第二十話 だから……


 意識が覚醒をし始めると、薬品の刺激臭が鼻に付いた。


(帰って来れたか……)


 目を開き、上体を起こす。


「体は……何んともないな」


 神と邂逅したので心配したが、杞憂のようだった。


「あッ! 目が覚めた?」


 体の調子を確認していると、弾んだ声が部屋に響き渡る。声のした方へ、顔を向けた。


「大丈夫?」


 心配げな表情を浮かべながら、鳥籠の彼女が声を掛けてくる。


「はい、心配かけてすいません」


 突然、倒れるように眠りに落ちてしまったのだ。


 彼女が心配するのも無理はない。誠心誠意彼女に謝りながら、問題ないことを伝える。


「そっか、良かったぁ~」


 気遣わしげな表情だった彼女は、問題ないと聞くや否や、花が咲いたように笑った。


「ビックリしちゃったよ~。まぁ、寝息が聞こえたから寝ちゃったんだ~って分かったんだけどさ」 


 彼女は、本来の人懐っこい雰囲気に戻る。


「ホント、すいません……。あの、俺はどのくらい眠ってましたか?」


 心配させたのは反省しているが、こんな場所に長居はしていられない。


「う~んとね、だいたい半日くらいかな?」


 彼女は顎に指を当て、小首を傾げながら答えた。


「半日!? ……あのッ!」

「わッ!?」


 焦燥感に駆られ、居ても立っても居られず、彼女に大声で話しかけてしまう。突然の大声に不意を突かれた彼女は、体勢を崩し、止まり木が落ちそうになる。


「あ~、ビックリした~。もう、驚かさないでよ。で、どうしたの?」


 体勢を持ち直した彼女は、ブランコの形をした止まり木を両手で掴むと、話を促す。


「出口って分かりますかッ?! ホリィの居場所が分かったんです!」


 謝りながらも、逸る気持ちは抑えきれない。膝歩きで彼女に迫ってしまう。


「ストップ! ちゃんと答えるから、落ち着いて!」


 彼女は、突き出した手をばたつかせ、声を張り上げる。言われた通りに鳥籠の前で止まったが、落ち着くことはできなかった。


「早く、教えてください!」

「ちゃんと後で教えるから」

「なッ!? 今すぐ、教えてください! 早く行ってあげないと!」

「うん、気持ちは分かるよ。でも、私のお願いを聞いて欲しいの」


 『お願い』という言葉を聞き、心に衝撃が走った。


 頭に浮かぶ、三人の姿。


 本来は、二度と会えないはずの三人と会わせてくれ、謝罪する機会を設けてくれた。


 鳥籠の彼女は恩人なのだ。


 その恩人からの願い。


 今すぐにでもホリィの元へ向かいたいという思いで一杯だったところに、恩を返したいという思いが芽生え、二つの思いがせめぎ合う。


(……恩人なんです、赦してください……)


 心の中で二人謝罪すると、姿勢を正し、鳥籠の彼女に向き直る。


「すいません。大丈夫です。お願いっていうのはなんですか?」


 彼女の目を見ながら、詳細を尋ねる。


「うん、ありがとう」


 笑顔を浮かべながらお礼を口にした後、彼女の表情が真剣ものに変わった。


「どうやって頭のを取ったの?」


 直ぐに分かった。


 異物のことを言っているのだと。


「なんで、そんなことを聞きたいんですか?」


 異物について聞かれるとは思っていなかったため、無意識に声が低くなってしまう。


「ここにはね、君と私以外にも改造された人がいるの。私は体が小さかったから埋め込まれなかったんだけど、他のみんなは君と同じ物を頭に埋め込まれて、今も閉じ込められてるの。だから――」

