第15話 何でも屋ケヴィン



 ケヴィンは2日後の午前を指定する。イングスはその指定の意図が分からず、険しい顔をした。


「明るい時間は目立ちます。夜が良いかと」


「それじゃこの町で都合よく非信者だけ集めるのは諦めな」


「何故ですか」


 ケヴィンは大きくため息をつく。イングスが他所から来た事を思い出し、説明してやる事にした。


「日曜日の午前中、信者はみんな礼拝に行くんだよ。誰もあいつが来てなかったなんて話されたくないからな、仕方なくても教会にいる時間だ」


「行かない人はいないのですか」


「行かないのは非信者か動けない奴さ。港に人がいるのも、船の入港が遅れてる時くらいだ。逆に言うと、そんな時に来てくれるのは自他共に認める非神教徒って事」


 ケヴィンの回答はイングスも満足するものだった。神教徒が紛れる心配も、集会を開いた事実を知られる心配もない。残る懸念点はただ1つ。


「では料金は幾らになりますか」


「んー、まあ、声かけて回るだけだし。ただ時間は掛かるんだよな……100ユクでどうだ」


「分かりました、支払います」


 イングスは払える額だった事に安堵しつつ100ユクを渡し、ケヴィンが数え終わる。その後、ケヴィンが一瞬だけ子供達の勉強部屋へ目を向けたのを、イングスは見逃さなかった。


「子供達に何かありましたか」


「いや……まあ、あんたに見栄張っても仕方ねえか。臨時収入だから、あいつらに肉を買ってやれると思ったんだよ」


 ケヴィンの普段の稼ぎは決して良いとは言えないようだ。とはいえイングスも職なしの旅人であり、金銭面で助けてやれる身分にはない。本当は100ユクを支払うのも痛手だった。


 イングスは頭を下げ、日曜日の朝に来ますと告げて部屋を後にする。ケヴィンが扉の歪みを気にしながら部屋の外まで見送ってくれ、またなと声を掛けて間もなくだった。


「お、おいおい……!」


 部屋のすぐ前の階段の踊り場には、ケヴィンが気絶させた男がまだ横たわっていたはずだった。しかしケヴィンが見たものは、100kg超の巨漢を軽々と背負い、階段を下りていくイングスの姿だった。


「あ、あんた、そんな力持ちなのか!」


「……あっ」


 イングスは珍しくしまったと呟き、顔をしかめた。

 一般的な人がどれ程のものを重いと感じるか、そんな時にどんな仕草をするのかは学習しているつもりだった。

 だが、ケヴィンが上から見ている事に気付かず、油断してしまったのだ。


「俺も力は自慢に思ってるんだけど、そいつを軽々持ち上げて階段下りるなんて無理だ。つかそんな奴いねえよ」


「……私は重量物の運搬が得意なのです」


「そりゃ見たら分かるよ。な、なあ、あんた明日は暇か? どこに泊まるんだ?」


 途端に目を輝かせるケヴィンを見上げながら、イングスは「とりあえずこの者を排除します」と伝え、数分も経たずに部屋へと引き返した。





 * * * * * * * * *





「おいケヴィン! ほんっと良い奴を連れて来てくれたな!」


「300kgだぜ、クロマグロを手釣り用の木枠ですんなり釣り上げちまった」


「他にも巻き網の連中が水揚げする大きさの獲物がゴロゴロと」


「ほら、トロ箱一杯もってけ! チビ達に食わせてやれよ」


 翌日、イングスはケヴィンと共に漁船に乗っていた。イングスの怪力を見込んでのものだ。ケヴィンも重宝されているのだが、イングスの活躍は桁違いだった。


 普段なら大物を1匹釣り上げるかどうか、もしくはニシンなどをトロ箱で数箱がせいぜいだ。疲れなど全く見せず、淡々と釣り上げていくイングスのおかげで、今日はその倍の釣果があった。


