第14話 花替え祭りの神社

私は震える手でようやく読み終えて全身の力が抜けてしまい、その場に座り込んでしまった。  佳穂理はどんな思いで書いたのだろうか。

恐らく私を恨みながら心を震わせ涙をこらえて書いたのに違いないと思った。


でも、私が一番衝撃だったのは、佳穂理が私を長男だと思っていた事だった。

何でそう思っていたのか理解できなかった。


佳穂理が指定した日曜日は五日後だった。

私は翌日から部屋の片付けやアパートの解約などの手続きを終えて日曜日を待った。


花替え祭りが行われる神社の境内は、とっくに桜の花も終わり、みずみずしい新緑が眩しかった。

私は早めに行き神社の境内で待っていた。


一時になり境内に続く長い石段を息を切らせて登って来る佳穂理の姿が見えた。

私は最初にどう声を掛けようか迷っていたが、佳穂理は私を見つけるといきなり「時間通りでしょ。私、約束の時間には今までもきっちり守って来たわよね」と言って息を切らせながら私を見つめるのだった。

私はこの言葉に救われる思いがした。

佳穂理は何時も約束の時間を守ってきた。


その言葉でお互いに長い時間を悩みながら過ごしてきた月日が一気に飛んでしまい何事もなかった様にしてくれたのだった。


佳穂理は今日、再会した時に最初の言葉をどう掛けようかと考えて来たのだ。

「大丈夫か?そんなに急がなくてもいいのに」

「大丈夫よ、これくらい」と言って大きく深呼吸をした。


「そこのベンチに座りましょうか」と言って私を促し、二人は並んでベンチに腰掛けた。

「あなた、少し瘦せましたか?そんな感じだけど」

「うん、五キロほど体重が減ったかな」

「あら、可哀そうに。毎日一人で気楽に暮らしていた筈なのに」

と言って意地悪っぽく笑いながら私の膝をポンと叩くのだった。

「そう言えばお前も少し痩せたようだね」

「これは痩せたのじゃなくて体が引き締まったんですよ。毎日しっかり運動しているお陰でね」と言って又、私の膝をポンと叩いた。

「今日は何でこんな所で待ち合わせをしたんだい。言ってくれれば俺が直接おまえの家を訪ねたのに」

「あなたバカね。ここは何の神様か知らないの。縁結びの神様でしょ」

「うんまぁ、そりゃそうだが・・・」

「あなたが変なことを言って私を困らせた所でしょ。今日はここの神様にしっかり誓ってもらいますからね」と言って私の手を取り立ち上がった。


拝殿の前に行き、佳穂理は財布から一万円札を二枚取り出し、一枚を私に差し出した。

「お賽銭、二万円もするのか?」

「当たり前でしょ。これから二人のことをしっかりお願いするのですからね。

それと、これからは決してあなただけで決めない事、必ず私と相談をして決める事、それを誓ってもらうんですからネ。解った?」

「ウン、まぁ・・・」

そうして二人は並んで深々とお辞儀をして拍手を打った。


二人は又、ベンチへ戻りこれでようやく心を落ち着かせる事が出来た。

「あなた、少しお話があるの。」と、佳穂理は私を見ながら言った。

「うん?何なのだ。まだ俺に何か注文でもあるのか?」

「そうじゃなくてね、店の方を今月一杯で閉める事にしたの」と、佳穂理は遠くの景色を見ながらそう言った。


私は、どう返事をして良いのか分からなかったが

「まさか、俺のために店を閉めるのか?」

「ウン、まあそれもあるけど、そればっかりじゃ無いよ。随分長い間お店をやって来ましたし、そろそろ閉めようかと思っていたのよ。あなたも私が夜、居ないなんてイヤでしょ」

「それは俺も夜は一緒に居たいと思うけど、佳穂理はそれで本当に良いのか?」

「私は、娘も嫁がせたし、もうこの辺でゆっくり休みたいと思っていたのよ。だからあなたは余り気にしないでね。それでね、最後の日には是非、あなたにも店に来てもらいたいのよ」と、言って私の顔を見つめている。

いきなりの話で私は暫く考え込んでしまった。


「佳穂理、俺は行かないよ。その代わりその日は、俺が佳穂理を送り迎えさせて貰うよ」

佳穂理は暫く何かを考えているようで、すぐには返事をしなかった。


「それじゃ、送ってくれなくていいよ。あなたも仕事があるから、終わる時間がわからないでしょ。その日は私、タクシーで行くからね。店は十時に終わるから、その時間に迎えに来てくれる?」

「あぁそうする。しかし十時に終わるって大丈夫なのか?いつもは深夜まで店をやっているのに」

「大丈夫よ。店を閉めることにしてから、常連さんには最後の日は十時に終わるって言ってあるから」

「そうか、それなら良いが・・・ 佳穂理、長い間よく頑張ったね。本当にお疲れ様でした」と言うと佳穂理は私を見てにっこり微笑んだ。


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