第6話 開幕! プエラ・マギ・バトル!

 最強の魔法使い。銀髪の美女――エステルミアはそう言った。


 この科学が発達した現代において、およそ魔法と区別のつかない技術は数あるが、それでも彼女は自分を魔法使いだと豪語する。常人なら眉に唾を付けかねない話だ。


 もしこれが夢なら頬をつねれば……。きちんと痛かったので叶南はますます混乱した。


 すると次の瞬間、風がわずかに強まると同時に、サラリと泳いだエステルミアの髪が、その下にある〝長く尖った耳〟をあらわにした。


 見違えようもない。彼女こそファンタジー作品における長寿の種族。その名は――


「エルフ?」

「は? エルファールだが?」

「いやでも耳が尖って……」

「それは地球人が残した伝承における呼び名だ。我々の星ではエルファール。アースノールの言葉で〝星々の民〟という意味を持つ」

「じゃあ宇宙人なの?」

「いや、元地球人だよ」

「え?」

「ん?」

「…………」

「…………」


 ダメだ。言葉が通じない。叶南は困惑するしかなかった。


 そのとき、上空から轟音が鳴り響き、叶南とエステルミアは共に頭上を振り仰ぐ。

 魔法結社TVのヘリが低空飛行に移っていた。メインローターの風圧が屋上に達し、周囲に風を巻き起こしていく。地上を走るサーチライトが、二人のいる屋上を照らし出した。


『これはどういうことでしょうか!? ジャバウォッキーを倒したのはワンダフルアリスかと思いきや、なんとぉ! 謎の魔法少女が怪獣をやっつけたあ!?』


 アナウンサーの実況が大型ビジョンを介し響き渡る。同時に、地上から住民のものと思しきどよめきも沸き起こった。番組的には盛り上がる展開なのだろう。しかし、叶南からしてみれば事態は混乱の一途を辿るばかりだ。


「あわわ……。どうしようこれ。私ってば今日から魔法少女……」

「だから【聖女】だって」


 頬に両手を添えて動揺を隠しきれない叶南に、エステルミアが肩をすくめて言う。


「どうやらひどく混乱しているようだね、友よ。まぁ無理もないか」

「そ、そもそも聖女って何なの!? 魔法少女のパクリ!?」

「む、失礼な。【聖女】は我々アースノールを守る〝救済の乙女〟だぞ」

「だからその聖女がわかんないんだって! 説明してよ!」

「キミの姿がそうだ。ほら、敬いたまえ。美しいだろう?」

「確かに綺麗だけど……って違う! これもう別人じゃん! どうなってるの!?」

「仕方がなかろう。人間の身体はあまりにも脆弱すぎる。『聖櫃輝石ラナ・ジュエル』から排出された魔光虫まこうちゅう、もといこの惑星ほしでいうところのナノ――」


 そこで言葉を途切れさせ、ふいにエステルミアが叶南の後方を見やると、


「右に避けろ」


 ベルトに備え付けられた杖を抜き放った。


「――ッ!?」


 言われた通りに右に避ける叶南。


 直後、指示は正しかったと思い知らされる。避けると同時に振り返った先には、トランプのカードを杖で弾くエステルミアがいた。


「危ない危ない。不意打ちとは感心しないな」

「よくも。よくもわたしの目の前で……っ!」


 余裕な態度で杖を構える魔法使いの前方、そこには怒りに震えるワンダフルアリスが。


「わたし以外の子と契約するなんて。絶対に許さない!」

「それが私との契約を破棄した者の台詞かね……」


 刺々しい口調で冷然と告げて、エステルミアがさらに続ける。


「ただの私利私欲で魔法を使うなど……。【聖女】の風上にも置けない醜態だ。アーシア人の恥だ。ゆえにこうして相見あいまみえた以上、終わらせるのが道理だろう」


「うるさい! 終わるのはお前の方よ! わたしを見捨てた罪は重いんだから!」

「まったく、やはりキミには【聖女】の資格がないな。『幻想加筆・概念置換オーバーライト・アトモスフィア』を生み出したことだけは、むしろ感謝するべき功績とはいえ、それでも私は――」


