「コラル」

 野営テント越しに浴びる日光で目が覚めた。寝袋から体を抜いて、ゆっくりと起き上がった。木刀を持って素振りを行なった。六歳の時に木刀を持ってから五年経った今でも欠かさずやっているルーティンだ。


「ふん!」

 生きていく環境が変わろうと毎日の練習は欠かさない。継続は力なり。積み重ねる事が自分をさらなる高みへと導いてくれる。


「おはようございます。朝から精が出ますね」


「うん。環境が変わったといえ、やめる理由にはならないから」


「さすがです。私は朝食の準備をしてまいります」


「お願いします」

 アーケオはマシュロの手料理を楽しみにしながら、木刀を振るった。


 朝食を終えるとアーケオとマシュロはコラルに向かった。空は晴れており、天候に苛まれる事もなく、順調に進んでいた。


「すごい本で見た内容と同じだ」

 アーケオは周囲の光景に目を輝かせていた。立ち並んだ木々。頬を撫でるそよ風。気持ちよさそうに大空を飛んでいる鳥。生まれた時から自身の王国内や学校しか行ったことがなかった彼にとって世界はとても新鮮だったのだ。


 そんな彼をマシュロが我が子を慈しむような優しい眼差しを向けていた。



「着いた」

 無事、ローゼン王国から離れた国。コラルに着いたアーケオとマシュロ。王国と比べると人口は少ないが、賑わっていた。


「早速、宿を取りましょう」


「うん!」

 アーケオの胸は高ぶっていた。宿に泊まるという経験も初めてだったからだ。

 宿の外装は木造建築で木の匂いが鼻腔に流れ込んできた。受付の方で温和な雰囲気を放っている中年女性がいた。


「あら。いらっしゃい。何名様でしょうか?」


「二名でお願いします」


「かしこまりました。お二階上がって突き当たりの部屋です」

 部屋の鍵を受けるとアーケオはマシュロとともに階段を登った。扉を開けると大きなベッドか二つ並んでいた。


「広い!」


「いい部屋ですねー」

 アーケオは荷物を置いて、部屋を見渡した。


「さて街の散策でもしましょうか?」

 マシュロに誘われて、アーケオは街に出ることにした。


「すごい。こんなにお店が」


「そういえばアーケオ様は街で買い物されるのは初めてでしたね」


「うん。ずっと学園と王城を往復する毎日だったからね」

 学業、訓練、礼儀作法。それを限られた場所で行い続ける毎日。退屈な毎日の中で読書とマシュロと過ごす時間が彼にとって唯一、憩いの時間だった。


「でも今は違う。さあ、たくさん巡ろう」

 アーケオはマシュロとともに色々な店を巡った。長い旅の中で物資は必要不可欠。二人は買えるだけの買い物をした。


「野営で使う道具と怪我をした際に使う包帯。今回の買い物はこんなものでしょう」


「それじゃあ宿に戻ろう」

 宿に戻ろうとした時、近くの脇道から出てきた男性と肩がぶつかった。


「あっ、すみません」


「おいおい坊ちゃん。どこ見てんだ?」

 金髪のモヒカンヘアーの男がアーケオを睨みつけてきた。 


「申し訳ありません。従者からもお詫び申し上げます。どうか許してはいただけないでしょうか」

 マシュロがモヒカンヘアーに頭を下げた。


「へえーお姉ちゃんよく見ると可愛いね。お詫びの印として俺とな?」

 モヒカンヘアーの男がマシュロの顎を指で上げる。


「かしこまりました。アーケオ様。少しお時間をいただきます」


「あっ、はい」

 マシュロが穏やかな笑みを浮かべながら、モヒカンヘアーの男の腕に肩を回されて、路地裏に入っていく。アーケオはこれから不憫な目に遭う彼を哀れに思った。


 数秒後、マシュロが普段通りの優しい笑顔で出て来た。アーケオにはその笑顔がどこか恐ろしく見えた。


 宿に戻って夕食と湯浴みをした後、アーケオは布団に入った。布団の中で今日の出来事を思い出していた。初めての町。初めての買い物。初めてのチンピラ。


 そのどれもが新鮮だった。


「マシュロさん。冒険って楽しいね」


「まだまだこれからですよ。アーケオ様」

 マシュロが彼の目を見て、口元をあげる。


「さあ、明日も早いですから寝ましょう!」


「そうだね。おやすみ。マシュロさん」


「お休みなさいませ。アーケオ様」

 互いに言葉をかわして、目を閉じた。

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