第7話 開幕! プエラ・マギ・バトル!

 パチン、とフィッツジェラルドが指を鳴らした直後、それは起こった。


「今宵、魔法結社TVをご覧の皆様! お待たせ致しました! 新企画の発表です!」


 ドローンから軽快な音楽が鳴り響き、次いで機体が輝かしい照明を放った。


 突拍子もない演出は如何なる理由か。いや、考えるまでもない。


「私はここ数年考えておりました。もっと魔法少女の活躍が見たい。もっと魔法少女が涙する姿を見てみたい。しかし、ワンダフルアリスだけではそれも難しい現状でした。がっ!」


 誰にともなく虚空に向けて、張り上げる大声は今もこの瞬間、この場を撮影する『魔法結社TV』を意識したものだ。さしずめ、フィッツジェラルドは司会といったところだろう。大型ビジョンの映像が俯瞰視点から主観へと、カメラの権限がドローンに移譲いじょうされたのが何よりの証拠である。


「そこへ誕生した新たなる魔法少女! その名もディアアステル! 彼女のおかげで私の夢がようやく叶うのです! 今ここに開催を宣言しましょう! その名も――」


一瞬の間を置いて、フィッツジェラルドが言い放つ。


「〝プエラ・マギ・バトル〟!!」


 まるで最初から用意していたかのような効果音とテロップで、大型ビジョンに映る自分を色鮮やかに演出するフィッツジェラルド。これにはさすがにエステルミアも呆れかえり、その隣にいる叶南も途方に暮れるしかない。


「大会は二部構成! 互いの得意分野を披露する前半戦! 一対一の格闘形式による後半戦となっております! 前半は市民の皆様の投票によって審査され、後半は単純に戦いで勝利した者が評価されるのです!」


 大型ビジョンに映し出されるテロップが大会内容を表示する。

 視覚的にもわかりやすいそれらに感化され、地上の住民たちが歓声を上げた。


「さらに忘れてはいけません。昨今はSNSによる宣伝も欠かせなくなっています! アリスは元より、ディアアステルにも活動してもらいましょう! 二人のアカウントのフォロワー数も審査に加算されます! ではニューアカウント、カモォンッ!」


 ――ピロリン、と電子音が鳴ったことで叶南は注意を引かれる。


 何事かと思い、スカートのポケットに手を入れた。


 自分のスマートフォン。


 変身を経たせいか、いつの間に転移していたそれを取り出した瞬間、素っ頓狂な声を上げてしまった。


「な、なにこれぇ!?」


 画面に映っていたのは、新しく開設された自分の――ディアアステルのSNSアカウントであった。ドローンから撮影したと思しき自分の顔が、アイコンになっている。


 しばらく驚愕の思いで画面を見つめていた叶南だったが、ふいに通知音が何度も鳴りだしたことで呆気に取られる。フォロワー数が、見る見るうちに増加していくのだ。


「あわわわ……バズってる……っ!」


 その現象こそ何を隠そう、番組を見た市民によるフォローが原因だ。さらにはフィッツジェラルドが発表した企画が呼び水となって、多くの評判を集めたのだ。


「以上で〝プエラ・マギ・バトル〟の説明を終了します! 開催は明日の午前より、魔法結社TVの開始とともに宣言されるでしょう! では番組アナウンサー、締めの言葉を!」


 それまで沈黙を保っていた番組アナウンサーが、慌てて実況する。


『こ、これはなんということだ!? 番組史上類を見ない企画が発表されました! 〝プエラ・マギ・バトル〟。二人の魔法少女が互いに覇を競う大会です! 視聴者のみなさん、今後も要チェックだあ!』


