第22話 訪問
物語はここで終わっている。
読み終わって僕が知らなかった父の一面を見たような気がした。
あの寡黙な父に、こんなに一途な心があったのが不思議に思えた。
僕は改めて使い込んだ茶色の小銭入れを手に取って中を開けてみた。
中には二つ折りにしたメモが入っている。
僕はその紙を広げて見ると女の人の名前と住所、電話番号が書かれていた。
たぶん、父が愛した初恋の人だと思った。
どんな人なのだろうか。
一度会ってみたくなり、数日後、その電話番号に電話をしてみたが、すでにこの番号は使われていなかった。
そこで、その住所を訪ねることにした。
その住所を訪ねあて、表札を見ると苗字が父の書き残した苗字とは違っていた。
しかし住所は間違いがなかったので思い切ってインターホンのボタンを押した。
「ハイ、どちら様ですか」と、インターホンから声がしたので訪ねた訳を手短に説明をすると「少々お待ちください」と返事がした。
暫くするとドアーが開いて中年の奇麗な女性が顔を覗かせた。
僕は先ほどの話をもう一度説明し、お話を伺いたいとお願いすると、その女性は「立ち話もなんですからどうぞお上がり下さい」
と言って応接間に案内してくれた。
暫くすると彼女はお盆に湯飲み茶わんを二つ乗せて応接間に入って来た。
僕は「どうぞお構いなく・・・これつまらないものですが」と言ってお菓子の箱を差し出した。
「表の表札には父が書き残した苗字がありませんが・・・」
「あぁ、それは実は母は三年前に亡くなりました。そこに書かれている苗字は母の苗字なのです。私の母は若い頃から私を育て両親の世話などで大変苦労してきたんです。昼も夜も働いていました。そんな事で体も弱っていたのでしょうか、本当に急なことでした」
「と言う事は、僕の父が亡くなったのは貴女のお母さんが亡くなって一年後になりますね」
「そうですね。それで、母が亡くなる一年前から私達夫婦と一緒に暮らす事にしたのですよ」
「それで此れからもずっと此処に住まわれるおつもりなのですね。
お母さんもきっと喜んでいると思いますよ」
「まだ、取り壊すのは勿体ないですし、空き家にしておく訳にもいきませんので・・・」
ここで少し間が開き
「実は、父の遺品を整理していたところ、こんなものが出てきたんです」と言って
僕は物語の書かれた用紙と、使い込んで古くなった茶色の小銭入れをテーブルの上に差し出した。
「あら、これは私も知っていますよ」と言って彼女は驚いた表情をした。
「私も母の遺品を整理していたら箪笥の奥に文箱がありましたので中を開けて見るとあなたが持っているものと同じものがありました。
それと手紙が二通でした。一通は、母が高校生の時にあなたのお父さんから貰ったラブレターでした」と言ってにっこり微笑んだ。
僕はこの事にも驚いた。
父が高校生の時に初恋の人に書いた手紙をずっと持っていてくれた事に。
「そうでしたか。そんなに大切に思って一生持っていてくれたんですね」
「そしてもう一通は母が七十七歳の喜寿の誕生日の時のお祝いの手紙でした。母が大切にしていた物だと思いましたから母の棺に入れて母に持たせてあげましたのよ」と言って彼女はお茶を一口含み、また優しく微笑んだ。
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