第4話 神の所業

 


 たった1か月で、イングスはよく考えるようになった。さすがは神に作られた逸品だ。


 考え過ぎて時々変な質問をする事もあったが、ルダは人間らしさが「戻ってきた」と言って褒めてくれた。


「どれ、お前さんは頭が良い、すぐ覚えられるだろう。浮きと浮き止めをこの辺りに、おもりはその下だ。金具にも針にも、糸をこうして巻き付ける。3回巻きつけ、輪っかをキュッと絞る」


「はい」


 イングスは教えられた通りに仕掛けを用意し、ルダと同じように竿を振った。最初はすぐ手前に落ちてしまったが、次は仕掛けが遠投かと思うほど遥か先で着水した。


「こりゃあまた、あんな軽い錘でよく飛ばすもんだ」


「上手くいったようです」


「遠けりゃいいってもんじゃない、加減を覚えないとな。あれじゃあ魚が喰いついて浮きが沈んでも、ここから見えんじゃろが」


「そうですね、どこにあるのか分かりません。無責任感が強い事を謝罪いたします」


「無責……なんだって? コホン、浮きが沈んで少ししたら、竿を立てて針を魚の口に食い込ませる。糸が長過ぎては効果がない」


「分かりました」


「そういう目的も考えられるようにならないとの。まったく、今度の弟子は手がかかるわい」


 ルダは楽しそうに笑い、初心者には負けられないと浮きを見つめる。


 疑問に思ったなら考えろ、考えて分からなければ行動する前に確認しろ。

 そう教えられて育ったイングスは、きちんと考えた後でルダに質問を投げかけた。


「今度の弟子という事は、私の前にも弟子がいらっしゃったのですか」


「ああ、いたよ。あいつも手がかかる奴だった」


「どのような方なのか、お伺いしても良いですか」


「ほう? 過去に興味を示すとは珍しい。いいだろう、あまり……良い話では終わらんがな」


 ルダは桟橋に腰を下ろし、浮きを見つめながら昔話を始めた。


 イングスは色々なものに興味を持ち始め、よく考えるようになった。ただ、身の上話に興味を持ったのは初めてだ。

 ルダはこれもイングスの「リハビリ」になると考えた。


「20年ほど前、まだ儂も50歳だったかの。息子とその友人が弟子として働いておった。物覚えは悪く、手先は不器用。だけどな、なんとも愛着の湧く人形を作っておったよ」


「見てみたいです」


「基本的には依頼を受け製作するのでな。あったとしても、20年も経てばさすがに」


「依頼人がいなくても、作る事は出来ると思います」


「人形技師は遺族のために故人の面影がある人形を作り、形見を身に着けさせる。その手でまだ何者でもない人形など作ってはならんのだ」


「……理解しました。人形を作るためとはいえ、誰かの息をお引き取り願うわけにはいきません」


「息をお引き取り……? 死を願えないと言いたいのか。いったい、誰に言葉を教わっとるんだ」


 ルダが手掛けるのは、故人を模した人形だ。


 さすがのイングスも、ルダや弟子が作った人形にどのような思いが込められていたのかを理解している。


 死者を模した人形を作る者が、何の気なしに人形を作ったとしたら。それに似た人物が死者になるのではないか。


 犬のぬいぐるみを作ったなら、誰かの飼い犬が。羊を模したなら疫病で羊が死んでしまわないか。


 人形技師達はそう考え、一人前になってからの練習も、裁縫や色彩などの勉強に専念するのみ。依頼がなければぬいぐるみの1つさえ作らない決まりになっていた。


「この地方では、人に似せたものだけを人形と呼ぶ。特に故人に似せたものをクラクスと呼ぶんだ。中身を失った、見せかけだけの傀儡とな」


 中身のない、人間に似せた傀儡。それはイングスを指す言葉でもある。

 イングスは偶然ではなく、神が意図的に自分をこの地に下したのだと悟った。


「クラクス……クラクスヴィークという名に関係がありますか」


 ルダの昔話には意味がある。自分に聞かせ、何かを考えさせようとしている。そしてそれはあまり良い意味ではないのではないか。


 そんなイングスの予感は、ルダの口調や表情から察するものでもあった。


「死体の入り江という意味だ。そしてこの町の名でもある。この入り江には数百年前、死体が大量に流れ着いたと言われているんだ」


「どこから流れてきたのですか」


「詳しくは伝わっておらん。元々クラクスは崖と言う意味で、ヴィークは入り江を指す。ここは崖の入り江という意味の町だった。それを死体の入り江と呼び始め、死者をクラクスと呼ぶようになった」


「そこから、死者人形をクラクスと呼ぶようになったのですね」


「ああ、そうだ」


 当時、まだ世界には写真という技術がなかった。かといって水死体など、とても絵に描けるものではない。

 どこの誰かも分からない者を埋葬しては、いつか遺族が訪れても遺骨を渡せない。


 そこで分かる限りの特徴をとらえ、遺品を身に纏った人形を作り、遺族が来た時のためにと残した。


 そこから人が亡くなれば人形を作り、形見を身に着けさせるという風習が出来た。


 クラクスは故人が確かに生きていたという証だ。


「……誰も死ななければ、それは良いことです。ただ、それでは師匠の仕事がなくなりますね」


「そうだな、前もって作ったりはしないからの。それに人は必ず死ぬ。さて、そもそもこの話は弟子の話だったな」


「はい」


「2人共死んだよ。2人共、殺された」


 イングスはしてはいけない質問だったのではと思い、掛ける言葉を飲み込んだ。

 この状況で使うべき言葉を思いつくほどの語彙力はない。


「犯人はどうしたのですか」


「……相手が人なら、犯人とも呼べるんだがな」


「動物でしたか」


「この群島には人を襲うような獰猛な生き物はおらんよ。相手は……人ならざる人だった」


 イングスはルダの言葉の意味が分からず、首を傾げている。ルダは浮きではなく、イングスの顔を見つめていた。


「……そいつは弟子が作りかけの人形を見せたら興味を示し、次の瞬間には弟子の首をへし折って……」


「師匠、手が震えています」


「止めようとした息子は腕をもがれ、肩から突き出た骨を、骨を……引き抜かれ」


「師匠、もう良いです、弟子の話、理解しました。具合が悪そうです」


 ルダは土気色の顔のまま立ち上がり、魚の掛かっていない糸を巻き始めた。イングスはルダが悲しんでいると理解し、自分が後片付けをすると言って戻らせようとする。


「……息子の絶叫と儂の怒声で、すぐに警官が駆け付けた。警官は、止まらぬアイツに発砲した。6発当たり、両膝を打ち抜かれ、前のめりに倒れ、顔面を打ち付けても……アイツは痛いとも言わなかった」


「……」


「何が起こっているのか、理解もしていないようだった。弟子の頭を手に持ったまま、不思議そうに見つめていたんだ」

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