「影姫」

 アーケオは眉間に力を込めて、敵の軍勢を睨んだ。先ほどよりも遥かに多いスライム達が攻撃するタイミングを見計らっているように体を揺らしている。


「さっきのがたくさんいる!」


「やはりそうでしたか」

 予想が当たったのが疎ましかったのか。マシュロはため息を着いた。


「面倒ですが使いますか。魔法を」


「魔法? マシュロさんも使えたの?」


「ええ」

 マシュロがそういうと黒い靄で覆われた右手を自分の胸に当てた。すると黒い影が彼女の全身を覆い始めた。


「シャドー・ステップ」

 マシュロの全身が黒い影となって、凄まじい速度でスライム達を斬りつけ始めた。スライム達は抵抗する間も無く、次々と地面に溶けていく。アーケオはただその光景に目を奪われていた。


 しばらくするとスライム達は一匹もいなくなっていた。彼女を覆っていた黒い影がなくなり、元の姿になった。


「マシュロさん。魔法が使えたの!」


「ええ。今までは使うまでもない機会が多かったですが今回は少々厄介でしたので」

 マシュロが刃にこびりついたスライムの肉片を払った。


「そういえばなんであの魔物について知っていたの?」

 アーケオは疑問だったのだ。何故、マシュロが唐突に対応できたのか。何故、あそこまであのスライムの事を理解していたのか。


 アーケオの問いかけにマシュロが観念したように短い息を吐いた。


「まあ、隠すまでのことでもないですし良いでしょう。私はかつてローゼンによって滅んだ国の軍隊に所属していたことはご存知ですね?」


「うん」

 アーケオは屋敷にいた頃、マシュロから聞いた事があった。屋敷メイドする前は別の国の軍隊にいた事。戦地をかけていた事を少し遠慮しがちで話していたのだ。


「私は以前、ヴァトーレ王国の軍に勤めていました。そしてあのスライムは軍事訓練の際に使われていました。名はフレデリカ。スライムと魔石を混合させて人工的に作られた魔物です」

 人工的に作られた魔物。初めて聞く言葉にアーケオは思わず、耳を疑った。


「ですがあの魔物はヴァトーレ襲撃の際に鏖殺するされたと聞きましたがまさか生きているとは思いませんでした」

 アーケオはマシュロの言葉に引っかかりを覚えた。もし木ノ実の森を侵略していたのがフレデリカなら発生したのは一ヶ月前。ならそれ以前に被害がなかったとしたらどうだろうか。アーケオの中である仮説が生まれた。


「あのスライム。多分、一ヶ月前に誰かが作ったんだ」


「事件発生が一ヶ月前なら確かにそうですね」


「マシュロさん。フレデリカを作れる人を知っている?」


「一人だけ」

 マシュロが確信を得たような表情を作った。


「行こう」

 アーケオとマシュロは旧ヴァトーレ王国の跡地に向かった。近付くに連れて、マシュロの顔色が険しくなっている。


 歩くこと数十分。アーケオの視界に荒れ果てた街が映った。


「ここがヴァトーレ王国」


「ええ」

 街の建物の多さといくつか残っている店の看板がかつて栄えていた事を示していた。建物に絡まる蔦を見て、年月の経過を感じながら進んでいく。


 やがて目の前に巨大な城が見えた。城とはいえ、襲撃を受けたせいか半壊していた。もはやいつ崩れてもおかしくない。そんな空気感すら漂っていた。


 城の中に入ると二階に続く大きな階段が出迎えた。そして、ある事に気がついた。城の中が綺麗なのだ。埃や汚れひとつないのだ。おそらく誰かが手入れをしていて、その人物が今回の事件の犯人。


 するとマシュロが階段近くの別の部屋に向かい始めた。アーケオは直感的に王室の方に行くかと思っていた。


「玉座の間ではないの?」


「私の予想する人物はそこにはいません」

 マシュロがとある部屋の扉を開けた。中は広間のようになっており天井近くまで無数の本が隙間なく本棚に詰められていた。そして、その奥に背中を向けて、机に座っている人物がいた。


「来ると思っていたよ。影姫」

「お久しぶりですねDr.マリフティー」

 マシュロに呼ばれると男が首の骨を鳴らして、振り返った。丸メガネと肩までの伸びた白髪が特徴の中年男性だった。長い前髪の隙間からアーケオとマシュロを見つめている。


「影姫?」


「おや、少年。知らないのか。彼女のかつてコードネームさ。影のように忍び寄り、影のように命を攫う。ヴァトーレ軍の主力人物だったのさ」

 アーケオは驚いていた。彼女の知らなかった過去の次々と明らかになった。


「森で旅人や冒険者を襲ったのも貴方ですか?」


「そうだよ」

 Dr.マリフティーが指を鳴らすと部屋中の本棚がゆっくりと回転を始めた。その裏側を見て、アーケオは鳥肌が立った。


 そこには無数の人々が鎖で繋がれていた。おそらく行方不明になった旅人や冒険者たちだろう。


「助けてくれー!」


「頼む! もう家に帰してくれ!」

 拘束された人々が叫びを上げている。あまりの悍ましさにアーケオは顔を歪めた。


「どうしてこんなことを?」

 アーケオは異物を見るような目をDr.マリフティーに向けた。


「森での襲撃はフレデリカの戦闘力と攻撃性の増大。それと人を捕獲したのは魔物に変えて、戦力にするためさ」

 Dr.マリフティーが歪んだ笑みを浮かべた。アーケオは理解した。この男を止めないととんでもない数の人間が被害に遭うことになる。


「スライムを大量に製造して、打倒ローゼンを目指しているのだよ。ローゼンの襲撃から私は命からがら逃げたのち、身を隠してこの無人地帯と化したこの国に居続けた。全ては我が娘の仇」

 Dr.マリフティーが手を叩くと部屋中からスライムが湧き出てきた。

 「貴方を止める!」

  アーケオは木刀を構えて、狂気の科学者とスライム達に敵意を向けた。

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