第1話 傀儡と商人の話を



 * * * * * * * * *




「驚いた、傀儡技師じゃなく、あんた自身が人形って事かい」


「はい」


 イングスは回し過ぎた首を元に戻しながら頷いた。


「流石は神の造形、よくできている。いや、その容姿でもしやと思ったんだが」


 大陸北西部を目指す船旅の間、船倉ではなく上等な客室を用意してもらったイングスは、商人の厚意で夕食を共にしていた。


 イングスは神が作った傀儡人形だが、神を崇めてもいなければ、指示に従ってもいない。

 もっと言えば、反抗したせいで処分すると言われ、今は逃亡の身だ。


「処分される事を嫌がって神界を抜け出した後、人の世界を旅しています」


 商人はイングスが神から失敗作と判断され処分対象となっていると聞き、まあ反抗してしまえばそうだろうなと笑った。


「しかしどこが失敗作なんだか。強い、見た目もいい、そして優しい」


「……商人さん、あなたはどれ程信仰心をお持ちで」


「元とはいえ神の使いだったあんたの前で不躾だが、地元に帰った時、もし忘れていなければ教会に行く程度だな」


「神の加護について、信じていますか」


「さあな。無くはないんだろうが、俺が信用するのは取引先と家族と金だ」


 商人の話を聞き、イングスはふうっと息を吐いて旅の目的を話し始めた。


 人の世界に紛れて生きるようになって数年後、イングスは神に警戒を抱く人々による抵抗組織「ヴィザレイジ」の一員として戦い始めた。


 当初は神の存在そのものを否定する者もいたが、イングスが現れた事で神の存在を否定していた者達は大混乱。


 ヴィザレイジもイングスを神の使いとして敵視していたが、イングスの話は受け入れた。


『あんたの出現で無神論が崩壊し、神の信者が無神論者を愚か者だと追い回して虐げている。どうしてくれるんだ』


『神は存在します。けれど、神が人を救う者という考え方は捨てた方が宜しいかと』


『どういうことだ』


『重要とするものは個ではない、人という種族そのものであるという事です』


『はい?』


『どこのどいつが飢えに苦しもうとも、寒さに震えようとも、種族の存続に影響がなければ問題はない。……私が神に逆らった時、そのように言われました』


 イングスが敵ではない事が分かり、ヴィザレイジのメンバーは次第にイングスを受け入れていった。


 暴徒との戦いでは先頭に立ち、モンスターを恐れない。そうやって2年を過ごしたイングスだったが、ある時神からの報復を受け、ヴィザレイジは壊滅。


「抵抗軍ヴィザレイジは悪魔の手先」


 そう呼ばれてもイングスは諦めなかった。


 聖戦に敗れても神から人々を救うべく各地を回り、ヴィザレイジの再結成を目指している。


「へえ、あのヴィザレイジねえ。話には聞いていたよ、まあ反逆者だとか悪魔だとか散々な言われようだったが……モンスター退治は有難かった」


「神は、人が思い通りにならない事で、全てを一掃しようとしているのかもしれません。私は阻止したいのです」


「神に抗う、か。そういやあイングス・クラクスヴィークって名前は自分で決めたのかい? クラクスヴィークは北の小さな諸島の町だったよな」


「はい」


「あんたの師匠は信者じゃねえんだろう? 最初は神の使いだったなら、どうして受け入れてくれたんだ。あんたを最初に受け入れてくれた町の事を教えてくれよ」


「昔話、ですか」


「まあ、そういうこった。いいじゃねえか、そういうのも人間臭いだろ」


「分かりました。私が初めて人里に下りたのは、もう3年も前になります。ただ……」


「何か、まずい話でも?」


 イングスは出来るだけ柔らかい表情を作り、商人に微笑む。


「あなたは臭くありません。もしやあなたも人間ではなく傀儡でしょうか」


「あ、いやあ、人間臭いってそういう事じゃ、ねえんだが……」

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