第15話 長男・長女

「ところで、この前の手紙に俺が長男だって書いてあったけど、どうして長男だと思ってたの?」

佳穂理は不思議そうに私の顔を見ている。


「だってあなたが高校の時、私の家に遊びに来たことがあったでしょ?」

「ウン、二、三回あったかな。其の内一回は泊めてもらったね。そして銭湯にも一緒に行ったね」

「そんな時じゃないよ。最初に家に来た時だよ。」

「あぁ、あの時? ビールを出してくれた時だね。あの時は驚いたよ」

「あれは、私が母にビール用意しておいてって言ってあったの。そんな事はどうでもいいけど、その時にあなたは俺は長男だって言ってたよ」


私は長男でもないのにそんな事を言うはずが無いと、不思議に思った。

その日の事を必死に思い出そうとしていた。そして、フッと思いついた事があった。


私は、兄が二人と姉が二人そして妹の六人兄弟だ。

兄二人とは歳の差が大きくて、私が物心のつく頃には兄二人はすでに都会へ働きに出ていて家には居なかった。身近に居たのは姉二人と妹だった。

それで私は何時も長男の様なものだと思っていたのだ。


「佳穂理、俺は長男だって決して言ってないよ」

「そんな事無いって。俺は長男だってビールを飲みながら言ってたよ」

「俺は長男の様なものだ、と言ったかもしれないけど、長男だって言ってないよ。絶対に」

「エッ、本当に? 私は本当に長男だって言ったと思ってたよ。だからあなたはお婿さんになれないし結婚できないと思った。だから友達として交際しなければならないと思ったのよ」


「そうか、これで何でこんなに遠回りになったのか、訳が分かったよ」

「私の両親は私が中学の頃からお前はこの家を守って行く立場なんだからお婿さんに来てもらえる人とお付き合いするんだよって言われていたのよ」


「ウン、あの頃は長男長女は家を継いで守って行くと言う時代だったからな。俺の兄貴も定年になったら田舎に帰る積りでいたみたいだけど、佳穂理が居なくなったし、もうどうでもいいヤと思って俺が家に残るよって言ったんだ」


「あの時は私、本当に悲しかった。辛かった。あなたに何てお話ししようか、とうとう言えなくて・ ・ ・ ごめんなさいね」


「あーぁ、会話不足だったことがこんなに悲しい結果になるなんて辛いね」


佳穂理は今更何を悔やんでも元には戻らない悔しさを、私から視線を外し遠くの景色に目をやることで耐えていた。


「佳穂理、これからは二人で新しい人生を始めるんだ。過去の事を今更どうこう思っても何も始まらないよ。それよりもこれからを大切にしような」

佳穂理は私に視線を戻し、コックリと頷いた。


「そうだね。これからはもっともっとお話ししようね」

「会話をする事が、大切な事だと思い知らされたよ」


私達は目と目で頷きあって、神社の本殿に向って一礼した。


「それじゃ帰りましょうか」と言って佳穂理は立ち上がり、五月晴れの空に向って大きく背伸びをした。

まるで重い荷物から解放されたように・・・・・


私はそれを見て佳穂理がこの様に決心するまでの苦悩を想像し、心が痛んだ。

済まないと思った。


二人で境内の長い石段を下りながら佳穂理は言った。


「この神社にも、何回もあなたと来たわね。あなたは余り話ししないから、私ばっかり喋っていて、あの時は疲れたよ」


「そうだったね。あの頃は、佳穂理と会うと、どうしても緊張してしまったからなー」と、言うと


「あら、あなた、そんなに私に気を使っていた?私が重い鞄を持って長い石段をフーフー言って登っていても知らん顔していたのに」と言って私を意地悪っぽく笑って見ている。

確かにそんな事もあったと思い出し、私は苦笑いしかできなかった。


そんな思い出話をしながら駐車場まで降りてきた。

「それじゃ、私の後ろに付いてきてくれる」

「何?後ろに付いて来いってどう言う事?」

「私の家に帰るのでしょ?私はそのつもりで来たんだよ」

「いくら何でも今日の今日とはいかないよ。そうだ、佳穂理が店を閉じる日。迎えに行く日からがいいな。」と言うと、佳穂理は

「やっぱり、会話不足だね。今からこんなんじゃ先が思いやられるよ」と、笑いながら言って、二人はお互いに手を振り、その日は別れた。

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