第11話 真実を



 イングスがこれまでどれ程礼儀正しく品行方正だったか、誰もが知っている。

 それでも目の前で焼かれている人形と同じ存在と知れば、怖がるのも仕方がない。


「私の話を聞いていただけますか。もちろん、信じるかどうかは強制しません」


 イングスは神が確かに存在する事を告げた。


 無神派は険しい顔をし、神を信じる者達は当たり前だと大きく頷いている。

 イングスは神への反逆者。牧師をはじめ、このままにしていていいのかと言い出す者もいた。

 

「神は、人間を導きます。願いを聞きます。時には叶えます」


「それは当たり前の事だと思うが。我々は神の教えに従い、導かれて生きているのだから」


「あら、無神派だってあなた達に負けないくらい幸せで、清く正しく生きているけれど?」


「信じない奴らに救いはない! お前らの行き着く先は地獄だ」


「……人の話は最後まで聞けと師匠は教えてくれました。私が人ではないから話を聞いてくれないのですか」


 言い争いが始まりそうな場面を、イングスのどこか悲しげな声が制止した。


「あんたらよ、イングスは人のために生きようと決めてくれたんだ。失望させんでくれるか」


「失望って、神は……」


「黙って聞けと言われとるのが分からんか。牧師は他人の話を聞いてやるのが役目じゃないのかい」


 ルダのトドメの一言で、牧師もそれ以上の言葉を呑み込んだ。

 ルダが信仰を止めた理由は誰もが知っている。ルダの言葉には牧師と同じくらい重みがある。


 その後に続いたイングスの言葉は、信者達に一石を投じるものだった。


「神は人間を導くのであって、特定の誰かの願いを聞き入れたりはしません」


「どういう事だ」


「種族を思い通りに操る事が神の意思です。神はあなたが何を願っているかなど気にした事はありません」


「じゃあ、毎日の祈りは? 父の病気は?」


 病気が治りますように、豊作でありますように、そんな個人の願いなど、神は聞こうと思っていない。

 神は神の都合で、豊作である必要があれば豊作に、病気が蔓延し過ぎたら沈静化に、そう動くだけだ。


 イングスが知る限り、清く正しく敬虔な者だからと特別に救った事もない。神にとって操るのに都合がいいから、救いを信じさせているだけだった。


 困難を試練だと捉える前向きさは良い事だ。ただ、神は特定の個人などそもそも気にしていない。牧師は何か言いたそうだったが、今まで報われたことのない信者達の心にはよく響いた。


「信じていない人は、どうなるの? 少なくとも私は信仰に疑問を持ってしまったわ」


 住民達の恐怖はそれだけではない。

 イングスは神を敵に回した。そしてクラクスヴィークの住民は、真実を知ってしまった。


 神が思い通りの世の中を維持するにあたって、神への不信は都合が悪い。イングスを消そうとしたように、このクラクスヴィークの住民を始末しないとは言い切れない。


「神が私達に制裁を……」


「か、神がそんな事をするはずありません!」


「牧師さんよ、あんたはイングスが嘘を付いていると言いたいんだな?」


「それは……」


「イングスを狙った仕業だったとはいえ、神は当然のことをしたと言いたいのか?」


「イングスはどうなる。みんなが怪我をしないように立ち回ってくれたのも事実だろう!」


 牧師が口をつぐむ。説明のつかない傀儡人形に、人ではありえない身体能力のイングス。イングスは怪しいながら、確かに好青年で皆のためによく働いた。


 しかも20年前の出来事で2人が亡くなった時、神父は神の加護で残りの皆が守られたと言ってしまった。今の状況との矛盾を誰よりも感じていたのは、牧師自身だった。


「……我々が神だと思っていたものと、本当の神は違ったのかもしれない」


「はるか東の島国では、ありとあらゆるものに神が存在すると考えているそうだ。あんたらはそれをも否定したがな」


「……」


「神なんてもんは、少なくとも人間のための神なんてもんは、自分を正当化するのに都合がいい偶像だ。神のためと言えば許されるとでも思っているからな」


 ルダはそう言うと、イングスへと振り返った。

 暗い通りに伸びる幾つもの温かい光の帯に、時折黒い人影が現れては元に戻る。

 その光がルダの顔を掠めている。そのまなざしは力強い。


「お前はどうしたい、イングス」


「神からの更なる襲撃に備えなければなりません。10体、20体、それも戦闘に特化した傀儡を送り込まれたなら、私1人では不安があります」


「ふむ。まあ、見た目では判断できないからな、厄介ではある。だが、お前はなぜ神の真実を明かしたのか、それをこの町に広めるだけで良いのかい」


「結局、今のままじゃ誰かの願いが叶うわけでもなく、神の意図した世界になるだけなんでしょう? この出来事は島の外では誰も知らないんだもの」


 イングスとルダは、一度は話し合いの末、イングスが島を出て世界の真実を広め回るべきだと結論付けていた。


 しかし、イングスは今、クラクスヴィークに住む者達が傀儡の犠牲になる事を心配し、残ろうと考えている。


「神はより信仰の強い者を集めるため、信者同士をも戦わせ選別しているかもしれん、お前さんはそう言ったな」


「はい」


「20年前、この町には信者ではない者などいなかった。神はそこにわざわざ殺人人形を忍び込ませた。神は信じていない者を排除するのではなく……」


「それでも信じる敬虔な者を増やそうとしている?」


「イングスくん、あなたはルダ爺が信者ではない事を知っていたの?」


「いいえ、知りませんでした」


 ルダに近づいた理由があるのかと問われ、イングスは微動だにせず否定した。神は信じない者を殺せとは命令していない。


「あの人形はイングスを狙っていた。もし次に現れたとしても、イングスがいないからと代わりに町の者を殺して回るとは決まっていない」


「……イングス」


「はい。私はこの島を出た方がよさそうですね」


「20年前も儂らは傀儡を倒せたんだ、心配するな。お前は儂と同じ悲しみを背負う者を増やさんよう、各地で神の正体を明かして回るんだ」


「はい」


「牧師さんよ、それにまだ信者を続ける人達。神を信じるなとは言わん、むしろ今まで通りでいい。ただ、儂の息子を2度も神に殺させるような真似はしてくれるな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る