「黙れ黙れ黙れぇ!! わたしの魔法はわたしのもの!! 他の誰でもないわたしのものよ!!」

「ちょーっと待ったぁ!!」


 過熱する言い争いに水を差したのは、誰あろう座視ざししていた叶南だった。


「二人ともいったん落ち着こうよ! まずは事情を説明して!」


 エステルミアとワンダフルアリスが対峙するちょうど真ん中、両者の睨み合いを阻むようにして位置取るや否や、両手を広げながら呼びかけたのである。


「さっきから聖女とか魔法とか何なの!? ワケわかんないって!」


 そう大声で説得しつつも、しかし当の叶南は自身の大胆さに驚いていた。

 いつもなら、こうした剣呑な雰囲気は苦手のはずなのに、信じられないくらい肝が据わっていた。


「それに二人だけで盛り上がられても困るし! 友達三人で集まったのに二人にしか通じない話とか一番辛いやつ! 仲間外れの気持ちわかって!?」


 おそらくは、変身したときより内に漲る力。

 それが自分を強気にさせているのだろう。


「ええ、そうね。あなたの言う通りよ……」


 だが、そこへワンダフルアリスが賛同したかと思いきや、


「仲間外れは――良くないものね!!」


 大声を張り上げるとともに、その身体を極彩色に輝かせた。


「ぅ――ッ!?」


 ひりつくような空気を肌で感じ、叶南は瞠目する。アリスの周囲を取り巻く極彩色の輝光きこう。その目も眩むような異様をして――ここにいるのは危険だと――本能が警鐘を鳴らした。


「すごぉく感謝してるわ! いま何をすべきか、やっと理解できたもの!」


 美貌を凶相に歪ませて、ワンダフルアリスがたける。


「私自身の手ですべてを壊す! その後に作り変えればいいのよ! 理想の世界に!」


 街明かりすらも飲み込むほどに、なお燦然と輝き狂いながら、


「だからここでさよならね! お馬鹿さんたち! あはは!」


 いま目の前のイレギュラーを滅ぼさんと、


「『幻想加筆・概念置換オーバーライト・アトモスフィア』――〈過重装オーバードラ……ッ〉!」


 呪文を紡ごうとした――そのとき。


『やめるんだ!! アリス!!』


 夜空に響く男の声によって、ワンダフルアリスはすぐさま口をつぐんだ。


「え、何、なんなの……?」


 未だ警戒覚めやらぬまま、叶南は続く不測の事態に困惑を隠しきれない。


 だがそんな叶南を意にも介さず、エステルミアは遠い彼方に目をすがめた。


「来たか」


 その視線の先――魔法結社TVのヘリとは違う、何か得体のしれない飛行物体が、音も無く接近してくるではないか。


「何あれ……ドローン?」


 叶南が一目見てそう判断した飛行物体。まさしくそれは無人航空機――広義ではドローンと呼ばれる代物だが、その外見はおよそ一般に普及しているものとは形状フォルムが違う。正八面体とも取れない特殊なそれは、ドローンにあるべきプロペラもアームも存在しない。如何なる動力で推進しているのかも不明な、ただ宙に浮く立体であった。


 しかし、驚くべきはそれだけではない。ドローンの上には男が立っているのだ。


 叶南たちのいる屋上より高度差数メートル。そこまで接近するやドローンは、ふいに内部を紫色に発光させ静かに停止。直後、その半透明の機体を細かく分解した。


 菱形ひしがたドローンは、それ自体が小型ドローンの集合体であった。しかもひとつひとつが精密な動作を可能とするらしく、今やいくつもの機体へと分かれた特性を生かし、男の歩みに合わせながら階段となるよう展開していく。


 男は中年の西洋人だった。エステルミアとそう大差ない身長である。


 光沢のあるダークグレーのスーツを見事に着こなすスリムな体型。後方に向けて流し固める頭髪は鮮やかなプラチナブロンド。皺の刻まれた肌は綺麗で髭ひとつ無い清潔感に満ちており、堀の深い顔立ちも相まって精巧に作られた彫刻のようだった。


