「ディーノ」

最初はマシュロかと思ったが彼女よりも遥かに背が高く、何より服装が違った。


「大丈夫か?」

 その人物が振り返って目があった。鋭い目つきをした男だった。肩まで伸びた銀髪。外套から見える逞しい腕。そして、竜の鱗のような装飾をした背丈ほどもある大剣。まさに戦士の完成形と言える姿がそこにはあった。


「はい。ありがとうございます」

 突然の出来事にアーケオが呆気に取られていると、ワーウルフ達が男に襲いかかってきた。すると手に持った大剣で真っ二つに切り裂いた。そこからはまさに一方的な攻撃だった。襲いかかってきたワーウルフを次々と討伐していったのだ。


 アーケオとマシュロが苦戦していたワーウルフの群れを手に持った大剣で次々と蹴散らしていく。


「オオオオオン!」


「キャンキャン!」

 仲間の死を見て、残りのワーウルフ達が体を震わせながら去って行った。圧倒的な光景にアーケオは言葉を失っていた。


 静まり返った龍泉のほとりでアーケオは強者の背中を眺めていた。

「助けてくれてありがとうございます! 僕はアーケオと言います! 名前を教えてくれませんか?」


「・・・・・・ディーノだ」


「ディーノさんはどうしてここに?」


「故郷に立ち寄ろうと思っていてな」

 

「あの僕達もご一緒させてもらってもいいですか?」


「アーケオ様?」

 主人の提案にマシュロが目を開いていた。


「どうして?」


「命を救われた。なら僕もせめて恩を返したい。故郷に立ち寄る間、後方支援をやらせて欲しいです」

 ディーノがいなければアーケオは危なかった。その恩を今、ここで返したいのだ。


「・・・・・・いいだろう」

 ディーノがしばらく沈黙した後、口を開いた。


「ありがとうございます! マシュロさんもいいよね」


「それがアーケオ様の望みなら」

 マシュロが小さな主人の提案に同意した。アーケオとマシュロがディーノの後に続いた。


 龍泉があった森を抜けるとそこは平地だった。どこまでも広がる青空と草原。


「ディーノさんは普段、何をしているんですか?」


「旅をしていてな。世界中を放浪している」


「なんでそんなに強いんですか?」


「幼少の頃から剣術を重ねていたからだ」

 アーケオの質問の数々にディーノは表情を崩さなかったが、真摯に答えてくれた。周囲には魔物が全くといって良いほど、存在せずアーケオ達は後方の意味を成していなかった。


 しばらく草原を歩いているとアーケオの視界にあるものが映った。


 崩壊した街があったのだ。王城が崩壊して、至る所の家が壊れており、地面に落ちている剣や盾でここが襲撃を受けたことが理解できた。


「これは」

 盾の真ん中に刻まれた紋章を見て、胸が痛くなった。ローゼンの物だったのだ。


「俺はこの国に住んでいた。十年以上前、ローゼンの襲撃を受けて親を殺されて、妹は拉致された」

 ディーノが物憂げな声で話していた。世界各地にあるローゼンの爪痕。それはアーケオの心に爪痕を立てるものだった。


「あのディーノさん。実は」


「ローゼン国王の血縁者だろ? 勇者の剣を見ればわかる」


「僕を恨まないんですか?」

 アーケオは恐る恐る尋ねた。故郷を滅ぼされたのであれば、いつ首を狙われてもおかしくはない。


「ここが襲撃されたのは君が生まれる前のことだ。何も知らない人間を傷つける理由はない」

 ディーノがかつての故郷を眺めながら、告げる。彼にはもう帰る場所がないのだ。アーケオの横にいるマシュロも少し物憂げな表情を浮かべていた。彼女自身も故郷をローゼンに奪われた者として思うところがあるのだろう。


「君は何故、旅をしているんだ? おそらく国王の息子だろう?」


「僕は父の逆鱗に触れて、王国を追放されました。妾の子だったという事もあって父は元々、僕が煩わしかったんだと思います」


「そうか」


「でも良いと思っているんです。おかげでこの世界の広さや美しさをこの目で見ることが出来るから」

 アーケオは両手を上げて、空気を目一杯吸った。この世界は美しいがもちろんそれだけではない。今、ここにある崩壊した建物もそうだ。残酷だ。しかし、それでもアーケオの中ではときめきが優っているのだ。


「前向きだな。君は」

 鉄扉面のようなディーノが口元に笑みを作った。


「せっかくだ。君が良ければ剣術の稽古をつけてやる」


「良いんですか!」

 ディーノから突然の提案に胸が踊った。自分よりも遥か上の強者から稽古をつけてもらう。こんな機会は滅多にないからだ。アーケオは勢いよく首を縦に振った。

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