魔法仕掛けのディアアステル

海蛇ロマンチスカ

序章

『みなさん、事件発生です!』


 快活一声。


 ビルの壁面に備え付けられた大型ホロビジョンより響くそのしらせに、歩道を行き交う誰もが足を止め、何事かと一斉に宙を仰いだ。


『先ほど、泡沫市うたかたし南柯町なんかちょうで〝魔獣ジャバウォッキー〟が出現しました!』


 液晶の右下に表示される《魔法結社TV》のロゴ。さらには、リアルタイム放送であることを証明する《LIVE》のテロップ。それらが一帯に緊張感を走らせる。


 魔法結社TVの撮影陣スタッフは今日も平常運転だ。まず彼らの仕事は、政府からの一報を受け取ったところから始まる。必要機材と人員を揃え現場に急行、しかるのちに現場状況をお茶の間にお届けするのが常の流れだ。


『あーっと! なんということだ! パトカーが踏み潰されていくぞ!?』


 実況を務めるアナウンサーの声が迫真を帯びた。上空を飛ぶ高機動ヘリから中継されているらしい。大型ビジョンの映像が俯瞰視点で瞬時にズームアップ。見切れんばかりに拡大される被写体。それは、まるで漫画コミックの世界から出てきたかのような――




〝怪獣〟だった。





『ジャァァアアアアアアバウォッキィィイイイイイイイイイ!!』


 全高八〇メートル、体重五〇トンにも及ぶジャバウォッキーは、とてもポップでキャッチーな見た目をしていた。しかし空想上の生き物であるドラゴンの見た目もありその迫力は非常に凄まじく、しかも二足歩行で闊歩かっぽするとなれば必定、誰もが怯まざるをえないだろう。


『に、逃げろ、逃げろおっ!』


 慌てふためきながら逃げ惑う警官たち。

 それを追いかけつつ、パトカーを踏み壊すジャバウォッキー。

 だが怪獣の脅威を抜きにしても、警官が立ち向かえない理由が他にもあった。


『誰かあああああああ!! 助けてえええええええ!!』


 こだまする甲高い悲鳴。発生源はまさかのジャバウォッキーが前足より。

 そこに制服姿の女子高生がひとり、憐れにも捕まっているのだ。

 生徒の名は星見叶南ほしみかなん市立朝露高校しりつあさつゆこうこうに通う女の子。


 なのだが……。


『ひぃ、ひぃ、死ぬ、死んじゃうよぉ! 録画してたアニメの最新話まだ見れてないのにぃ! こんな朝の登校で死ぬとか不幸すぎるようわぁああああああん!』

『ジャァァアアアアアアバウォッキィィイイイイイイイ!!』

『いぃぃやああああああああああああああああああああ!?』


 ご覧のとおり、この世ならざる怪獣に捕まれば号泣必須。いつも画面の向こう側で見慣れている叶南にとって、実物のジャバウォッキーときたら恐怖の権化である。


『未だ〝彼女〟は姿を現しません。それをいいことにジャバウォッキーは暴れたい放題です。まるで人間たちに我慢ならないとでも言うような――まずい、離れろお!』


 取り乱したアナウンサーがヘリの操縦士に怒鳴った。これほどまでに切羽詰まった理由は、他ならぬジャバウォッキーの挙動にあるからだ。


 大口を開け、喉奥から妖光をせり上がらせるその威容。


 ジャバウォッキーの必殺技〝絶許滅殺ぜつゆるめっさつビーム〟の発射態勢だ。


 これには、捕まっている叶南も慌てざるをえない。


『ちょ、待って……ッ!』


 至近距離で渦巻く極大エネルギー。

 いざはなたれれば人体などひとたまりもなく、

 捕まっている叶南じぶんは――きっと焼き焦げてしまう。


『誰か助けてええええええええ!!』

『――お任せあれぇ!!』


 刹那、可愛らしい声が響くと同時に、ジャバウォッキーの頭へ何者かが襲いかかった。瞬く流星にも見紛う拳は、不意打ちとなって発射を中断させる。


『ジャバァァアアアアア……ッ!』


 ジャバウォッキーが巨体を傾かせた。直撃を受けた影響で叶南を放してしまう。


『ひゃああああああああああああ!?』


 真っ逆さまに落ちる少女の身体。このままでは瓦礫に激突するだろう。


 絶体絶命の状況。奇跡でも起きないかぎり、助かる見込みはない。


 では、魔法ならばどうだ――


『ヘンテコリンがドンドコリン♪ チェシャ猫よ、あの子を助けて!』


 紡がれた呪文に世界が呼応する。どこからともなく閃いた極彩色の輝光きこう。それが逆巻く風とともに一匹の猫を出現させ、落下する少女の襟首を見事空中でキャッチさせた。


『わたしが来たからにはもう大丈夫。安心して♡』


 足が地面に着き、ようやく人心地についた瞬間、ふいに背後から声をかけられたことで叶南はドキッとする。おそるおそる振り返った先には――


『みなさん、お待たせしました! 満を持して登場! そう、〝彼女〟こそ……』


 それは、まさしく世界的に有名な童話の主人公。


 フリルの付いたピンクと白のエプロンドレス。


 頭部で結われた大きなリボン。


 亜麻色の長髪。透き通った肌。


 緑柱石モルガナイトの瞳は宝石のように美しく、そして煌びやか。




『魔法少女ワンダフルアリスだあ!』





 人類が技術的特異点シンギュラリティに到達して幾星霜。文明は急激な速度で発達し、映画の中でしかありえなかった先進科学は現実のものとなった。門外不出のテクノロジーが魔法少女なる存在を生み出し、人命救助並びに犯罪制圧を職業として成立させたのだ。


 デウス・インターナショナル。


 それは〝優れた科学は魔法にも匹敵する〟を社訓に、世界中の人々に幸福を届けるべく事業を展開する国際企業。及び、科学技術によって制御された魔法少女たちをプロデュース、並びにポップアイコンとしてさまざまなエンターテイメントに出演させる、芸能プロダクションの側面も有した巨大複合企業コングロマリットである。


 当然、そこに所属する魔法少女はデウス社に雇われた存在。

 この泡沫市で活躍するワンダフルアリスもまた、同社の広告塔である。

 今や世界中の女の子たちがなりたい職業ランキング一位。

 それが、現代を生きる魔法少女の在り方だった。




『不思議の国からごきげんよう♪ ワンダフルアリス、華麗に推参☆』




 くるりと回ってスカートひらり。

 可憐な仕草でウィンクひとつ。

 カメラに向かっていつもの口上。

 いけいけ僕らのワンダフルアリス。

 この街守るぞワンダフルアリス!




 でもでもおひとつご用心。

 彼女はとっても不安定。

 心は硝子ガラスで幼いまま。

 繊細ゆえに傷つきやすい。

 だから決して見放さないで。

 さもなきゃ魔法で■■■■■の刑。

 なぜならわたしはワンダフルアリス。

 誰もが愛すべきワンダフルアリス!

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