「ダメじゃないか。アリス。私の許可なく本気を出すとは」


 男の声は、先ほど虚空に響いたものより威厳を増していた。


「約束したはずだぞ。ともに〝新世界〟を作るまでは抑えると」


 一歩、また一歩と、男は降りてくるごとに声を厳しく。


「でなければ、また。わかっているのか」


 やがて屋上まで到達するや、そう静かにささやいた。


「あ、はっ……わ、わか、わかる、わかってるわ……っ!」


 対して、アリスは声を震えさせるほどに怯えていた。先ほどの気勢もどこへやら。横に立つ男に一瞥いちべつもくれることなく、スカートの裾をぎゅっと握ったまま震えている。


 やおら咳払いをしたエステルミアが、男に向かって冷ややかな態度を示す。


「随分と気取った登場じゃないか。フィッツジェラルド」


 揶揄やゆされ、男――フィッツジェラルドは厳めしい表情から一転、笑顔になった。


「これはこれは。久しぶりじゃないか、エステルミア。どうやって中に入った?」

「教えない。だが強いて言うなら乾坤一擲けんこんいってきに身をゆだねた、とでも思うがいい」

「ほう。なりふり構っていられなくなったわけか。上の連中と同じだな」

「知っていたか」

「もちろんさ。この街の監視網はデウス社の手中にあるも同然だからな。いつ、どこで、何が起きたか把握するなど容易たやすいのだよ。そして――新しい魔法少女の誕生もな」


 フィッツジェラルドの視線が、射抜くように叶南へと向けられる。


「キミの名は何と言うのかな?」

「わ、私は……星見叶南、です」

「いやそっちじゃない。魔法少女のほうだ」

「ああ、そっち。えっと……」


 そういえば、と叶南は思い至る。自分を取り巻く状況に混乱していたせいもあり、魔法少女、もとい【聖女】の名前を知らずにいた。……適当に名乗ってしまおう。


「ツヨツヨカナン――」

「ディアアステルだ」


 咄嗟とっさに思いついた名を意気揚々と口にした刹那、隣にいるエステルミアに遮られたことで、叶南はガッカリすると同時に感心させられた。


 ディアアステル。親愛なる星。素敵。でも、ツヨツヨカナンも捨てがたい……。


「そうか。なるほど。ディアアステル。なるほど。そうか」


 フィッツジェラルドが、興味深そうに叶南を上から下まで眺めまわした。

 直後、それまで無表情を保っていた男の顔が、喜色満面の笑みとなる。


「エクセレントッ!!」


 聞く者を思わず怯ませるような歓声で、フィッツジェラルドが足早に距離を縮めた。


「私が求めていた第二の魔法少女! ワンダフルアリスのライバル! ここに爆誕ときた!」


 相手の当惑などお構いなしに、叶南の手を握り勢いよく縦に振る。


「ハッピーバースディ、ディアアステル! 今日からキミもこの街の魔法少女だ!」

「え、ま、待って。私、今さっきなったばかりで何もわかんない――」

「問題ナスィンッ!!」


 目を剥いて断言し、フィッツジェラルドはふところから名刺を取り出した。


「我が社に所属すれば万事解決。スタッフたちが全面サポートするとも!」


 デウス・インターナショナル。

 日本支部。泡沫支社。

 支社長兼放送事業部プロデューサー。

 ジョン・アントニー・フィッツジェラルド。


 そう名刺には印刷されてある。


「――ダメよっ!!」


 だが、ワンダフルアリスにとって新しい魔法少女の勧誘は許しがたい行為であったらしい。悲鳴のような声で拒絶するや、ただひたすらに抗議でまくし立ててきた。


「わたし以外の子が活躍するとか絶対ダメッ! なんで、なんで勝手に決めるのよジョン!? あなた言ったわ、言ったもの、この街を守るのはわたしだって! だからわたし魔法で――」

「アリス」


 フィッツジェラルドの重く厳格に響いた声が、アリスの癇性かんしょうを妨げた。


「もうわかっているはずだ。それだけでは足りない。それだけでは駄目なんだよ。もはや怪獣だけじゃ人々の心は躍らない。変革が必要なんだ。キミの魔法を強固にする変革が」

「そ、そんなの、また一から創り直せば――」

「また最下位になるつもりか?」


 ゆっくりと、噛み締めるようにつぶやかれた言葉に、アリスがビクッとした。


「また世間に笑われたいのか?」


 おそらくは以前より、そう言い聞かせてきたのだろう。彼女を従わせるために。


「これでは満足できない」


 ことさら残念そうに、表情を曇らせながらフィッツジェラルドは、


「お母さんが満足できないぞ」


 怒りとも悲しみともつかない声色で、アリスの腕を正面から掴み揺すった。


「――い、いや、い、や、いやいや、いやぁ……っ!」


 瞳から涙を溢れさせ、必死に首を横に振って拒むアリスを見ているうち、叶南のなかで困惑よりも不愉快さが増していく。一方的にアリスの尊厳を踏みにじるかのような言動が、まるで自分のことのように我慢できなくなり、どうしようもない憤怒を覚えさせた。


「ねぇ、ちょっと!」


 フィッツジェラルドが振り向くよりも早く、叶南は不満をブチまける。


「さっきからあなたなんなの? キショいんだけど!」


 隣にいるエステルミアが失笑したが、それでも叶南は構うことなく言った。


「どういう事情があるのか知らないけど、それ以上アリスを泣かせるとかやめてよね! いい大人が情けない! 女の子脅すとか最低じゃん! もう無理! すごく無理あなた!」


 しかし、当のフィッツジェラルドはその非難を理解していなかった。解せない表情を浮かべたまま、怪訝な視線をエステルミアへと送るだけ。


「なあ。彼女はこの街について、どこまで把握してるんだ?」

「さっき契約したばかりで何も。これから話すつもりだ」

「ほう。なら都合がいい。こちらも心置きなく発表できる」

「……何をするつもりだ?」

「この私が来たからには察せるはずだ。そのための魔法結社TVなのだからね」


 仄めかすような物言いで不敵に笑い、フィッツジェラルドが上空のヘリを仰いだ。


「さぁ! レッツショウタァァイム!」

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