7.祭の夜に
数日後、祭りのある日曜日がやってきた。
雅古には前日に、部活の友達の祭りに行くと伝えておいた。雅古はゲームをしながら生返事をした。聞いているのかいないのかよくわからないが、とりあえず明日は樹季に用事があるということは理解したようである。
夕方、樹季はネルシャツとカーゴパンツという、平均的な男子高校生の私服を来て、祭りのある豊比良神社へと向かった。豊比良神社は御比良山の奥にあり、ぼろぼろに崩れかけた石階段やほとんど獣道に近い場所を通らなくては辿り着かない。神社とはいえ普段は無人であり、こういうときくらいにしか使われないためあまり道の整備が行われていないのである。
薄闇に包まれた山道を、親子や地元の若者、老人がばらばらと歩いていく。人がごった返さないあたりが、豊比良市の人口の少なさを物語っていた。
神社の入り口にある鳥居の近くで、やかましく樹季を呼ぶ声がした。
「鏑木、こっちこっち!」
声の主は杉浦である。Tシャツにハーフパンツといういう、普段着を通りこして部屋着のようなえらくラフな出で立ちである。
「や、」
周りには、陸上部員が集まっていた。樹季はとくに急ぐこともなく、合流した。
「鏑木が最後。ペナルティで何か買うってことで」
「どうせろくな屋台ないだろうけど、まぁいいよ」
一応、毎年祭りには出店が来ているが数が少ない。だいたい、団子かわたあめくらいしか選択肢がなかった。
「私はわたあめと団子両方で」
浴衣を着て髪をまとめた小笠原が、にこにこと笑って言った。彼女の場合、冗談ではなく本気である。
「じゃ、とりあえず行こうか」
杉浦がゆるゆると歩きだし、一同も続いて神社境内に入った。祭りには村の人口の六十パーセントくらいは来ているらしく、境内がせまいこともあり田舎なりになかなかのにぎわいを見せていた。
一同は人ごみをかき分けるようにして進み、団子とわたがしを買った。そしてとりあえず座って食べるために神社の外に出た。
祭りと言っても、神事が細々と行われる他は、最後に行われるもち投げくらいしか、特にやることがないのである。だから境内にいる人も、もち投げの時間まではだらだらとたむろして時間をつぶすだけであった。非常に適当ではあるが、これがこの村の祭りであった。
「ここら辺でいいよね」
小笠原が神社の周りの森の、少し開けた場所にある岩に腰を下ろした。用意よく、準備してきた新聞紙を下に引いている。
「それじゃ、ご自由にどうぞ」
樹季は団子の包み紙を開いた。みたらしではなく生醤油のかかった小さな団子が、五個ずつ串にささっている。
「ごちになりまーす」
後輩が、次々と団子に手を伸ばす。わりと遠慮がない奴らである。
「俺にとってのお祭りって、団子しかないわー」
杉浦が、団子を頬張ったまま言った。
「お祭りとは、ね。ラブコメだと、下駄で鼻緒が切れて皆と離れて気になるあいつと二人っきり、みたいな感じになるけど」
「当て馬と一緒のところを本命が目撃のパターンもあるな」
「不良に絡まれてどうこうっていうのもありますよ」
小笠原がオタク的な会話に舵を切ったので、ラブコメにおけるお祭りエピソードのお約束についてのディスカッションが始まった。漫画よりもゲームが好きな樹季には、あまりピンとこない話である。
樹季が話半分に聞きながら団子を噛みしめていると、急に見慣れた顔が視界いっぱいに広がった。
「うまそうなもん、食べてんじゃん」
雅古である。
樹季は驚いて身を引き、声を上げた。
「え、雅古、来たの?」
「いや、抽選会ともち投げあるの、思い出してさ」
雅古は回覧板で回ってきた抽選券をひらひらさせて答えた。その服装は、真っ赤なスカジャンにだぼだぼのジーンズ。生まれつきの茶髪と相まって、いかにもな田舎ヤンキーである。
異質なものがやってきたことで、陸上部のメンバーはしん、と静まりかえった。
部員のほとんどが、食べる手を止めて樹季の様子を伺った。普段はやかましい杉浦ですらそうである。
小笠原だけが、わたあめを食べながら雅古の方をじっと見る。小笠原は雅古と仲がいいわけではないが、別に嫌いではないらしい。
雅古は特に気にした様子もなく、樹季に話しかける。
「団子、一本もらっていい?」
「いいけど……」
樹季が言葉少なく答えると、雅古は「やった」と団子を二本掴んだ。一本と言っていたのは、気のせいだったようである。
風変わりな嫌われ者の親友と、常識的な人々である友人の間で、どう振る舞おうか迷う。
雅古はここで軽く突き放したとしても、気にしない人間であることは知っていた。樹季と小笠原以外は皆、雅古がこの場を離れることを望んでいる。樹季はそうなるように仕向けるのが自然だと思われている。
――多数決なら、もう結論は出ている。だけど……。
促すような目で自分を見つめる部員と、いつもと一ミリも変わらない様子で団子にかぶりつく雅古を前に、樹季は黙り込んだ。ここで雅古に冷たくするのは、例え本人が気にしなかったとしても、裏切るような気持ちがして嫌だった。
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