20.敗北のとき

 ――やっぱり、今までのやつと全然違う!

 樹季はどう戦うべきか、そもそも戦うことができるのか考えた。変身できるようになってからは感じた覚えのない無力感が、再び胸に湧き上がる。

 さらに今は、雅古も敵に捕らわれ隣にいない。雅古を救い出したいと思うけれども、どうすればいいのかわからなかった。


 その時空間が歪んで、佐久夜が姿を現した。急に連絡が取れなくなった樹季と雅古を探して、瞬間移動を繰り返してきたらしい。

「樹季、やっと見つけた。何が……」

 佐久夜は樹季の姿を見つけると、状況を聞こうとした。だが、初瀬がいることに気づいて、言葉を止めた。


 初瀬は佐久夜を見ると、面白そうにくすくすと笑った。

「あれ、『お兄ちゃん』じゃない」

「お前は……まさか……」

 佐久夜は初瀬の正体に気づくと、血相を変えた。どうやら佐久夜は、初瀬のことをもともと知っているらしい。


「そのまさか。あなたの妹の体は失ったけど、私は生きているよ。今はこの体を使っているの。せっかく妹さんを犠牲にしたのに、殺し損だね」

 初瀬は笑みを崩さず、佐久夜を挑発した。

 ――妹? 殺し損?

 初めて聞く佐久夜の過去に驚く樹季。だが、今は詳しい事情を聞いている暇はなかった。


 めずらしく、佐久夜は感情的になっていた。細い肩をわなわなと震わせて、鋭く叫ぶ。

「お前、亡霊の分際でっ?」

「亡霊の分際、ねぇ。でも、あなただって死んでるじゃない」

 そう言って、初瀬は優位に立ったまま佐久夜をじろじろと見つめた。

「違う、まだ生きてる!」

 佐久夜は、即座に否定した。


「あの状態で、生きてるって言えるのかな? こうして生霊としてしか動き回れないくせに」

 そう言うと初瀬は右手を佐久夜にかざし、口元を動かし先ほどとは違う歌を口ずさんだ。

 壊れかけたテレビみたいに佐久夜の姿が掠れはじめる。佐久夜は耳を塞いで、喘ぎ苦しんだ。

「くっ……!」

「佐久夜!」

 樹季は佐久夜に駆け寄ろうとした。だが佐久夜に近づく前に、佐久夜の姿はゆらゆらと揺らいで消えてしまった。


 ――よく出たり消えたりする奴だと思ってたけど、佐久夜が幽霊……?

 茫然として、樹季は佐久夜がいた場所を見つめた。いつも唐突にいなくなる佐久夜だったが、このように第三者に無理矢理消されたのは、初めてのことだった。


 初瀬は手を下ろし、雅古を乗せた黒い大きな怪鳥の背に座った。この期に及んでも、雅古は眠りつづけていた。


 怪鳥が羽ばたき、そこら中に厚く積もった埃が舞い上がる。黒い大きな穴が空間に空き、初瀬はその闇を後ろに樹季に別れを告げた。


「それじゃあね。樹季君。この人……雅古ってお友達にさよなら言わせてあげられなくてごめん。お詫びに、今日は殺さないでおいてあげる。ま、せいぜい頑張って生きなさい。あなたは私たちと違って生きてるんだから」

「待て、初瀬! 雅古を返せ!」


 樹季は手を伸ばし、その怪鳥の黒く長い尾を掴もうとした。しかしその手をすり抜けて、怪鳥は黒い穴の中へと飛んで行った。初瀬と雅古も消え、穴は塞がり何も残らなかった。

 崩れたショッピングセンターの廃墟の中で、樹季は一人立ち尽くした。

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