第19話 とっても幸せだよ!
遠くで佳穂理の声が聞こえている。私は妙な錯覚を覚えた。
何時の間にか縁側のソファーでうたた寝をしていて夢を見ていた様だ。
あの佳穂理からの返事が来るまでの辛くて長い月日の事を。
「私、今からお買い物に行くけどあなたどうする。一緒に行かない?お正月用品などで買い物袋が多くなると思うのよ」
「あぁ、そうだな、一日ゴロゴロしてたから散歩を兼ねて付き合うよ」
私たち二人は揃って買い物に近くのスーパーへ出かけることにした。
時計を見ると四時を少し過ぎている。
外に出るとやはり師走のひんやりとした風が吹いている。
商店街のアーケードを歩きながらふと後ろを振り返ると佳穂理は洋服店のショーウインドウを覗いていた。
「佳穂理、道草しないで。サッサと行くよ」と声をかけると、佳穂理は小走りで駆け寄り、いきなり私の腕につかまり体を寄せてきた。
私はこうした佳穂理の無邪気な行いも可愛かったし嬉しかった。
「おい、止せよ。みんな見ているだろ。」
「何でダメなのよ。たまにはお買い物デートって楽しいね」
と言っていっそう体を寄せて来るのだった。
しばらくそのまま歩いていると突然、佳穂理は私の腕を引き止め私をじっと見つめている。
「どうしたンだ。どこか具合でも悪くなったのか?」
「そうじゃないよ。あなた・・・ 佳穂理はね、いま、とっても幸せだよ。」
と言って優しく微笑んだ。
幸せだと思っているのは私も同じである。
私は思わず涙が込み上げてきた。
私の涙に気づかれまいと空を見上げ、こぼれる涙を辛うじてこらえていた。
西の空には茜色に染まった夕焼け空がまだ名残を残していた。
「佳穂理、きれいな夕焼けだぞ」
佳穂理も私と同じ茜色に染まった夕焼け空を見ている。
「ホント、綺麗だね。空を見上げるなんて素敵なことだね。」
「そうだろう?」と言って佳穂理の顔を見たとたんに私の目から涙がこぼれ落ちて頬を濡らした。
「アラ、あなた涙なんか流してどうしたの?」
「いや、大丈夫、どうもしない」
「あっ、そうか冷たい風が目に染みたんでしょ」と言ってハンカチを出して濡れた頬を拭くのだった。
佳穂理は私の涙の訳を知っている。
この様な優しい心遣いが出来る佳穂理が愛おしくてたまらない。
私達は、この幸せを得るために随分と遠回りをしてしまった。
暫く二人は立ち止まり、その綺麗な茜色に染まった夕焼け空を見ていたが、後ろから「ごめんなさい、道を開けてもらえませんか」と声がした。
後ろを振り返ると二人連れの随分ご高齢のご夫婦と思われる方が優しい笑顔で立っていた。
私達は顔を見合わせ「スミマセン」と言って肩をすくめ笑いをこらえた。
すれ違いざまに、奥さんと思われる老婦人が
「とっても仲が良いんですね。羨ましいわ。いつまでもお幸せにね」
と言って、通り過ぎて行った。
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