「あんた漁師にならねえか、日当は弾むぜ」


「この人は旅してんだよ、1回手伝って貰えただけで幸運と思えよ」


「残念だ。ま、神頼みはするもんだな! 助かったぜ」


「……はい、さようなら」


 日当だけでなく、木製のトロ箱に一杯の魚まで貰い、2人は港を後にする。ケヴィンはスラムに戻らず、荷車を借りて市場の方へと歩き始めた。


「スラムで料理をしないのですか」


「今から全部捌いて内臓出しても間に合わねえさ。冷蔵庫や製氷機なんてねえんだから。市場で氷を買ったら最低限持って帰る。残りは自由市で売って金に」


イングスとケヴィンが市場まで歩く中、時折主婦がケヴィンに声を掛けてくる。


「獲れたてよね? 後で買いに行くから!」


「おーう、いつもありがと!」


ケヴィンは孤児だと蔑まれながら、一方では売り子として人気もあるようだ。


だがそんな会話の最中、身なりの綺麗な男が通り際にわざとらしく鼻をつまんで侮蔑の目を向けてくる。


「あれ、お屋敷の息子よ。嫌なら庶民の通りなんか歩かなければいいのに」


「身なりを自慢する相手に飢えてんだよ。着飾らなくても綺麗な姉ちゃんには勝てねえから、俺みたいなのを嘲笑って満足してんのさ」


「まあ綺麗だなんて、もう! 旦那に聞かせたいわ。じゃあ後でね、ニシンを1匹用意していてちょうだい」


「おーう! 安くしとく!」


 ケヴィンは笑顔で荷車を引き始める。 

 イングスは生き生きとしたケヴィンや主婦と、仏頂面の金持ちのギャップに首を傾げていた。





 * * * * * * * * *





「ここでいい。ちと位置が悪いけど、まあ昼からじゃ仕方ねえ」


 途中で氷を買い、自由市で場所代を支払うと、イングスとケヴィンは露天販売を始めた。漁船名と判子を押された紙をブースに貼り、魚が「正規品」である事を証明する。


「あら、今日の水揚げ分?」


「1時間前まで泳いでいた新鮮な魚だよ、ニシンは生食でもいける」


「まあ! じゃあニシンを1匹いただける?」


「お買い上げあっざーす」


 正規市より2ユクも下げたなら飛ぶように売れていく。食材を選ぶ主婦の財布のひもは、どこの土地でもガチガチに固い。1ユク、2ユクの差が大きいのだ。


 神が自身の好みに合わせて作り上げたイングスは、その容姿が目立つ。ケヴィンも見てくれには申し分ない。客引きなどせずとも人が集まってくれる。


 ケヴィンがスラムの住人だと知る者も多い。ただ家族の胃袋を握る女達は、食材を売る時のケヴィンを信用していた。


 漁師や農家からの評判は良く、出処もはっきりしている。その日に獲れたものだけを売っている。そして正規市よりも少しだけ安い。買い逃す理由はなかった。


「お兄さん、もうニシンは残っていないの?」


「サバとサーモンしか残っていませんが、どちらも殺害後間もなく息をお引き取りたてです」


「おい、ちょっと言い方! し、新鮮って事だよ! 塩焼きで手早く1品にどうっすか、お姉さん。内臓は取ってあるから」


 ケヴィンがイングスの売り文句の物騒さを掻き消すような笑顔を見せる。イングスは商売に向いていないようだ。


「下処理はいらないのね。嬉しいわ、それぞれ1匹ずつちょうだいよ」


 魚は飛ぶように売れていき、腰を下ろしてから僅か1時間で店じまいとなった。


「魚は殺害後間もない方が良いのですね。死んだばかりだと言えば、皆が買いたがります」


「新鮮って言え、頼むから」


真顔で1人納得しそうなイングスに、意味が同じでも伝え方を考えろと諭しつつ、ケヴィンはよいしょと立ち上がる。


「よし、片付けて帰ろう。氷もあるし、残った分でチビ達がつまむくらいにはなる。本当に金はいいのか?」


「宿泊代金です。今日も泊めていただくのですし」


「そっか、ほんと助かる。本音を言うと、チビ達全員を食わせるのはキツイんだわ」


 ケヴィンは嬉しそうにはにかみ、自分の靴のつま先を見つめる。自ら補修したであろう革靴は、もう何重にも糸が巻かれていた。

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