第12話 旅立ちとヴィザレイジの結末
* * * * * * * * *
傀儡の襲来から5日が経った。
町の警官のうち1人は、ルダの息子と一緒に殺された弟子の弟だった。
彼の手伝いもあり、警察署の武器を充実させることで、傀儡の襲来時にも概ね対応できる算段が付いた。
役場としても、自分達が得体のしれない人形に殺されるとなれば、動きは早くなる。緊急議会で予算が承認され、もう発注手続きを進めているほどだ。
「それでは師匠、さようなら」
「しばらく留守にすると言えばいい」
「はい。しばらく留守にします」
イングスは全財産の入った財布を首から掛け、コートを羽織り、着替えの入った鞄を肩から斜めに掛けて港に立っていた。
荒波に耐えうる大きな貨物船に最後のコンテナが運び込まれるところだ。
大勢がそんなイングスを見送る。それぞれの真剣なまなざしに、屈強な船員達が不気味がったほど。イングスの旅立ちに重要な意味がある事など知る由もない。
「それと」
ルダは俯いたままイングスに声を掛ける。
「こんな時くらい、父と呼んでくれる気はないか」
「はい、父」
「……帰ってきた時は、もう少し人間臭くなっている事を願う」
「人はそれ程臭くありませんよ、羊や馬の臭いはとても強いですが」
「……人間らしさを身に着けるという事だ。語彙力も豊かになってくれる事を願うとしよう」
最後までちぐはぐな会話をする「親子」に、周囲の緊張がふっと切れ、笑いが起こった。船の汽笛が鳴り、船員から出航だと声がかかる。
「父、行ってきます」
「ああ、行ってらっしゃい。達者でな」
ルダの目は潤み、他の者も心配そうにイングスを見送る。乗り込んで数分後、船の係留は解かれ、船が静かに動き始めた。
最後尾から港を見ながら、イングスは皆に合わせるように手を振る。
その時ふと港に走ってくる数名の者が見えた。見送りの者達に何かを伝えている。
何事かと心配になったが、もう船は引き返すことができない。
もう戻って来いとも、戻って来るなとも言われない。全て自分で判断しなければならない時が来た。
「私が傀儡だからでしょうか……指示を受けずに動くのは落ち着きませんね、父」
青空と、うねりながら輝く水面。
ウミネコがニャーニャ―と鳴きながら追いかける長閑な午前のひととき。
傀儡でありつつ人として暮らしたイングスは、穏やかさに乗せられ独り言を漏らす。
「父。私が壊れたなら、あなたは悲しむのでしょう。あなたに2度も息子を失わせられません」
電話や手紙、近況を知る手段はある。イングスはそう考え、人の姿が分からない程離れた港を見つめるのをやめ、自身の部屋へと向かった。
* * * * * * * * *
「なるほどねえ。神の操り人形もその頃から世界に送り込まれていたって事だ」
「はい」
「でもよ、腕をぶっ刺して証明しなくとも、首を180度回せば良かったんじゃねえのかい」
「当時は人間が首を180度回せないと知らなかったのです」
商人はイングスの昔話を聞き終わった後、煙草に火をつけ、椅子の背もたれに寄りかかった。
波によって吊り下げのランプの明かりが左右に揺れる中、しばしの沈黙が訪れる。
「でもまあ、間違いねえな。あんたに人としての心や信念を込めたのは島の奴らだ」
「はい。1度だけクラクスヴィークに帰りましたが、私はあの町が好きです。いつか師匠の跡継ぎとなり、平穏な暮らしを送りたいと願っています」
「傀儡が傀儡職人になるってか。人形が動き出しそうな話だな」
商人は傀儡らしからぬ柔らかな表情で望郷の念を語るイングスに、そんな自然な表情も作れるんじゃねえかと呟く。
きっと旅立ちの頃より心が育ち、考えと表情の連動も良くなったのだろうと頷いた。
「さっき寄った港も、次の島もそうだけどよ。あのヴィザレイジの抵抗は間違って伝わってるよ。熱心な信者共が嘘を吹き込んで回っている」
「あの村にも、いずれ怪物を生み出したのはヴィザレイジだという話が伝わるのでしょうね」
「なんだ、把握済みか。あの戦争の中心地にいた奴は、狂信者共が実験で作り出したと知ってるんだがな」
神を信じる者達に対し、ヴィザレイジは最初から劣勢が予想されていた。
元軍人、武芸に秀でた指揮官、その他神に恨みを持つ者達も戦力としては十分だった。しかし、肝心の資金力の面では圧倒的に負けていた。
神教軍は武器や弾薬を湯水のように使い、寄付と称して全世界から集められた金で補充する。神の名の下に死ぬ事を名誉だと刷り込まれ、笑顔で自爆攻撃を仕掛ける。
そんな宗教の強さを前に、ヴィザレイジは1年持ち堪え、そして敗北した。抵抗軍の主要メンバーは殆ど戦死、生き残った義勇兵達も拷問を受けるなど酷い目に遭った。
「……傀儡のあんたから見りゃ、人間なんて愚かに見えるだろうな。建前がありゃ他人と殺し合えるんだからさ」
「ヴィザレイジは、ただ神の真実を広めて回っていただけでした。そこに神教軍が押しかけ、棄教した者への拷問を始めたのです」
「ああ、知っている。ヴィザレイジは棄教した者を守るため、抵抗軍となったんだよな。リャノの若い兄ちゃんが悔しそうに語ってくれたよ」
「リャノに抵抗軍の生き残りが?」
商人は揺れにペンを取られながらも、自身がどこで生き残りと出会ったのかを教えてくれた。それは半壊した町の中でも、イングスが良く知る地区だった。
「スラム街で、孤児をまとめて面倒見ていませんでしたか」
「まあ、スラムっつっても中心部以外は見る影もないけどな。確かに孤児の面倒を見ていたよ、ヴィザレイジに入る前にも住んでいたんだと」
「ケヴィン……生きていたのか」
「お、知り合いだったか。会いに行くなら寄り道してやってもいい。そのケヴィンとはどうやって知り合ったんだい」
商人はメモ書きをイングスに渡しながら、昔話のお替りを催促する。
「リャノには、クラクスヴィークからいくつかの島を経由する定期便があるのです」
「って事は、もしかしてヴィザレイジに入る前からの知り合いか」
「はい」
「そりゃいい、詳しく教えてくれよ。場合によっちゃあその人脈が俺の商売に使えるかもしれねえからな」
イングスは食い気味で身を乗り出す商人に苦笑いをし、ケヴィンとの出会いを思い出していた。
「いいでしょう。しかし……あなたは時折お金臭いと言われませんか」
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