「従者」

 曇天の下、栗色の髪をした女性が迫り来る兵士達を斬り伏せていた。血を浴びながら、手に持ったナイフで命を奪っていく。血の臭いと怒号が飛び交う戦場。 

 それが彼女の居場所だった。やがて彼女は敵兵を全て葬り去った。終戦を告げるように降り注いだ雨を身に浴びた。


 マシュロは悪夢から逃れるように飛び起きた。何度も荒い呼吸をした後、深呼吸で胸中の乱れを落ち着かせる。すぐ横で寝息を立てる小さな主人に目を向ける。


 心の荒波がゆっくりと引いていく感覚がした。


「そう簡単に忘れられるわけないか」

 窓から突き刺す月明かりに目を向けながら、再び睡魔がやってくるのを待った。



「アーケオ様! この問題、間違っていますよ!」


「ひえ、すみません!」

  早朝。泊まっている宿の部屋の中でアーケオは机にかじりついていた。前から鬼教官の視線を感じていた。


「旅の途中とはいえ、勉強は欠かせません! 知識とは生きていく上で必要な力です!」

 マシュロがそう言って、鞭を振り回している。アーケオはその姿に押されて、ペンを走らせた。

「さて、今日はこれくらいにしましょう。お疲れ様でした」

「お疲れ様でした」

 思った以上にハードな内容に頭から湯気が出そうになった。しばらく休憩した後、二人はモルカニアを後にした。外は雲ひとつない晴天。まさに冒険日和だ。


「次はエルペスタって国だね」


「エルペスタ?」


「うん。なんでもエルペスタの近くの森で取れる木の味を使った料理が絶品らしくてさー」

 アーケオはまだ見ぬ料理を想像して微笑んだ。その傍らでマシュロが眉間に皺を寄せて思考に耽っているような表情を浮かべていた。


 しばらく歩き続けているとエルペスタが見えた。街の中に入ると所狭しと並んでいる建物がアーケオ達を迎えた。


 早速、アーケオはマシュロとともに飲食店に入った。


「すみません! 木の実のパイをください!」


「ごめんねえ! 坊ちゃん! 今木の実を切らしていてね!」

 店主の男性が申し訳なさそうに手を重ねた。よく見ると他のテーブル席にも木の実料理が一つも置いていないのだ。


「あの何かあったんですか?」

 マシュロが尋ねると店主が口を開いた。


「実は一ヶ月くらい前から名物の木ノ実がたくさん取れる森に魔物が住み着いちゃってね。ギルドから冒険者が何人も討伐に向かっているが誰一人、帰ってこないんだ」


「魔物?」


「ああ、でも近々王国軍が派遣されるって話だからもうしばらく辛抱だけどよ」

 店主がそういうと再度、申し訳なさそうに手を合わせた。


 アーケオは魔物討伐を決意した。理由は三つ。一つは木ノ実の料理が食べたい事。二つ目は鍛錬だ。強くなるには実戦経験が必要だ。三つは行方不明者の捜索だ。ふとマシュロの方に目を向けると彼女が考え込む素振りを見せていた。


「マシュロさん?」


「ああ、アーケオ様。申し訳ありません。つい考え事を。どうなさいました」


「魔物を討伐しに行こう」

 アーケオは決意を固めた目を向けるとマシュロが頷いた。


 エルペタスから出て、例の森近くまで歩くことにした。ここから先は魔物が出る場所。アーケオは周囲を警戒しながら進んでいた。


「そういえば、本に書いてあったけどエルペタスの近くには昔、ヴァトーレ王国っていう国があったらしいよ。でもローゼン王国に襲撃されてなくなってしまったんだって」

 アーケオは読んでいて、罪悪感を覚えた。自分が直接的に手を下したわけではないが、実の父が他国を侵略して、そこで得た利益で自信を養っていたと考えると胸が痛んだのだ。


「ヴァトーレ・・・・・・」

 マシュロの顔に影が生まれた。アーケオはそれを見過ごさなかった。


「どうしたの?」

 アーケオは普段とは違う従者の反応に疑問を抱いた。その顔は生まれた時から一緒にいた彼女から初めて見る表情だったのだ。


「アーケオ様。ヴァトーレは」

 マシュロが口を開いた時、それを遮るかのように茂みから何かが飛び出して来た。紫色で水溜りのような姿をした魔物だった。


「これってスライム?」

 アーケオは本で読んだ液状のモンスター。スライムを思い出した。


「ええ、ですがただのスライムではありません。これは」

 マシュロが眉間に皺を寄せている突然、スライムが体から棘のような突起を伸ばしてきた。アーケオとマシュロはすぐさま攻撃を避けた。


 木刀を抜いたアーケオよりも早く、マシュロが二本の短刀でスライムを切り裂いた。スライムは無言で地面に溶けて消えた。


「突起はびっくりしたけど思ったより弱かったね」


「いえ。まだです。この魔物が一体いるということは」

 マシュロの言葉に回答を出すように次々と茂みから紫色のスライムが現れた。


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