「追放王子の冒険譚」

蛙鮫

「プロローグ」

 早朝。東の空から登る朝日がローゼン王国を照らした。堂々と聳える王宮の庭でアーケオ・ローゼンは目の前の相手に木刀を振っていた。


「ふん!」


「遅いですよ! アーケオ様!」

 相手は侍女であるマシュロ・トーン。栗色に伸びた長い髪をなびかせながら木刀でアーケオの攻撃を捌いていく。


「隙あり!」


「しまった!」

 マシュロが木刀の持ち手を弾いて、アーケオの手元から木刀が離れた。


「勝負ありですね」


「あー また負けたー」

 アーケオは額から汗を流しながら、尻もちをついた。


「さて! 朝ごはんにしましょう!」

 マシュロが笑顔を浮かべながら、手を差し伸べてきた。アーケオは手を取って自室に戻って着替える事にした。


「今日はアーケオ様が好きな献立を用意しております」


「ありがとう。マシュロさん。今いくよ」

 着替えを終えて、マシュロとともに食事が用意されている自室へと足を進める。

 その道中に他のメイドや執事達が彼に怪訝な目を向けてきた。


「全くいつになったら出ていくのやら」


「妾腹には王位継承権もないでしょうに。偉大なローゼン家の面汚しも良いところですわ」


 ひそひそと話しているようだがアーケオには聞こえていた。

「相変わらず腑抜けた顔だな」


「兄さん」

 目の前にブレド・ローゼン。彼の腹違いの兄が出てきた。眩い金髪と端正な顔立ちに高身長。見た目はかなりのものだがそれを鼻にかけて、弟であるアーケオを見下しているのだ。


「やあマシュロ。相変わらず美しいね。何度も言っていると思うけど、俺の侍女になりたまえよ。今よりも破格の待遇を約束しよう」


「お言葉ですが私は今のまま結構です。それに私はアーケオ様しか仕える気がありません」

 マシュロがはっきりと口にした。兄の右の眉部分に少し青筋が立っていた。

「こいつは妾の子で、俺は正妻の子だ。それにこいつは魔法もろくに使えんクズだ。王位継承権は俺で確定。いずれ損するのは君だよ」

 ブレドが言っているのは事実だ。この世界では何かしら異能を授かって生まれてくる。でもアーケオにはそれがない。


「アーケオ様。行きましょう。時間の無駄です」

「うん」

 アーケオはマシュロに言われて、食堂に向かった。


「アーケオ様。大丈夫ですか?」

「うん。もう慣れたから」

 彼は頷いた。嘘だ。決して良い気分ではないが、この中で唯一慕ってくれるマシュロに心配をかけたくなかった。


「もし気に入らないようであれば、私が彼奴等を排除しますゆえ」

 マシュロが目つきを鋭くして、懐からナイフをいくつも取り出した。


「いやいや! 怖いからやめて!」

 今にも斬りかかろうとするマシュロをなだめた。彼女のアーケオに対する忠誠心は本物だ。しかし、それが時に度がすぎる事がある。


「確か。今日は校外学習でしたっけ。お気をつけていってらっしゃいませ」


「うん」

 マシュロに手を振り、玄関の近くにある亡き母の肖像画に一礼して屋敷を後にした。



 しばらく歩き続けると彼が通っている学園が見えてきた。王立ローゼン学園。

 白を強調とした気品漂う外観と重厚さすら覚える大きな建物だ。


 教室に着くと皆、教室の中で騒いでいた。今日は待ちに待った校外学習。皆、友人同士で話していた。


「やっと校外学習だぜ。授業ないしラッキー」

「だな。どこを回ろっかな」


「楽しみだね!」

「一緒に行こう!」  

「うん!」

 男子女子問わず、楽しみのあまり会話がヒートアップしている。アーケオは友達がいないので、席について本を取った。


「はーい! 皆さん。それでは校外学習に向かいますよ」

 担任の先生が教室にやってきた。アーケオはクラスメイト達と共に準備をした。


 しばらく歩くと、なんとも豪華な建物が目に飛び込んできた。

「みんな。ここがローゼン博物館だ」


 先生が説明している最中、アーケオの背中に何人もの視線を感じた。そのまま先生に導かれるように館内の中に入っていった。

「みんなも知っている通り、ローゼン王国は五百年前、魔王ユーカリオタから世界を救った勇者ローゼンが建国した大国だ。ここではその歴史を知ることができる」

 博物館の入り口には伝説の勇者ローゼンの石像が堂々と立っていた。

「これが勇者ローゼン」

 五百年前、魔王ユーカリオタから世界を守った勇者でありアーケオの先祖。職員が次々と展示物を紹介する中、アーケオは館内を見渡していく。 


 そして、最深部へと連れられると、少し広めの空間に一本の剣があった。

「これが勇者の剣」

 ガラスケースに入っている黄金の剣。かつて勇者ローゼンが振るっていた聖剣だ。

「うおー! すげえええ!」

「かっけええ」

「綺麗」

 剣を見るなり同級生達から賞賛の声が上がる。しかし、彼は知っている。これは偽物だ。本物はいつも国王である父がマントの下に携えている。それでもこれは本物とは大差ない。よく作られたものだ。

「先生。お手洗いに行ってきます」

「おう。すぐ横のところに行っているからな」

 アーケオは一礼して、お手洗いに向かった。ローゼン王国の王子だというのに博物館の中に入ると知らないものだらけだった。

「世界はもっと知らない事だらけなんだろうな」

 そんな事を思いながら、手を洗っていると突然、館内の方から凄まじい物音が聞こえた。

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