第6話 離婚しました
赴任先では民間のアパートを借り上げて社宅として使っていたので自炊生活だった。朝と夜は自分で食事を作らなければならなかった。
昼は会社の食堂で摂る事が出来たので弁当を作る事は無かったが、やはり食事の準備が一番大変だと思った。
私達は転勤後も一、二年ほど連絡を取り合った。
最後の電話の時「離婚しました」と言った。
それから数か月後に電話をした時はその会社は退職したと知らされた。
自宅の電話番号を教えてほしいと今までの勤め先にお願いしたがそれは出来ないと断られた。
昔の住所は知っていたがその後、別の住所に家を新築し転居しているはずだった。
あれだけ何回も連絡を取り合っていたのに住所を聞く事をしなかった迂闊さに地団駄を踏む思いだった。
番号案内で問い合わせても「お客様の都合でお教え出来ません」と言う事で教えてもらえなかった。手紙も出せなかった。
とうとう佳穂理との連絡手段が途切れてしまった。
そして三年の任期が終わり私は再び地元の事務所に戻った。
そんなある日、出勤して机の上に置いてある新聞や郵便物に目を通していた時、1通のスナックの開店案内状があった。
私は何気なく二つ折りのはがきを開いて見ると「かほり」と言う店の名前が書かれていた。私は処理済みの箱に入れようとしてフット気になった。
「かほり」佳穂理?私は改めてそのハガキを取り出して最後まで読んでみた。
店主の名前は確かに笹森佳穂理となっていた。
私は信じられなかった。あんな少女のような佳穂理がスナックを始めたことが。
私は数日後同僚と二人でその店に行ってみた。
随分広い店内だったが佳穂理は一人で客の応対をしていた。
暫くして佳穂理が「いらっしゃいませ」と言って注文を取りに来てフット私と視線が合った。一瞬、佳穂理は大きく目を見開いたが直ぐに営業の顔に戻り「何になさいますか?」と言った。
私達二人はウイスキーの水割りを注文し、その日はとりとめのない世間話で佳穂理の店を出た。佳穂理の店は随分繁盛しているようで客も多かった。
佳穂理は化粧も控えめで、指の爪には何も色は着いていなかった。
私は、それが嬉しかった。
それから数日後、私は一人で佳穂理の店に行ってみた。
早い時間だったので客は私一人だった。
暫く二人は無言だったが佳穂理は私にウイスキーの水割りを作り私の前のカウンターにそっと出してくれた。
「お元気でしたか?」「あぁ、何とかやっている」なかなか会話が進まなかった。
四~五年ぶりの再会だったが、何から話そうか言葉が出なかった。
「自宅の電話番号と住所を教えてくれないか?」
私は私の名刺を出しながらようやく言葉が言えた。
佳穂理はメモに携帯電話の番号と家の住所を書いてそっと渡してくれた。
新築した家の住所は最近開発された振興住宅地だった。
携帯電話はその頃からようやく普及し始め小型の携帯電話になっていた。
私も会社から貸与された携帯電話は持っていて名刺にも番号は書かれている。
最初にこの店に来た時に佳穂理から貰った名刺には店の住所と電話番号しか書かれていなかったのである。暫くして客が入り始めたので私は店を出た。
数日後、私は会社から佳穂理の携帯に電話をしてみた。
数回の呼び出し音があり受話器から佳穂理の声が聞こえた。
昼前の時間だったので「お昼を一緒にしませんか?」と誘ってみた。
佳穂理は暫くためらっていたようだが「お伺いします」と言ってくれた。
会社の近くのお食事処の暖簾の掛かる店で待ち合わせをして昼食を一緒にしながら何を話せば良いのか話題が出てこなかった。
「随分大きな店を持ったんだね」
「えぇ、他の店で去年まで勉強させてもらって、ようやく自分の店を持つ事が出来たんです。勿論、まだ両親が健在ですから随分助けられました。これから銀行への返済が始まるので大変ですけどね」と言ってにっこり笑った。
いくら田舎の町とは言えそれなりの資金が必要だっただろうと思った。
「どうして会社を辞める時に連絡先を教えてくれなかったんだ」
「私も気になっていたんですけど、女手一つで子供を育てながら大変だったんですよ。お陰様で両親が居たから何とかやっていけたんです。あなたはもう遠い所に行きましたし、これからは私がしっかり頑張らなければいけないと思ったんです」
「それじゃ、電話での付き合いも止めようと思ったんだね?」
佳穂理は小さくうなずいた。
「俺は高校を出てからの事を思い出したよ。また理由も言わずにいなくなってしまったと・・・」
「ごめんなさい。自立するためにお店を出すことで精いっぱいだったのよ。あなたとお付き合いを続ける自信も無かったし、あなたには奥さんも子供さんも居たし、きっとご迷惑をかけることになってしまうと思ったの・・・」
「だったらそう言えば良かったんだよ。何も言わずにいなくなるから心配するだろ」
佳穂理はただ「ごめんなさい」と小さくつぶやいた。
「これからも今日の様に連絡するから・・・いいだろ?」
佳穂理は俯いたまま、なにも返事をしなかった。
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