9.最初の変身

「では、戦うんだ。君たちは」

 そのとき、後ろから低いささやき声がした。

 振り向くと、件の転校生・橘佐久夜がいた。両手にそれぞれ、二つの光る球体を持ち微笑んでいる。


「お前、何でここに……」

「樹季、そいつ誰?」


 雅古も黒い塊と向き合ったまま、後ろの様子を伺い聞いた。


「僕が何者であるかは、後だ。ほら」

 佐久夜が合図をすると、二つの球体は宙に浮かび、樹季と雅古の方へと飛んでくる。樹季の方には青色、雅古の方には赤色の球体が近づき、暗闇の中で光を放っている。


「光ってる……?」

「おお? 何かすごいな?」


 樹季と雅古は、自らの前に浮かぶ球体にふれた。得体の知れない物であるのに、何となく何かに動かされるようにさわってしまったのである。

 手でふれると球体から輪にに形を変えて、手首にはまってさらに強く輝いた。

 その光の力なのか、黒い塊はじりじりと後退していった。


 樹季はまぶしさに目をつむった。光が弱まり目を開けてみれば、腕には銀色の機械がちょうど腕輪のように巻きついていた。

 そしてさらに、腕輪の近くにはカードのようなものも浮いている。


「カードを腕輪の溝に通すんだ」

 佐久夜の声が指示を出す。


「え、あぁ」

「知らんけど、わかった!」


 樹季はよくわからないが返事をした。雅古の方は、わからないなりに現在の状況を楽しんでいるようである。

 腕輪には樹季のものには青色の、雅古のものには赤色の溝があった。

 浮いているカードを掴み、溝に通す。

 すると上空から、魔法陣のような光が二つ降りてきた。その光は樹季と雅古それぞれの頭上に向かって落ち、二人の体をすり抜けていった。


 光にふれた体が、金属に覆われていく。服はどこかへ消えていた。

 軽くて現実感のない実体を持たない何かに体が置き換わっていくような感覚に、樹季は混乱した。それは夢か何かのように思えた。


 ――これってまさか、変身ってやつ?

 魔法陣は樹季の体をすべて通り抜け、地面に消えた。

 気づけば、樹季は青い鎧のような物を着て、立っていた。流れるような曲線を描くその鎧は、深い海の底を思わせる青色で、角度によって色合いを変える光沢を持っていた。腕輪と同じ銀でできたベルトや肩当などが、その青さを引き立てている。


 頭には、人間の顔のような猛禽類のような、独特の意匠のヘルメットのようなものが被さり、顔まで覆っていた。

 何かを被っているのにも関わらず、樹季の視覚はせまくなってはおらず、むしろ広範囲の物事が細かく見えた。自分自身の姿すらも認識できる独特の知覚に、樹季は軽いめまいを感じた。


「宵闇に月を抱け、群青!」

 樹季の口が勝手にそう叫んだ。その声に反応して腕輪が光り、直刀が現れる。それは真っ直ぐに鍛えられた鋭く大きな刀で、柄には青い布が巻かれ、余った部分はまとめて結ばれてふわふわと浮いていた。


 ――これで戦えってことなのか?

 樹季はその刀を手にして、とりあえず構えた。何が何なのか、理解できなかった。

 周りを状況を確認すると、雅古も樹季と同じように変身していた。樹季と対になるような、赤と金のデザインの鎧だ。赤は深く濃い赤で、全体的に豹のような意匠である。


「駆け巡れ猛き血、蘇芳!」

 雅古が叫ぶと二振りの曲刀が現れ、その両手に握られた。獅子のたてがみのような赤いふさのついた、派手な金色の刀である。

「おぉ、格好良いじゃん」

 雅古はその二本の曲刀を、はしゃいだ様子で振り回した。


「これで君たちはファルヴェルンに変身した。鏑木樹季、八十宮雅古……いや、今は群青と蘇芳、かな」

 後ろに立っていた佐久夜が、ゲームのチュートリアル用のキャラクターみたいに粛々と説明した。


「そしてあれはシュラ……。まぁ、平たく言うならこの世に未練を残した亡霊のなれ果てだ。生きている人間に害を与える」

 ざわざわと耳障りな音をたてながら再びこちらに移動している黒い塊を指さし、佐久夜は言った。


「七年前、シュラに襲われて生き残った君たちには、シュラへの耐性……倒す力があるんだ。今あそこにいるのは、はっきり言って雑魚。きっと君たちなら殺れる」

「はぁ? お前、一体何言ってるんだよ?」


 いきなりの話に、樹季は声を上げた。

 だが佐久夜はその声を無視して、ひらひらと手を振って別れを告げる。


「では、健闘を祈る。頑張れ」

 そう言って、佐久夜は教室で初めて会ったときと同じように、文字通り消えた。

「勝手に消えるな、佐久夜! もう少し説明しろ!」

 樹季は叫んだ。


 しかしもう、佐久夜のいる気配はなかった。

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