4.転校生の問い
翌日、樹季は日直の仕事のために授業後も一人教室に残っていた。共に日直だったはずの女子は、すっかりそのことを忘れているらしく、姿は見えない。
――花瓶が欠けていたので、補修しておきました……っと。まぁ、日誌はこんなところかな。
樹季は書き上げた日誌から目を上げ、シャーペンと消しゴムをペンケースにしまった。
西日が教室に強烈に射しこみ、すべてをオレンジ色に染め上げていた。
「君が鏑木樹季か?」
唐突に、後ろから樹季を呼ぶ声がした。人が近づいた気配はなく、おかしいと思いながら振り返った。
そこには見慣れない紺色のブレザーを着た学生が立っていた。さらさらの黒髪が印象的な、小柄でやせた少年である。ちょっとしたアイドル以上に可愛らしい女顔であるが、その表情は冷ややかだ。夕日に照らされているのに関わらず肌は青白く病的に見えるものの、そのはかなさが逆に美しさを添えていた。
――転校生? いやでもそんな話、聞いたことないな……。
狭い学校である。このように目立つ外見の転校生がやって来れば噂にならないはずがない。また、見知らぬ少年が自分の名前を知っているのか、そのことも気になった。
樹季は、いぶかしみながら少年に尋ねた。
「確かに俺が鏑木樹季だけど、そういうお前は?」
「僕は佐久夜。橘佐久夜(たちばなさくや)。補佐の佐に久しい夜と書いて、佐久夜と読む」
品良く整ったくちびるが、ふわりと開いて歌うように言葉を発する。顔に反して、心地よく響く低い声である。
佐久夜と名乗る少年は、遠慮することなく歩み寄り、樹季を上から下までじろじろと見回した。そして、綺麗ではあるがどこか恐ろしい目で、樹季を捉える。
「そうか。では君があの、豊比良市二児失踪事件の被害者か」
前置きもなにもなく、佐久夜は樹季の触れられたくない過去に直接言及した。
――会っていきなり、何だこいつ。
佐久夜の無神経な言葉に、樹季の心はざらついた。
かつて樹季と佐久夜は二人で行方不明になり、何らかの事件に巻き込まれたことがあった。それは事実である。だが、いきなり他人にそのことを持ち出されるのは、不愉快だった。
はれもの扱いされることを望むわけはないが、ある程度のプライバシーは考えてほしいと、そう思った。
いかにむかついたことを伝えつつ、穏便に済まそうかと思案していると、佐久夜がさらに踏み込んだ。
「僕はあぁいう未解決事件に興味があってね。もし本当に君が被害者なら、できれば詳しい話とはを聞かせてもらえると嬉しいのだけど」
好奇心なのか何なのか、佐久夜の端正な顔に笑みが浮かぶ。
「仮に本当にそうだとして、俺がお前に事件のことを話す筋合いはないだろ」
樹季は突き放すように、佐久夜をにらんで言った。ペンケースを鞄に突っ込み、席を立つ。
立ち上がってみると、佐久夜は樹季よりもかなり小さい。
佐久夜は微笑を崩さないまま、樹季を見上げた。
「筋合い、ね。君にはなくても、僕にはあるんだ。鏑木樹季」
その瞳の暗い輝きにぞっとして、樹季は後ずさった。
「詳しい話とか、俺が一番聞きたいくらいだ。そんなに知りたきゃまとめサイトでも読んでろ」
自分自身が一番聞きたい、というのは本音だった。樹季にも雅古にも、事件に関する記憶はない。
樹季は啖呵を切ると、急いで日誌を教卓の引き出しに入れて教室を出た。これ以上、佐久夜と言う人物と一緒にいたくはなかった。
しかしそれでもなんとなく気になったので、樹季は廊下を出て数歩進んだところで振り返ってみた。
教室には佐久夜の姿はもうすでになかった。廊下にもいなかった。
ここは二階である。文字通り、佐久夜は姿を消していた。
――何なんだ。人間か? あいつ。
樹季は佐久夜の存在を疑った。だが、幽霊にしては現実味があったような気がした。
混乱した気持ちで、樹季はその場を立ち去った。
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