18.いつもとは違う敵
その後、樹季と雅古はビュッフェ形式のレストランで昼食をとった。
樹季はもともとどちらかと言うと食が細い方であったが、大喰らいの雅古につられてよく食べてしまった。
バイキングで食べ過ぎた樹季は、翌日腹痛とともに登校するはめになった。
「うぅ、料金以上を目指し過ぎて胃にもたれた……。デザートの後の一周をやめておけばっ……」
ぐったりとして、机の上に突っ伏す樹季。
朝礼前の教室では、皆がのんびりと授業の準備をしたり、話し込んだりしていた。
「鏑木って、最近よく腹壊すよなー。勉強のし過ぎ?」
杉浦が教科書を机の中から引きずり出しながら言った。ほとんど百パーセントの教科書を置き勉しているおかげで、机の中はみっちりと詰まっている。
「うん、まぁ、季節の変わり目、だし……?」
「でも、季節変わる前からずっと下痢気味じゃん?」
ごにょごにょと言葉を濁す樹季に、杉浦は不思議そうな顔をした。
ファルヴェルンとして活動するための仮病として頻繁に腹痛を使っているおかげで、樹季はすっかり下痢気味のキャラが定着してしまった。姿を消しても怪しまれないのはありがたかったが、なけなしのプライドは犠牲になっている。
――今回は本当に、痛いんだけどな……。
きりきりと痛む腹部を左手で押さえ、樹季はグロッキーな気分でため息をついた。重く響く腹痛は、しばらく止みそうにない。
『登校した端から腹痛なら、早退にはちょうどいいな。樹季、シュラだ』
――えぇ、この体調で戦えって?
容赦なく突然響いてくる佐久夜の呼び出しに、思わず樹季は頭の中で声を上げた。
『気にするな、変身すればあんまり関係なくなる』
佐久夜の声に、わずかに笑いが入る。本人比では面白がっているようだった。
――戦闘中、漏れたら責任とれよ……?
樹季は仕方がなく覚悟を決めた。
「ごめん、やっぱ無理かも。ちょっとトイレ」
樹季は半分本音で、立ち上がった。顔色の悪さも演技ではない。
またか、という顔でたいした心配もせずに杉浦はは見送る。
「わかった。樹季は食べ過ぎで腹痛で早退って先生に言っとく」
「食べ過ぎってとこは、伏せといて!」
樹季は腹を抱えて、教室から一番近いトイレに駆けた。個室に入って、内ポケットからファルヴェルンドライバーを取り出し腕に着ける。
そして、カードをスライドさせると、樹季の体が細かい分子に変換されて移動を始める。慣れてきたおかけで、変身と移動を同時にこなせるようになった。
目に見えない存在となった樹季は、シュラのいる現場へと飛んだ。
◆
御比良山の中腹。
秋色に染まった木々が太陽の光の中で輝く中で、樹季と雅古はシュラと戦っていた。
変身した二人は、蒼色と緋色をまとって、おぞましい蜘蛛のような多脚の異形に刃を向けていた。
「暁に還れ!」
雅古が、決めるのに三日間かかったという決め台詞を言いながら、二本の曲刀でシュラの大きく膨らんだ胴体を真っ二つに斬る。
樹季も太刀を握り、その胴体の上側らしきほうを突き刺した。
シュラの多数の脚がひくひくと動き、しだいに静止する。
完全に息の根を止められたシュラは、塵となって消えていく。……はずだったが、倒されたシュラの残滓がいつもと違う動きをしていた。黒い塵がゆっくりと渦を巻いて、地面に不思議な文様を作り出す。
「あれ、おかしいな。倒したのに」
「何で消えないんだ……?」
樹季と雅古は不安げにその黒い塵が揺らめくのを見ていた。
『離れろ! 樹季、雅古! ……が、……近づいて……』
佐久夜の声が危険を告げるが、それは雑音にかき消された。
「え、佐久夜? 何て?」
樹季が聞き返すが、答えはない。
その時、黒い霧の渦が強烈な赤い光を放った。
その光の効果なのか樹季と雅古の変身は強制的に解除され、二人は学生服を着た姿に戻ってしまった。逃げようにも、足は黒い霧に囚われ動かない。
さすがの雅古も危機感を覚えたらしく、樹季に叫んだ。
「樹季、何かやばい!」
「これって罠……?」
答え終わらないうちに、樹季と雅古はその渦の中に吸い込まれた。目の前が暗黒が覆い、体は闇に溶ける。意識を失い、二人は黒い塵に流された。
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