10.初勝利

 樹季は直刀を手に途方に暮れた。


「あれを殺れだって、樹季。やばいな、喧嘩よりも面白いかもしれん」

 雅古の方は早くもテンションが上がっているようで、身を低くして駆け出した。

 常日頃喧嘩などの暴力的なやりとりを好む雅古にとっては、正体のわからない化物との戦いも、うきうきとするものらしい。


「ちょっと待てよ、雅古!」

 樹季も慌てて雅古の後に続いて駆けた。


 極端に広がった視野は、木々や岩などの障害を素早く避ける道を示しながら、標的を捉える。

 流れるような曲線を描く金属で覆われた体は不思議なくらい速く動いていくので、二人は一瞬で後退していた黒い塊に接近した。


 ずるずると周りを溶かしながらはいずり回るその塊は、樹季と雅古が近づくと体中を覆う節足の爪をたてた。

 巨大な針山のように姿を変えたそれは、さきほどまでとはうって変わった俊敏さでその尾を振り上げ二人を狙った。


「じゃ、まずは俺からだな」

 雅古が地面を蹴って前に跳び出し、両手に持った双刀を十字に重ねて攻撃を受けた。

 真っ黒な尾ははね返されて、どろどろと赤みがかかった透明な体液を流しうねった。金色の刃に切り落とされた何本かの鋭い節足が、ばらばらと地面に落ちる。


 雅古は防御の体制を崩すとそのまま跳び上がり、双刀で塊の胴体を切りつけた。

 その一撃を受けた塊はぶるぶると震えて、咆哮するかのようにより激しく羽音のような音をたてた。そして尾を激しく回転させて、木々を次々と打ち倒す。

 それは明らかに雅古を狙った動きであったが、雅古は器用に左右に避けていく。


「次は樹季だろ」

 縄跳びの順番を促すくらいの軽さで、樹季を呼ぶ雅古。

「次って言ったって……」

 樹季は刀を握ってはいるものの、どうすればいいか考えられずに立っていた。動きを決められないうちに、雅古が攻撃を避けながら敵を樹季の方へと連れてくる。


「よし、今!」

 雅古が無責任に合図した。

「あぁ、もう! どうにでもなれ!」

 樹季は何とか覚悟を決めて、刀を構えて向かってくる黒い塊に対して突きの姿勢を取った。


 次の瞬間轟音と共に重い衝撃が走る。

 樹季は目を閉じて、足に力を入れてこらえた。その広く歪んだ視界はまぶたに遮断されることはなく、周りの状況を樹季に伝える。

 樹季の刀は月光に似た青い光を放って、黒い塊の頭らしき部位から胴体までを真ん中で二つに切り裂いた。断面吹き出す赤い体液は、刀の放つ光に消えていく。


 それは敵にとって大きな痛手であったが、黒い塊の命を絶たれたわけではなかった。

 傷を負った塊は最後の力で二つに裂かれた体で樹季を襲う。樹季は素早く刀を引き抜き、後ろに跳んでこれを避けた。

 直感的に後は二人で攻撃を加えるべきであると理解した樹季は、雅古の名を叫んだ。


「雅古!」

「オッケー、樹季!」


 雅古も同じように感じていたようで、ちょうど黒い塊を挟んで反対側に飛び出した。その金色の刃は、赤い炎のような光をまとっていた。

 樹季は地面に着地すると、刀を横に構えて大きく斬った。深く重い手ごたえである。

 同時に雅古が跳躍し、双刀を勢いよく塊に突き刺す。挟撃の形だ。


 樹季の直刀の青い光と、雅古の曲刀の赤い光が混ざることなく折り重なり、さらに大きな光を放つ。

 正面と背後から同時に攻撃を受けたそれは、断末魔のような耳をつんざく雑音を立ててどろどろと溶けていった。その液は地面に広がりながら蒸発する。


 二人はその様子を見て、戦闘が終わったことを確認した。

 黒い塊が完全に消えると、二人を覆っていた鎧も霧となって変身らしきものも解けた。服もどこからか返ってきて、佐久夜から与えられた腕輪だけが、実体として残った。


「これで初回はクリア、だな」

 田舎ヤンキー風のスカジャンの私服に戻った雅古が、満足そうにうなずいた。

「クリアしたことよりも、これが何の初回かってことが問題だろ」

 佐久夜の姿を探して、樹季は森を見渡した。だが、説明を求めても佐久夜はいない。


「俺たちは力を手に入れて戦うことができるってことがわかってれば、それでいいじゃん?」

 頭の後ろで手を組んで、雅古が笑った。

「いいわけあるか!」

 樹月は鋭く雅古に突っ込みを入れた。だがそれを真面目に受ける雅古ではない。


「よっしゃ。じゃあこっから試しにもう一回変身して裏技とかないか調べよう」

「だからやめろって!」


 樹季は腕輪にカードを通そうとする雅古を慌てて止めた。

 遠くから、祭りの音が聞こえたので、急に樹季は現実を思い出した。数分前の出来事が夢のような気がしたが、打ち倒され焼けただれた森の木々が幻ではないことを示していた。


 ――何なんだよ、一体。

 樹季は雅古をどうやって大人しく家に帰そうか考えながら、心の中でつぶやいた。

 敵が何なのか、何の力で戦うのか、なぜ自分たちなのか。わからないことだらけである。


 しかし疑問が多くあっても、心のどこかでは納得している自分がいた。

 少なくとも樹季は、数年前のように雅古に守られることはなかったのである。

 深く息をついて、樹季は雅古の方を見た。


「人が来ないうちに帰ろう」

「えぇー?」

「えぇーじゃない。ほら!」


 樹季は雅古の腕を引っ張った。雅古に触れると、不安が消えていく気がした。

 最後に残ったのは、たとえ何があっても雅古がいればどうにかなるような、そんな気分だった。

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