ? 聞こえてるでしょ、もしも~し?」

「……」

「まぁ、警戒されるのは仕方ないか~。じゃあ、勝手に話を進めるね。実は、キミと話がしたいっていう人たちがいるんだ。出てきていいよ~」



 生き物が言い終わると、鳥籠の横に三つの淡い光が現れる。



 それを見た瞬間、鳥籠へ飛び掛かろうとした。



 ――ところが、



 「な……」 


 目を見開き、声を漏らす。


 動きを止めた。


 飛び掛かろうとした矢先に体を止めたため、前方に倒れ込む。


 倒れ込んだ拍子に切れてしまった視線を、慌てて戻す。


 淡い光は、先ほどよりも鮮明になっていた。


 一目で分かった。と同時に、理解した。


 心はこれにさざめいていたのだ、と。


 今まで凍っていた心臓が、張り裂けそうなほど鼓動する。



 あり得ない、



 あり得ない、



 頭で必死に否定する。


 だが、心が告げていた。


 だと。


 やがて、光は顕現を終えた。


「あ……」


 目の前に現れたのは、闘技場で殺めてしまった三人だった。


 

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