第3話
17.ショッピングモールにて
樹季と雅古がファルヴェルン、という存在に変身する人間として選ばれてから、数か月がたった。春が夏になって秋になって、もうそろそろ冬になるという季節の十一月。二人はすっかりシュラと戦うことに慣れていた。
現れるシュラはどれも意思疎通のできない黒い塊で、樹季はしばらく悩まずに済んだ。シュラと戦う他は、ごくまれに本部に呼ばれる日があるだけで、日常はほとんど変化しなかった。さすがにときどき学校を抜け出すはめになったが、テスト期間は菊川が代わりに出たし、学業にはあまり支障はない。
二人の日常は、そうたいして以前とは変わらなかったのである。
◆
「樹季。俺、松茸食べたい」
「雅古の味覚なら松茸風味のインスタントお吸い物で充分だろ」
樹季と雅古は、電車とバスを乗り継ぎ、新しく開店したショッピングモールにやって来ていた。
新規開店と言っても元はバブル崩壊後に倒産した流通チェーンの商業施設の放置物件であり、空きテナントや閉鎖部分が目立っている。
大理石風の床にやたら多い水の無い噴水、無駄な吹き抜け。全体的にけばけばしく装飾過多で、時代遅れな雰囲気が残る。
しかし今日のところはオープニングイベント中であるため、多くの人で賑わっていた。特に食料品売り場のレジはかなり混みあっており、樹季と雅古が並ぶ列もなかなか進まない。
「じゃあこのおまけついてるお菓子買おう。なんかシール付いとるし」
じっと待てない雅古が目についた商品を買い物カゴに入れようとするのを押しとどめ、樹季は新聞の折り込みチラシを広げた。
「そんなことよりも俺は、靴下のつかみ取りの方がいいと思うけど……。食料品売り場のセールに来る前に衣服コーナー行けば良かったかな。でもこの醤油の安売りとか、後にすると絶対売切れてたと思うんだよな……」
ぶつぶつとつぶやきながら、樹季は日ごとにイベントが記されたチラシを眺めた。そこには、玩具からスポーツ用品まで様々な情報が載っていた。
雅古もチラシをのぞきこみ、急に目を輝かせてレストラン街の記事に指をさした。
「ここのバイキング、秋の限定メニューが松茸ごはんだって! な、樹季。ここ行かん?」
「えー、こういう店ってだいたいどこも味一緒じゃん。どうせ食べるなら、もうちょいこの棒餃子の店みたいな……」
あまり乗り気ではない樹季は、他の店を提案した。だが、雅古はまったく話を聞かずに走り出した。
「じゃ、俺この店に先行っとるわ。樹季もレジ終わったら来て!」
ど派手な赤いスカジャンを来た背中が遠ざかる。
「人の話を聞けよ……」
樹季は醤油や油の入った重いカゴを持ったまま、列を離れられずにぼやいた。
やっとレジの順番が回ってきて、会計を済ませレストラン街に辿りついたのは十分後のことである。
樹季は雅古が興味を示していたビュッフェ形式のレストランへと行った。
ガラス張りの開放的な入口の向こうに、細々と並べられた料理が見える。外にずらりと並べられた椅子に座る人々の中に、雅古はいない。
――もしかして、違う店へ行っちゃったとか?
ぐるりと見回せば、周りにはカツ丼屋にオムライス専門店、回転寿司などショッピングセンターにありがちな飲食店が立ち並ぶ。
途方に暮れて歩いていくと、レストラン街の中心に作られた、広場のような場所に出た。二階までの吹き抜けが設けられた開放的な空間に、テイクアウトの商品を買った人向けの椅子や机が用意されている。二階に上がる階段は無駄に荘厳で、上部には人形のからくりのついた大きな時計が組み込まれていた。
直前まで何かイベントをやっていたのか、広場は風船を持った子供とその親で埋め尽くされている。その色とりどりな眺めに目がちかちかして、樹季は目をしばたたかせた。
――もしかしたら雅古もここに……?
幼児向けの風船を嬉々としてもらいかねない十七歳の友人の姿を探す。子供が足下にわらわらといるので、歩きづらかった。
そのとき、目が痛くなるような色彩の中に、黒い染みのようなものが見えた。オープニングイベント中のめでたい雰囲気に包まれたショッピングモールに不釣り合いな何かを感じた樹季は、思わず二度見をした。
それは真っ黒なコートを着た小学校高学年くらいの少女だった。長い黒髪に、幼いものの美しく整った顔。年頃的にはそこにいるのにふさわしいのだが、その表情は冷え冷えとして周りから浮いていた。
「どっかで会ったような……」
樹季はその少女の存在が、どこか引っかかり、ついまじまじと見てしまった。
少女の方も樹季のことに気づいたようで、結構距離があるにも関わらず見つめ返した。その鋭い視線に、樹季は慌てて目をそらした。
その瞬間、樹季にある記憶が蘇る。
――あの娘、シュラ倒した後に鳥に乗って空を飛んでた……?
二回目にシュラを倒したあの日、樹季は黒い怪鳥に乗った少女を目撃した。その少女に彼女は良く似ていた。
樹季は急いで、少女のいた方をもう一度見た。だが、すでに彼女の姿はなかった。
今の出来事にはどんな意味があるのか考えていると、肩を叩かれた。振り返ると、雅古が立っている。
「樹季、名前書いて待っとったよ」
その手には、チュロスが二つ握られていた。
思わず一瞬で黒いコートの少女のことを忘れ、樹季は突っ込んだ。
「何で今からバイキングで食べようって時にチュロス買うかなぁ?」
「いや、だって、暇じゃん。樹季は食べんの?」
雅古は本気で何が問題かわかっていなさそうな様子だ。
「……食べるけどさぁ」
樹季はため息をついて、チュロスを受け取る。少女の存在が気になるものの諦めて、雅古との休日に戻った。
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