12.呼び出し
廊下は全校朝会のために並んでいる生徒でいっぱいだった。朝会が行われる体育館とは逆の人がいない階段の方を見ると、紺色のブレザーを着た佐久夜が誰にも存在を気づかれていないかのように立っていた。
「昨日はどうもおつかれさま。ま、最初にしちゃ上々だ」
佐久夜は手を後ろに組んで、微笑んでいた。その笑顔が女子のようだったので、樹季は思いの他ときめいてしまった。
「おつかれさまで済む話じゃないし。っていうか、何なんだよさっきのあれは」
樹季は照れを隠すようにまくしたてた。
佐久夜はいたずらっぽく笑って、答えを知っていそうなものなのにわざわざ聞いていた。
「あれって。どれのこと?」
「頭の中に直接何か言ってきただろ、お前」
『あぁ、これのことか』
佐久夜が頭の中の声で答えた。
「だから、やめろって!」
樹季は怒鳴った。勝手に頭の中で話されるというのは、非常に不快だった。
声を荒げられても、佐久夜は動じずに平然として答えた。
「これは僕の能力のひとつで結構役にたつんだけど、君がそんなに嫌なら必要なとき以外は控えておこうか」
そう言うと、佐久夜はすたすたと階段を降りはじめた。
「ちょっと待て、どこ行くんだよ」
「僕たちの秘密基地、みたいなとこだ。八十宮雅古はもう呼んである。君にも早く来てほしい」
「はぁ? 俺、今登校したばっかりなんだけど?」
「下痢で早退ってことにしといてくれ」
納得できない樹季に、佐久夜はしれっとした口ぶりで仮病をすすめた。その恐ろしく綺麗な顔に下痢という単語は不釣り合いだ。
仕方がなく、樹季は佐久夜について行くことにした。
登校時間を過ぎて人がまばらになった昇降口から、樹季と佐久夜は外に出た。
五月も半ばの天気のいい日で、外の陽気は軽く汗ばむくらいだった。だが、佐久夜はブレザーを着込んでいるのにまったく平気そうである。
黙ったまま駐車場のある裏門へと歩いていくと、銀色のセダンが止まっていた。一応きちんとした送迎用だったらしく、近づくとにタクシーみたいに後部座席のドアが開いた。
佐久夜がさっさと車に乗り込むので、樹季もそれにならって着席した。
「よろしくお願いします」
慣れない状況の挨拶をしながら運転席を見ると、座っていたのはお洒落な短髪を金色に染めた軟派風味の青年だった。それなりに趣味のよい灰色のスーツにストライプのシャツを着ているのだが、どう見てもホストか何かにしか見えない。
青年は運転席からのぞきこむようにして言った。
「君が群青の樹季君か。僕は萌黄の菊川阿嵐(きくかわあらん)。よろしく!」
「はぁ……」
樹季はどう返したらいいのかわからず、返事なのか何なのかはっきりしない声を発した。とりあえず、彼が名前まで源氏名のような人であることはわかったが、それ以外のことはさっぱり理解できなかった。
――その群青とか萌黄って言うのは、何なんだよ。
樹季が樹季が疑問符を浮かべていると、佐久夜が言った。
「群青や萌黄っていうのは、君たちのコードネームみたいなものだな。装備の色から付けられている。元は型番の名前だが、一つの地域でそんなに被ることがないからそのまま使ってる。菊川さんは萌黄のファルヴェルンで、普段は他の地域をメインで担当をしてるところを……」
「今日は新しい適応者がどんな子なのか見てくるように中央の人に言われてね。まぁ、見てどうするってわけでもないんだけど」
そう言いながら、菊川がギアを入れて車を発進させた。
――説明されても、そのファルヴェルンとやらのことをまず知らんし。
樹季が心の中でつぶやくと、また佐久夜が答えた。
「ま、そこは後でじっくり説明しようか」
「あのさぁ、人の頭の中読むの、やめてくれん?」
樹季は横に座る佐久夜をにらんだ。テレパシーのようなことをしてくる佐久夜のことだから、きっと心を読むくらいのこともできるのだと思った。
佐久夜は何も言わずに笑った。
銀色のセダンはするすると田園を走り、山奥の新興の工業団地へと進んだ。まだ誘致途中なこともありほとんどが空き地であったが、使われている場所もぽつぽつとある。
菊川はステアリングを切って、その塀で仕切られた区画の一つに入った。門についている黒字の看板には、株式会社タケフツと書いてあった。
菊川が、軽く振り返って言った。
「ようこそ、タケフツ社に。鏑木樹季君」
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