「その人たちを助けたいと?」

「うん」


 彼女が、小さく頷く。


 この部屋へ訪れる前に感じ取った、六つの青い火。


 最初は化け物だと思っていたが、待ち構えていたのは鳥籠の彼女だった。


 ということは、残りの火がその人達なのだろう。


 自分には、果たさねばならない約束がある。


 顔も名前も知らず、地球人ですらない異世界人を助ける義理はない。


 だが……地獄のような実験の日々が、頭に駆け巡る。


「わかりました。案内してください」


 迷う素振りも見せずに了承したからか、彼女は目を見開く。が、すぐに――、


「ありがとう」


 彼女は、嬉しそうに微笑んだ。






◇◇◇◇◇






「この道を、真っ直ぐ進んでー」


 彼女が、腕を真っ直ぐ伸ばしながら指差す。


 あれから、すぐに動き出した。


 まず、殺めてしまった五人の遺体を回収した。


 予想通り、遺体は乱雑に放置されていた。


 丁寧に布で包んだ後、黒い穴に収めた。


 やらなければならないことを終えた後、独房へ向かう。


「ふんふふ~ん。あ、突き当り左ねー」

「楽しそうですね?」

「え~? そんなことないよ~」


 そう言いつつも、足をぶらつかせ、彼女は楽しんでいる雰囲気を隠す気がない。


 彼女と鳥籠を、改めて観察する。


 天蓋が丸い格子状の鳥籠には、ブランコの状の止まり木があり、開口部に青い石が取り付けられている。


 そんな鳥籠の中にいる彼女。


 全長は十八センチ程で、大きな瞳と相まってビスク・ドールのよう。魔族と同じ黒紫色の肌、背丈の倍以上の長さの白髪を体の前側に流し、背中に黒い羽が生えている。


(何かあるのか……?)


 ふと、移動する際のことを思い返す。


 鳥籠に閉じ込められたままでは不自由だろうと思い、開口部に手を伸ばそうとした時のこと。彼女は、『あ、鳥籠ごと運んでね。よろしくー』と言って断ったのだ。


 彼女らしい口調だったが、その言葉には頑なな意志が感じられた。


 心当たりはある。


 それは、彼女の青い火。


 今までの青い火は燃え盛るような大火だったのに対し、彼女の青い火は霞んでいるかのような火だった。


 熱は感じるにもかかわらず、心象は冷気を帯びた霧のようで、幽々たる闇に引きずり込まれそうな感覚に苛まれる。


 そんな、禍々しい青い火。


(あの青い石か……)


 彼女の胸元。長い髪とキャミソールのような簡易着で隠れてはいるが、胸元に二、三センチ程のそら豆の形をした黒青色の石が埋め込まれていた。


(何なん――)


「きゃー、どこ見てるのよー、エッチ」


 石を眺めながら物思いに耽ていると、彼女が胸元を隠しながら声を上げた。


「え……、あッ! いや、そんなつもりは全然!」


 指摘されたことで、自分が眺めていた箇所に気付く。


 咄嗟に視線を逸らし、慌てて否定する。


「まぁ、しょうがないか。レディーに見惚れちゃったんでしょ? ふふ、どう?」


 一人納得し、なぜか、彼女は腰をくねらせてポーズを取る。 


「あ、いえ、ホントに……」

「なんで、今トーンが落ちたのかな? え? なんでなんで? もしかして、キミも喧嘩売ってるのかな?」

「あ、いえ、そんな、うおッ!?」


 突然、足元から冷気が這い上がってきた。危険感知も反応し、身震いがする。


「もういいもんッ」


 彼女は頬を膨らませ、拗ねてしまった。


「あの~?」

「ふんッ」


 様子を窺うように声を掛けるが、彼女はそっぽを向く。


(ヤッベ……)


 どうにか機嫌を直してもらおうと、別の話題を必死に考える。


(わっかんねぇって! そもそも、ほぼ初対面で、名前すら……名前……)


 考えないようにしていた。


 「どうしたの? もしかして、怒っちゃった?」


 こちらが黙ったからか、彼女が不安そうな顔を向けてくる。


「怒ってないですよ」


 気さくで、ころころと笑い、感情を体で表現する彼女。そんな彼女と話していると、荒んだ心が洗われていくような感覚を抱いた。


「ただ、話しておきたいことがあるんです」

「なに?」

「信じられないかもしれないんですけど、実は寝てた時に神に会ったんです」


 彼女が何を隠しているのかは分からない。それでも、彼女が心根の優しいことに変わりはない。その優しさに惹かれ、信頼し、信用して貰いたいと思っている。だから、まず自分が話すことにした。






