第3話 交換日記
佳穂理は台所の片づけを終えてエプロンを外し炬燵に入ってきた。
「あなた、あの時震えていたでしょ」と言って又悪戯っぽく笑い、私の顔を覗き込んできた。
「何で急にそんな事を思い出すんだ」と私は言った。
「さっき表のほうで女子高校生のような明るい声が聞こえていたでしょ、それで私達の高校の時のことを思い出したのよ」
お前は懐かしそうに遠くを見るように言った。
「ねぇ、あの時交換日記してたわね」と聞いてきた。
「あれどうしたの?」
佳穂理と交換日記を始めたのは交際を始めて間もなくだった。
卒業までに三冊の大学ノートになっていた。
もともと、日記なんて書く事のなかった私だが、佳穂理との交換日記はすらすらと言葉が湧いて来るのだった。
佳穂理の日記を読むのも楽しみだったが、書くのも楽しかった。
でも私には苦い思い出になってしまったのだ。
私は高校を卒業すると地元の会社に就職した。
当然だが佳穂理とは学校時代の時のように毎日会えなくなったが、時々佳穂理の家を訪ねてみた。何故か佳穂理は私と会うことを避けるように感じた。
佳穂理、一体どうしたんだ?他に好きになった人が出来たのか?
そうならハッキリ言ってくれないか。私は心の中で叫んでみたが、佳穂理は会ってくれないので、むなしい叫びだった。
佳穂理にとって、もう私との事は過去になってしまったのだろう。
佳穂理も卒業し、都会の会社へ就職したと何かの便りで知った。
それでも私は、特に冬の寒い夜にはひょっこり佳穂理が訪ねて来てくれるような全く夢のような想像をする時があった。
もう終わったのだ。もう心の整理をしなければならない。
私は自分に言い聞かせ、佳穂理との思い出となる品物を整理しようと心に決めた。
私は近くの海岸へ行き、大きな岩陰で大学ノート三冊を焼却した。時々風でページがめくれ中の文字が見えた。これで心の整理ができるだろうと思った。
暫くの間は心の中に大きな空洞が出来たみたいで何をするにも気力が湧かなかった。
私はあの時の辛い気持ちが蘇り
「あれはとっくに処分したよ」と、ぶっきらぼうに言った。
「ふーん、そうなの。もう一回読みたいなぁと思ったのに」と、
案外あっさりと答えた。
そうなのか。佳穂理はそれ程あのノートに思い入れがなかったのかと、少し寂しかった。
「あなた、お茶でも入れようか?コーヒーにする?」
私は「お茶にするよ」と言って時計を見た。十時を少し過ぎていた。
暖かな日差しが南向きの部屋の随分奥まで差し込んでいた。
私は、お茶を啜りながら昔のことが頭をよぎっていた。
佳穂理は薄めのコーヒーを飲んでいる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます