【傀儡の神狩り】神に造られ神に失望し、悪魔と呼ばれた傀儡の物語

桜良 壽ノ丞

序章 戦場の結末


 



【傀儡の神狩り】




「いよいよ、ね」


「どれだけ心のない傀儡を操ろうと、人の世界は変えられない。たとえ神が勝とうとも、俺達のような者は必ず現れる」


「ああ~えっと、イングス。あなたの事じゃないの。あなたはもう心を手に入れた」


「承知しています。しかしこの世界における神がどのようなものか、とうとう聞き入れて頂けませんでした」


「奴らにとって神以外を信じる者、神を信じない者を迫害して回るのが正義だからな。俺達は悪魔で構わないさ」



 この世界には2つの勢力がある。

 神を信じる者か、信じない者か、だ。


 神を信じる「神教団」は自らを正義と名乗り、神の教えを否定する抵抗勢力を悪魔と呼ぶ。


「彼らにとっては神こそが正義。私達にとっての正義は神を倒す事。正義は立場によって変わります」


「……どちらが正しいのかじゃなくて、どちらに従う結果になるか、それだけ」


 蝋燭とランプで照らされた粗末な小屋の中で、7人の男女が机を囲む。

 その表情は1人の青年を除き、皆とても暗い。


「そろそろ夜明けだ、皆を起こしてくる」


 金髪の屈強そうな男が小屋を出ていく。しばらくして武器や装備を用意する金属音が鳴り始めた。


「神の矛盾になぜ気付かないのか。神が本当に人々を幸せに導くのなら、俺達のような輩は存在しない。神教軍の死者も出るはずがない。なぜそれが分からない……」


 1人の男が呟いたその直後、地面が揺れるほどの衝撃が走った。


「もう来やがった!」


「撃ち返し用意! 無事なのは何機!?」


「あと8機です!」


「神教団の軍隊にはその100倍あるでしょうね……隊長!」


「戦う気がある奴は残れ! 俺が操作する、敵にこちらの疲弊を悟られるな!」



 聖戦と呼ばれた7日間。人は神のため、あるいは人のために戦った。

 毎日炎の雨が降り注ぎ、矢は風と共に突き抜けていく。


 名も知らぬ相手を憎み、名も知らぬ相手の銃弾を受けては息絶えていく。

 どちらも自らの正義の為に戦い、どちらが正しいかは勝敗が決める。


「チクショウ……チクショウ!」


「神の野郎、人を操って捨て駒にするだけじゃ飽き足らねえのかよ」


「傀儡の群れも来るぞ! 怪物は焼き払え! 人形兵士など恐れるな、火を放て!」


 泥炭地帯を戦車が何十台と駆け抜け、戦火はそのまま弔いの焔となり周囲を漂う。

 春には沼になり侵攻が難しくなる大地も、夏の抵抗軍にとって味方ではない。


 相応しい言葉を選ぶならまさに阿鼻叫喚。地獄があるならまさにこの光景だろう。


 神教軍による今日の攻撃は増していく。数時間の抵抗も虚しく、次第に抵抗軍の攻撃は途切れ途切れになる。


「セリスがやられた!」


「イングス……お前が看取ってやってくれ。あいつはお前の事が」


「……はい」


「もはやこれまで、か」


 幹部も次々と倒れていき、残りは僅か。もはや抵抗軍と言える程の戦力は残っていない。


「私が残ります。皆、逃げて下さい。生きていれば機会は来るものです」


「イングス! あんただけは失えない、あんたも今すぐ逃げるんだ!」


「早過ぎたんだ。精一杯だった、十分だと思った。それでもこの程度の準備じゃ駄目だった……」


「早過ぎた? 違うな。神教団の資金力は底なしだ、短期決戦にならなかった時点で負けは決まっていたのかもしれない」


 1人1人の基礎体力も、武器のスキルも高い。抵抗軍「ヴィザレイジ」の戦士は最強とまで呼ばれた。

 しかし、神教団の数と金の暴力の前にはなす術がなかった。


 神は信者達を洗脳によって鼓舞し、戦争開始から自由に動かせる傀儡人形と怪物を地上の神教軍に与え続けている。

 抵抗軍が負けるのは明らかだった。


「ここで攻撃が止まれば、撤退を悟られます。煙と炎で視界が遮られている今のうちに」


