第7話 無慈悲な告白



「気分はすぐれましたか」


「具合はまあ、マシだ。有難うよ」


「師匠は神を信じていない。それは確かですか」


「……信仰心のなさを咎めるつもりか。悪いが信仰の真似さえもするつもりはない」


「私にとっては不都合が悪いです。神を信じていない者は神からの干渉を受けません」


「都合が良い、だろう。そんな話、誰から聞いた。公にそんな事を言えば、周囲の者から非難が飛ぶはずだ」


「……私は、神に作られた傀儡ですから」


 イングスはとうとう自分が人ではない事を打ち明けた。あまりにも直球だからか、ルダはイングスの言いたい事が分かっていない。


「人間を作ったのは神って話だろう、牧師の言いそうな事だ。まったく、記憶喪失だからとあの牧師め……」


「私は本当に神に作られました。私は、人ではありません。だから、人の生活を知りたいと思い、ここに来ました」


 人ではない、そう言った時、ルダの眉がピクリと動いた。


「……私は、きっと師匠の息子を殺した人形と同じなのです」


「なんだと?」


「あの人形は神が作りました。私も……神に作られました」


 イングスはどうすれば信じて貰えるのか、人にあって自分にない物が何かを考える。


 視界に入ったのは、人形の仮止めに使う太い釘。イングスはそれを手に取ると、迷いなく自身の右腕に突き刺した。


「お、おい!」


「信じて頂けるために何をすればいいのか、これが一番と考えました」


 イングスが力を加減していないせいで、釘は腕を貫通した後、容赦なく引き抜かれている。気が弱い者なら見ているだけで卒倒しただろう。


 ルダは慌ててタオルを掴み、イングスの腕に押し当てた。イングスは痛みを感じている様子がない。触覚はあっても痛みはなく、血が噴き出る感覚しか分からないからだ。


「何て事をする、破傷風にでもなれば大変な事になるぞ! 病院に連れて……」


 そう言いかけたルダは、包帯を巻こうとした腕を見て目を見開いた。

 既に血が止まっている。釘が刺さった痕はあるものの、それも見ている間にどんどん治っていく。


「お前さん……」


「傀儡だと信じていただけましたか。少なくとも人ではないと」


 ルダは信じたくない気持ちでいっぱいだった。息子を殺した憎き人形と同じ存在が目の前にいるのなら当然だ。


 だが、その憎き相手がイングスではない事も理解している。イングスの心なしか思いつめたような表情が、ルダの怒りを辛うじて抑えた。


「それを、儂に言ってどうする。儂の息子を殺したアイツの仲間だと……お前さんは知ってここに来たのか」


「いえ、何も知りませんでした。しかし、神は知っていたかもしれません」


「神とは、お前さんの言う神とは、教会で皆が崇める神の事か」


「そうです。神は師匠の息子を殺した傀儡を失敗作だと言っていました。私は成功だと」


 ルダの表情は怒りと悔しさを孕んだまま。

 もしイングスが人であったなら、ルダは行き場のない感情を見せていただろう。


 憎き殺人人形と同じものが目の前にいる。それは自らに殆ど備わっていない思考や感情の欠片を駆使し、人間側のために動き、痛みを知ろうとしている。


 ルダは理不尽な怒りをぶつけて失望させてはいけないと、必死に耐えていた。


「師匠、私も傀儡です。師匠は傀儡への怒りをぶつける権利があります」


「……そんなものは、ない。お前さんはあれとは違う。儂は……神に怒りを感じているんだ」


 ルダが落ち着くまで待った後、イングスは再度自分の事をルダに説明した。


 神がかつて失敗作を遣わせたこの町に、わざとイングスを送り込んだと思われる事なども、隠さずに伝えた。


「以前は失敗したが、今度は成功したと見せびらかすため、か。それに神は人間全体を調整しているに過ぎず、個人の願いなど気にしていない」


「はい。私は神の行動が正しいとは思えません。神を見限り、人の世界で暮らす事を決意しました」


 イングスを作ったのが本当に神なのか。イングスは人ではないのか。ルダはその点についてまだ疑いを持っている。


 同時に、人ではないとすれば説明がつくものばかりだとも思っている。


 待っていろと言われ、微動だにせず2時間立っていたり。

 食事もイングスが現れて3日後、それも気になったルダに言われてやっと口にした。


 100kg(100キログラン=100キログラム)を超える荷物を片腕で持ち上げ、100メルテ(1メルテ=1メートル)先から数秒で駆け付ける。

 おまけに恐怖心もない。腕に釘が刺さっても平然としている。騙そうとして出来る事ではない。


「……神を裏切って、タダで済むのか」


「神が支配できるのは、神を信じ、崇めている者だけです」


「儂やお前さんを支配は出来ない、と」


「はい」


「そうか、儂が20年前の事件を語った事は想定外だったのかもしれんな」


 ルダはイングスを信じる事にした。

 息子の死の真相と、誰にも作れない勝手に動く人形。その原因が神にあるのなら。


 その恨みを晴らせるのは目の前にいるイングスしかいない。


「……師匠」


「何だ」


「私を、恐れないのですか。ある日突然私が……人を傷つけるような行動に出るかもしれないというのに」


「お前さんは絶対に傷つけんよ。儂の息子を殺したアイツと違う。お前さんは善悪を考え、心も芽生えている。少なくとも他者の事を思いやる気持ちがある」


「心、ですか」


「魂と言ってもいい。足りないなら儂が込めてやる、作り手が込めないなら、人がお前さんの心を育ててやろうじゃないか」


 イングスは心が芽生えていると言われ、僅かに微笑んだ。


 神はイングスを作り上げた。しかし魂や心と呼べるものは込めなかった。

 ルダはイングスを作ってはいない。しかし、面倒を見ながら少しずつでも人としての思いを込めてくれた。


 体は人でなくとも、いつか人と変わりないと言ってもらえる日が来るのではないか。

 無意味な事を楽しみ、生きる上で必要のない酒や踊りを嗜み、人として生きていけるのではないか。


 イングスにはそんな将来の夢が生まれていた。


「お前さん、初めて笑みを浮かべたな。嬉しそうな表情だ」


「私は笑みを浮かべていましたか。これが嬉しいという感情ですね、理解しました」


「さて、どうする。お前さんが人形だという事はまだ誰も知らん。人形技師になる人生が相応しいとも言えなくなった」


「私は……どうするべきなのか、結論を見出せていません」

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