第13話 佳穂理からの手紙

 お変わりありませんでしたか。お元気ですか。

長い間お便りできず、済みませんでした。

私は元気にしていますのでご安心ください。


あなたの突然のお話で私は混乱してしまいました。

私達はこれからどうなるのだろう。

どうしたらいいのだろうと毎日悩みました。

あなたの余りにも軽率な決断を恨みましたよ。


あなたは考え抜いた結論かもしれませんが、私には非常に唐突なお話でした。

この前のお正月に娘夫婦が年始の挨拶に来てくれました。

その時娘に話してみたんです。娘はこう言いました。

お母さんの人生でしょ。こんな事を人に相談してお母さんはその人の言う通りにするの?それじゃ誰の人生なのよ。お母さんは何時も周りにばかり気を使って居るけど、その気持ちは解るけど、自分の人生を一番に大切にする事じゃないの。

その人は自分の人生を後悔したくないと思って大きな決断をしたんでしょ。

お母さんも自分の意志で、はっきり決めてその人を受け入れるのか断るのか早く伝えなさいよ。

こう言われてしまいました。本当にその通りだと思いました。

こんな事を娘に言われるなんて恥ずかしいですよね。

それでも私は判断を出来ませんでした。


受け入れればあなたも私も世間から見れば悪者になってしまいます。

あなたは家族を捨てた男。私はあなたの家族からあなたを奪った女。

断ればあなたのこれからは一体どうなってしまうのだろう。

仮にも長い間お付き合いをしてきたあなたを見捨ててしまったら一生後悔をしないだろうか。長い間悩みました。そしてあなたを恨みました。


あなたがあなたの家族と別れる事を決断する前にどうして真剣に私に話しをしてくれなかったのか、悔やまれてなりません。


あなたは時々そうでしたね。何でこんな大事なことを一人で決めてしまうのだろうと。私に相談してほしかった。そんな事が何度もありましたよ。

そして真顔で冗談を言ってみたり冗談なのか本当なのか分からない時もありました。今更こんなことを言っても仕方の無い事です。


私達が世間からどう見られようと、どう思われようと私達の人生なのだと思うことにしました。


そして、子供の頃に読んだメーテルリンクの幸せの青い鳥の童話をフット思い出しました。私は本棚からその本を探し出しもう一度読み返してみました。

この話の内容はあなたもよくご存じだと思いますが、大事なことなのであらすじから話しますネ。


あるところに貧しい家庭のチルチルとミチルと言う兄妹がいて、二人はいつも隣のお金持ちの家のことを羨ましがっていたのですね。

ある夜、夢に老婆が現れ、自分の孫は病気で幸せの青い鳥がいれば病気が治るので探しに行ってほしいと頼まれて二人は魔法の帽子を老婆から受け取り、青い鳥を探す旅に出ました。最初に思い出の国へ行ったんです。

そこで二人は亡くなったはずのお爺さんとお婆さんに再会し、青い鳥のことを教えてもらい、青い鳥を見つけることが出来たのですけど、その国を出た途端に、青い鳥は真っ黒な鳥に変わってしまったんです。

今度は夜の精のいるお城に行くと、気味の悪い部屋がいくつもあり鍵がかかっていたんですけど、帽子の魔法を使って鍵を開け二人は中へ入りました。

そこには幸福の楽園が広がっていて青い鳥もいて、二人は大喜びで捕まえましたが、しばらくすると青い鳥は死んでしまいました。

次に未来の国へ行きました。

そこにも青い鳥がいましたが、連れて帰ろうと未来の国を出るとまた死んでしまうのです。結局二人は青い鳥を持って帰ることが出来ませんでした。

哀しみに暮れていると、兄が部屋にある鳥かごの中に青い鳥の羽が落ちている事に気づきました。兄妹が飼っていた茶色の鳥が実は青い鳥だったのです。


これまで私が生きてきた人生と重ね合わせてみました。

私も、恋愛もしましたし、お見合いもし、結婚もしました。

でもどれもご縁が無かったのですね、うまく行きませんでした。


今思うとあなたと出会うのが早すぎました。

そして、再会するのが遅すぎました。

あれがもっと早かったなら私達はまた変わっていたのかもしれません。

この様になったのは私にも原因があったのかもしれません。


お祭りの夜に再会した時にはお互いに家庭を持っていましたし、昔のお友達としてお付き合いをさせていただきましたが、まさかあなたが離婚までして私の事を思ってくれている事、怖かったし嬉しくもありました。

やっぱり私にも青い鳥が身近にいた事に気付いたのです。


いつかあなたは私に聞きましたね。

高校を出てから何であなたを避けるようになったのか?と。


学生時代にはあなたと結婚の事まで考えていませんでした。

と言うよりも、あなたと結婚は出来ない人だと思っていたからです。

私は三姉妹で長女です。両親からは何時も家を継がなければならない立場だからお婿さんに来てもらえる人とお付き合いなさいと言われていました。

私達が過ごしてきた昭和の時代は、長男長女は家を継いでその家を守ることがその立場の人の務めだと教えられてきたのです。


あなたは長男でしたのでお婿さんには成れないと思い、お別れするのなら早い方がよいと思っていました。

でもどうしてもお別れのお話しをする事が怖くて辛くて出来ませんでした。

今から思うと若かったんですね。

それで、あんな大変失礼な態度でしかお別れを言えなかったんです。

今更お詫びをしても、あなたは許してくれないでしょうね。

本当に、ごめんなさい。


お祭りの夜に偶然にあなたと再会し、時々お会いするようになりました。

あなたとお話をしている時が私は一番幸せでした。


あなたはあまりお話をしませんでしたが、何時も優しく私の話を聞いて、ニッコリ微笑んでくれました。

ちょうどあの頃、私は離婚の事で悩んでいたのです。

もし、あの時、あなたを避けてた本当の理由をお話しすれば、もうお会いする事が出来ないと思い、あなたに聞かれてもどうしてもお話しを出来ませんでした。


もし、二人共結婚前に再会し、もっとお話をし、将来の事を話し合っていたなら、また違った人生だったかも知れません。

そして、こんなに罪深いことをしなくても良かったのかも知れません。

今更何を言っても過去は戻りません。


あなたが背負っている重い十字架を、私は少しでも軽くなるように支えることに決めました。その様に決めた以上、私達はこれからは幸せにならなければなりません。


五月の最終日曜日の午後一時に、あなたと最後にお別れした花換え祭りの神社の公園でお会いしたく思います。

                                   佳穂理



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