「神の真実を知るあんたを失えば、誰が真実を語んだ! あんたが死ぬ事は、この世界を神に差し出すのと同じだぞ!」


「私は死にません。傀儡人形は生きてなどいないのだから」


「イングス……」


「生きていれば機会はあるものです。皆、お元気で」


「早まるな! 俺が……」


 イングスは地下通路の扉を開け、見た目にそぐわぬ怪力で有無を言わせず全員を放り込んでいく。


 戦車や砲台から味方を引きずり出し、まだ生きている者全員を放り込んだ後、イングスは小屋の外で天を仰ぐ。


 砲撃の音だけが響く中、イングスは確かに微笑んでいた。


「神、あなたの負けです。あなたはこの世から神を憎み否定する者を消せなかったのです。私は悪魔として、いつまでもあなたの首を狙い続けますよ」


 砲台を操作して神教軍を攻撃し続け、押し寄せてきた怪物を大剣で滅多切りにしていく。

 傀儡の腕をへし折り、頭をもぎ取り、どす黒い液体にまみれたその姿はまさに悪魔だった。


 銃弾を弾き、大砲の球を真っ二つに斬る。矢を受けた傍から引き抜き、その傷は瞬く間に癒えていく。

 兵士の代わりに投入された怪物や傀儡は、いつの間にかすべて破壊されていた。


「撃ち方止めええ! ……静かだ、観念して逃げたか、それとも全員殺したか」


「だが傀儡達が戻ってこない。怪物は何をしている」


「死体でも喰い漁っているんじゃねえのか? 昨日の夕方には殆ど反撃もなかったんだ、全員死んださ」


「神の力を思い知ったならそれでいい。偉大なる我らの神が導いて下さ……った」


 ゆらめく戦場の炎と煙の中から人影が現れた。


「ひ、ひいい!」


「生き残りだ!」


 最前線の兵士が腰を抜かす。


「撃っ……うぷっ」


「うおぇぇぇっ、ゲホッ」


「私は……こんな姿を味方に晒すわけにはいかなかった。私は人のために生きたいと思っていたから」


 全身泥と血にまみれ、赤い瞳だけがやけに輝いている。

 修復の間に合わない腕が赤く爛れ、白い骨はむき出しだ。

 筋肉の組織が再生していくグロテスクな姿に、幾人かの兵士はたまらず嘔吐した。


「なっ、く、傀儡?」


 片手で3体の怪物を引きずり、もう一方には引き千切られた傀儡の頭部を4つぶら下げた男。

 現れたのはイングスだった。


「あ、悪魔……」


 イングスは腰を抜かした兵士目掛け、怪物の死骸と傀儡の頭部を投げつける。

 悲鳴が上がる中、イングスは確かに微笑んでいた。


「人になりたかった。人でありたかったが……私は甘んじて悪魔となろう。それが私の正義だから」


 イングスが大剣を構えた瞬間、最前列の兵士達に一切の表情がなくなった。

 神によって自我をも奪われ傀儡と化した兵士が、不気味な体勢で襲い掛かっていく。


 イングスは剣の腹で叩きつけ、兵士の意識を奪い続ける。


「人はなぜ、こんなにも哀れな生き方を望むのだろう。体が傀儡である私には分からない」


 僅かに信仰心の薄い者だけが神による洗脳を逃れへたり込み、その様子を呆然と眺めていた。



 数日後、神教軍は「神の勝利で争いを終えた」と発表した。


 抵抗軍は全滅、意気揚々と凱旋を見せつけるパレードに、民衆は沸き立っていた。

 戦争では勝った者が正義。神が正しかったのだと、信者は一層敬虔な祈りを捧げた。


 そんな熱狂の裏では、大勢の兵士がベッドに拘束されていた事を多くの者は知らない。

 皆が皆、「悪魔が、悪魔が来る」とパニックを起こしては泣き叫ぶ。


 幾ら神が正しくとも、少なくない犠牲者と、生きて戻った者達の現実は決して幸せと表現出来るものではない。


「神様、どうしてうちの人はこんな目に遭ったのです。神様のために戦ったというのに、これではあんまりです」


 神への不信は、日の当たらない底の方から少しずつ伝染していった。


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