第9話 幸せって何だ‼
「別れたって言う事だよ。離婚して今、一人暮らしだ」
佳穂理はまだ理解が出来ていない様子だった。
私はそんな佳穂理にかまわずに言った。
「佳穂理、俺と一緒に暮らさないか?」
「いきなり何ですか。冗談は止めてくださいね」
佳穂理は笑いながら言った。
「冗談なんかじゃ無い。真剣に言っているんだ。考えてくれないか」
佳穂理は俯いたまま無言だった。
「ずっとお前の事を思い続けてきた。人生は一度しかないんだ。俺は悔いを残して終わりたくないと思っている。俺の家族には申し訳ないと思っている。でも、俺の人生なんだ。世間ではいい加減な男と言うかもしれないけれど、ここで佳穂理の事を諦めたら一生後悔しながら俺の人生が終わる事になってしまう。そんな事の方が耐えられないよ」
佳穂理は私と顔を合わせないように海の見える展望台の方へ歩いている。
私は佳穂理の後を追い肩を掴み、私の方へ振り向かせて言った。
「俺の真剣な気持ちを今日こそ伝えるよ。佳穂理と初めて会ったあの時から、ずっと佳穂理のことを思い続けてきた。忘れようと一生懸命努力したよ。でもどうしても出来なかった。このまま俺の真剣な気持ちを佳穂理に伝えずに一生を終われば、悔いが残ると思ったんだ。だから佳穂理も俺に対する同情心や哀れみなんかを考えずに、
佳穂理の素直な気持ちで考えてほしい。例え断られても俺は後悔なんかしないよ。
俺の思いを言った結果なんだから・・・佳穂理に言いたいことも言わずにもやもやした気持ちで一生を終わるよりも、俺の思いを聞いてもらって万一、佳穂理の返事がダメだったとしたら、佳穂理を諦める事が出来る。そして、新しい道を歩んでいける。だから佳穂理は自分の正直な気持ちで、素直な気持ちで考えてもらいたいんだ。贅沢な暮らしはさせられないと思うけど、平穏で幸せな生活を、残りの人生を二人で生きて行きたいんだ」
私は、私の思いを一気に佳穂理に話していた。
まだ、佳穂理は俯いたまま無言だった。暫くして佳穂理は言った。
「あなたの言う幸せって何なのよ。私は生きることで精いっぱいなのに、私には幸せなんてどこにも無いのよ」
「佳穂理、何をバカな事を言ってるんだ。じゃ、佳穂理が思っている幸せって何なんだ。お金持ちになる事か?美味しいものをいっぱい食べて、奇麗な服を着て何不自由なく暮らす事が、佳穂理の言う幸せなのか?勿論そう言う事も大事だろう。でも、そうじゃないだろ?俺は好きな人が何時も側にいて、力を合わせ助け合って、ささやかでも何時も明るく暮らす事が幸せなんだよ」
「あなたってひどい人だわ。こうなる前にあなたの本当の気持ちを聞かせてもらったなら、私は早まった事はしないでと言ってた筈よ。今までのように時々会ってお茶を飲みながらお話をしたりする友達でいたかったのに・・・、もう初めて出会った時のような関係にも感情にも戻れないのよ」
私は思った。一対一の付き合いで男と女が友達になれるのだろうか?
「だったら、佳穂理にとって俺はどういう存在だったのだ?只の茶飲み友達だったのか?只の古い知り合いだっただけなのか?只の学校の先輩だっただけなのか?
俺は違うよ。ずっと佳穂理の事を思っていた。好きだった。ずっと愛していたんだ」
「もうそんな事は言わないで。私も辛いのよ。私には姉妹だけで私は長女よ、何時も兄が居たらと思ってた。だからあなたをお兄さんと思う事にして、今までお付き合いしてきたのに・・・そう思って自分の気持ちを必死に抑えてきたのに・・・そんなに私を困らせないで・・・」
佳穂理は恨みを込めた目に涙を浮かべて訴えている。
佳穂理を忘れ様と親戚の勧めで結婚をし、数年後には、偶然に祭りの夜に再会し、そして又、数年後には偶然にスナックの開店案内の葉書を見た。
どうして私の決心に逆らう様に偶然が重なってしまうのか。
私はもう自分の気持ちに素直になろうと思った。
偶然の現象にも従おうと思った。
そして私は、そんな佳穂理の辛い思いにもかまわずに、私の思いを真剣に佳穂理に話していた。
私は、アパートの住所を書いたメモを佳穂理に渡し「返事を待っている」と言った。
私は佳穂理に、またも身勝手な重荷を背負わせてしまったのだった。
佳穂理は私の腕を振り払い、何も言わずに神社の長い石段を下りて行き、やがて佳穂理の姿が見えなくなった。
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