◇◇◇◇◇






「もうすぐだよ」


 彼女がそう言うと、岩肌の通路が、石畳が敷かれた通路へと変わった。さらに、壁には発光する青い石が等間隔で配置されている。


(そういえば、俺がいた独房の近くも石畳だったな……)


 「この先にいるのは、どんな人達なんですか?」


 そう尋ねたのは、通路の先に二つの青い火を感じ取ったからだった。


「兄妹だよ」

「兄妹?」

「うん。すっごく仲が良い兄妹」

「そうなんですか……」


 兄妹揃って捕らえられ、改造されたことを不憫に思った。しかし、その思いも束の間、彼女は表情を曇らせながら、より衝撃的な事実を告げる。


「ただね、実験が失敗しちゃったせいで、妹が動かなくなっちゃったの」


 か細い声が、薄暗い通路に溶け込む。


「実験が失敗。その、動かないっていうのは? 動けなくなったとか、歩けなくなったとかじゃなくてですか?」


 彼女の物言いに違和感を覚え、詳しく尋ねる。 


「うん。虚ろな目で一点を見つめててね、いくら呼びかけてもピクリとも動かないの。まるで、生きてるのに、死んじゃったみたいに……」

「植物状態……」


 独房で異物を取り除こうとした際、その可能性を考慮して思いとどまった。


「二人はね、他のみんなとは違ったんだ」

「違った?」

「うん。二人はね、人に渡すために改造されてたの」

「それは、他の人達とは違うんですか?」

「うん。魔族はね、自己本位なの。各々の魔族が、自分の研究が至高だと考えてた。魔族って常に四体でいたでしょ? あれはね、その方が都合がいいから一緒に居ただけなの」


 顔を合わす時は、常に四体が揃っていたため、協力し合っているものだと思っていた。


「そんな魔族がね、指示された改造に従うわけがない。報酬は貰ってたらしいけど、いい加減に改造してたんだ。それで、刺しちゃダメなところに刺して……」


 魔族たちの嗤い声が、頭の中に鳴り響く。


 自分たちの欲を満たすためだけに、人を物のように扱う魔族。


「ん? でも、俺は四体に改造されましたよ?」

「それはね、君が瘴気と完全に適合した特別な存在だったからだよ」

「瘴気? 適合?」


 初めて聞く言葉。魔族達の会話を思い返しても、言っていた記憶はない。


「覚えてない? はじめてここに連れて来られた時のこと」

「初めて……あッ!」


 彼女の言葉を聞き、思い出した。


 連れて来られた直後、固定させられた台の上で味わった激痛のことを。


「あれが瘴気。普通はね、瘴気を浴びたら死んじゃうの。でも、君は耐えた。君はその後気を失っちゃったけど、魔族達は狂喜してたよ、逸材だーって。ただね、誰が改造するかで揉めたの。で、結局全員で改造することになったの」

「アイツ等……人を玩具みたいに……」


 込み上がってきた怒りで、体が震える。


 ただ、もう復讐は果たしたのだ。


 昂る心を鎮める。


「あの、もう一度確認しますが、その妹さんっていうのは本当に異物を刺されたせいで動かなくなったんですか?」

「うん、間違いないよ」

「そうですか……」


(なら、助けられるか……)


 ただし、絶対ではないので断言することは避けた。


「ねぇ、どうかな?」


 頭の中で取り出す手順を確認していると、彼女が縋るような眼差しを向けてくる。


「必要な物はさっき手に入れましたし、たぶん何とかなると思います」

「ホントに? ホントに、あの子は助けられるの?」


 彼女が、身を乗り出し、こちらを見つめてくる。


「あ、えっと、断言はでき――」


 咄嗟に、否定しようとした。しかし、彼女の顔を見て、最後まで言えなかった。


 彼女の顔は、悲痛に染まっていたのだ。


 似合わない、そう思った。


 すると、抱いていた弱気な考えが煙のように消えていく。


「必ず助けます」


 彼女の顔を見つめ、力強く言い切った。


「……」


 言葉を聞いた彼女は、ゆっくりと目を見開き、そして揺らいだ瞳に希望を灯した。 


「……ありがとう」


 彼女は小さく呟き、通路の先を見つめる。釣られるように、通路の先に顔を向けた。


 一本道の通路の先、ドアの無い部屋が見えた。

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