「ギルド」

 晴れた日の朝、アーケオはマシュロと向き合っていた。彼女から話があると言われたのだ。マシュロの顔はいつにも増して真剣な表情だった。


「話って何?」


「仕事に行ってまいります」


「仕事? そんなにお金なかったの?」


「いえ、ですが長い旅をなるでしょうし、資金は必要です」


「何をするの?」


「まだ決まってはいませんが、次の街にギルドハウスがあるので、そこで仕事を見つけてまいります」

 ギルドハウス。国の騎士団や治安部隊の手が及ばない依頼などを請け負う団体。

 アーケオも噂話程度でしか、聞いたことがなかった。

「ということで私は仕事をしてきます。アーケオ様はどこかでのんびりとしてくださいませ」

 マシュロがスカートの両端を摘まんで恭しく、頭を下げた。しかし、アーケオはマシュロの提案に同意できなかった。


「ごめん。それは出来ない。僕も働く」


「そんなお辞めください! これは従者の務めです」


「駄目。止められても手伝うよ」

 アーケオは引き下がらなかった。普段から自分が未熟なばかりにマシュロに迷惑をかけている。普段、自分の世話をしてくれている彼女にこれ以上、負担をかけるわけにはいかない。


「マシュロさんはいつも僕のために頑張っている。なら僕も頭を支えたい」

 アーケオは彼女に自分の意思を強く伝えた。彼女がアーケオを大切に思ってくれているようにアーケオに取っても彼女は掛け替えのない存在なのだ。


「アーケオ様。かしこまりました。なら一緒に頑張りましょう」

 マシュロが頰を紅潮させて、微笑んだ。早速、アーケオは次の街に行く準備を始めた。


「ここがモルカニア」

 しばらく歩くとモルカニアという街に着いた。この前行っていたコラルよりも発展しており、大きな建物や多くの人で賑わっていた。街の中には水路があり、ローゼン王国ほどではないが、発展した街だった。


 目を輝かせて、街を見ているアーケオのそばでマシュロが地図を広げている。


「確かこの辺にー あっ! あの建物です」

 マシュロが前方の方を指差した。そこには他の建物より一際、大きな白い建物が存在していた。入り口からは鎧や魔法を使う為の杖を持った人達が出入りしていた。


 出口に入ると中は多くの人で賑わっていた。肩を組みながら、酒を飲んでいる男性や楽器で音楽を奏でる人など多くの人達が席の上で自由気ままに振舞っていた。


「すごい場所だね」


「仕事だけじゃなくて、ギルドは人と人が集まる憩いの場所にもなっているそうです」

 目新しい光景に驚きながらも、受付の方に向かった。そして、受付嬢の説明に従って、必要な情報を紙に書き込んでいく。


「全国のギルドで使える証明書です。紛失すると再発行に時間がかかりますので、お気をつけください」

 受付嬢から手のひらに乗るほどの小さなカードをもらった。


「これで良いの?」


「ええ。これで各国に存在するギルドハウスでクエスト。即ちギルドの依頼を受ける事が出来ますよ」


「よし。早速探してみよう」

 アーケオはマシュロとともに依頼書が張り出された掲示板に向かった。掲示板の前には屈強そうな男達や気の強そうな女達が依頼書と睨み合っていた。

 

「こんなものはどうでしょう?」

 マシュロがとある依頼書を指差した。


「キノコを五十個収穫か」


「報酬も悪くありませんし、如何しましょう」


「それで決定!」

 アーケオは早速、キノコ狩りに向かう事にした。




 モルカニアから少し離れた森の中。アーケオとマシュロはキノコを次々と採取していく。

「よし! 取れた」


「順調ですね」

 二人は良いペースできのこをカゴの中に入れていく。親しい人間と同じ仕事尾をする。アーケオにとってとても楽しい時間だ。


 すると近くの刺激が大きく揺れた。アーケオは何事かと目を向けた瞬間、何かが飛びかかってきた。


「ガウウウウ!」

 それは狼よりも少し大きく黒い体毛で覆われていた。アーケオは木刀を構えて、襲撃者の攻撃に対処しようとした時、突然、胴体が二つに割れた。


 マシュロが切断したからだ。

「大丈夫ですか! アーケオ様!」


「うん!」

 アーケオは首を縦に振った時、さっきと同じ怪物が茂みから数体出てきた。


「これはワーウルフ! アーケオ様! 魔物でございます!」


「これが魔物」

 アーケオは本で見たことがあった。魔物。魔王ユーカリオタが生み出した動物と違う異形の存在。


 狼のような姿をしているが、目が違う。濁っているのだ。


「グオオ!」

 ワーウルフ達が一斉に襲いかかってきた。


「我が主人に手を出すな!」

 マシュロが目にも止まらない速度で斬っていく。


「キャン!」


「アオン!」

 アーケオも手を貸そうとしたが彼女の速度があまりに早過ぎて、ワーウルフ達はすぐさま、ただの肉片に変貌した。


「凄い。マシュロさんが戦えるのは知っていたけど、ここまでとは思わなかった」


「アーケオ様の専属従者ですから。さあ山を降りましょう」

 彼女が踵を返した瞬間、茂みの奥から突然、もう一体のワーウルフが飛びかかってきた。その一体はマシュロに食らいつこうとしていた。


「ふん!」

 アーケオはワーウルフの胸部分を木刀で突き刺した。ワーウルフはしばらくもがいた後、動かなくなった。


「アーケオ様! 申し訳ございません! お手を煩わせてしまい!」


「大丈夫」

 アーケオは気が抜けたような声で返事をした。今、彼の中はとある考えでいっぱいだったのだ。


「殺した」

 人生で初めて意図的に誰かの命を奪った。


「アーケオ様」


「マシュロさん。これが命を奪うって事?」


「ええ。これが戦うという事です」

 マシュロの目は真剣そのものだった。今まで剣術をやっていたのは確かに護身術の一環でやってきた。博物館の時だって、模型の剣だった為、練習で使っていた木刀と変わらない感覚で使えた。それでもいつかは命の駆け引きをする瞬間が来る事も頭にはあった。しかし、実際に命を奪った感想は恐怖だった。


 剣先から伝わる相手の命が消えていく感覚。それが見て、感じて取れたのが恐ろしかったのだ。


「マシュロさんは怖くないの?」


「ええ。私はアーケオ様が傷つく方が恐ろしいですから」

 マシュロが魔物の血が付いたナイフを手ぬぐいで拭きながら、微笑んだ。アーケオの手には未だに魔物を討伐した感覚が残っていた。


 ギルドに戻り、報酬を受け取ると同時にワーウルフの件を話した。どうやらキノコを取っていた場所から少し離れた場所でワーウルフの依頼があったため、その分の報酬ももらえる事になった。


「やりましたね」


「うん」

 初めての魔物退治で動揺と緊張を抱いたが、報酬を得たことにより大きな達成を得た。


「やっぱり怖いですか? アーケオ様が嫌なら私は他の仕事でも」


「いや、これでいい。もっと強くなる」


「左様ですか」

 これから旅を続ける中、魔物とぶつかる事も多くなる。その際に力は自分とマシュロを守る武器になる。磨いていて損はないのだ。


「さて! 御夕飯にいたしましょう!」


「そうだね」

 アーケオは腹の虫を慰めるように腹を撫でた。今日の夕飯はいつもより格段に美味しいはずだ。アーケオは静かに確信した。


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