 大型ビジョンに映った魔法結社TVが、アナウンサーの締めくくりの言葉でもって終了した。番組専用のジングルが残響を引き、そして消えていく。


 祭りの後を思わせるかのような寂しい余韻。いつもの日常が帰ってきた。

 だが、依然として叶南たちがいるビルの屋上は、非日常に包まれている。

 エステルミアが叶南のスマホを覗き見て、フィッツジェラルドに苦言を呈した。


「相も変わらずたわけた真似をする。これで勝負になると思っているのか。お前は」

「ドントウォリィッ! 心配には及ばないさ。今回の企画用にアリスのアカウントも新設した。私はエンターティナーだからねぇ。公平な戦いといこうじゃあないか!」

「くだらん。こんな見世物のためにアースノールの【聖女】を使うな」

「では何をもって雌雄しゆうを決するというのかな?」

「今すぐこの場で戦わせろと言ってるんだ。互いの【聖女】を」

「それはいけない。せっかくの企画を台無しにされては困る。

「なんだと?」

「もし大会に参加しなければ――この街の住民を消し炭にする。なあ、アリス?」


 フィッツジェラルドに促されたアリスが、ぼんやりとした表情のまま答える。


「ええ、そうね。わたしの魔法ならできるわ」


 明確な脅しを前に叶南は思わず息を呑んだ。早打つ心臓を止められない。


 ジャバウォッキーの脅威。それは地震や火災とは比べ物にならない災厄だ。

 しかも、それがアリスよって作られた存在なのを知ったいま、下手に彼女の雇い主――フィッツジェラルドに逆らってはいけない。もし拒否すれば、住民たちが殺されてしまう。


 ひとり愕然として震える叶南の肩を、そのとき優しく触れる手があった。


「そんなことをすれば魔法に嫌われると、先ほどそう危惧していたはずだが?」


 エステルミアである。

 そっと置かれる手は勇気づけるように、叶南の恐怖心を拭い去る。


「それとも私を本気にさせたいのか? いいんだぞ? お前だけ殺すくらいわけないんだ」

「……捨て身の覚悟というわけか」


 フィッツジェラルドの顔がひくついた。


「最悪の展開だが、それもまた運命と言える。レットイットビーだよ。エステルミア」

「つくづく度し難い男だよ、お前は。……いいだろう。口車に乗ってやる。本音では死にたくないものな。ただし大会に参加しろというのなら、相応の誠意を見せることだ」


 脅迫される側から一転、逆の立場に取って代わったエステルミアが、交渉を持ちかける。


 その目論見をフィッツジェラルドは気づき、飄々ひょうひょうと頷いて応じた。


「ああ、いいぞ。勝負事には報酬が付き物だ。要求は?」

「二つある」

「なんだ」

「まず一つ。こちらが勝った場合、魔法を解いて住民たちを解放しろ。もちろんぬいぐるみにされた者も含めてだ。そして二つ目は――ワンダフルアリスを私に差し出せ」


 第一の要求は淀みなくすらすらと、続く第二の要求をひときわ断固たる口調で言い放つ。


 それまで黙していたワンダフルアリスも、これには気色ばんだ。


「はあ?」

「おっと勘違いするなよ。私が欲しいのはあくまで魔法――『幻想加筆・概念置換オーバーライト・アトモスフィア』だ」

「最低女……っ!」


 ワンダフルアリスがまたもや怒りをあらわに、その身を極彩色に光らせる。

 しかしそれも、フィッツジェラルドが手で制したことで治まった。


「我が社の稼ぎ頭であるアリスを所望とは……ならば、こちらも要求したいものがある」

「言ってみろ」

「ではそちらが負けたら、ディアアステルを我が社に所属させろ。それも永久に」

「うぇいっ!?」


 予想もできなかった言葉に、叶南は声を上げて驚いた。てっきり命を取られるかと思いきや、あのデウス社に所属する羽目になろうとは……。


 そこへふいに、怒りを抑え込んでいたアリスが口を挿んだ。


「それだけじゃ足りないわ。もうひとつだけ、わたしにもくださいな」


 憤懣ふんまんやるかたない面相でありつつも、だが声だけは穏やかに、媚びるように、


「もし負けたら――エステル――あなたはわたしのおもちゃになるの♡」


 そう可愛らしく要求してきた。


 これには、フィッツジェラルドだけでなく叶南までもが目を見張った。もし大会に負ければ、エステルミアもまたぬいぐるみへと変えられてしまうのだ。


「いいだろう」


 ところが、そんな命をす要求を拒むこともなく、エステルミアは承諾する。


「乗り掛かった舟だ。そちらの要求、潔く呑むとしよう。今の私ではアリスを止められなくもないが、代償は大きい。ゆえに私の――【聖女】ディアアステルだ」


 エステルミアに肩を引き寄せられ、叶南は後ろから彼女に抱きしめられた。

 鼻腔に漂う香水の匂いと、背中越しに伝わる温もりに気恥ずかしくなる。

 しかし、突き刺さるような冷たい視線を感じて、はっと息を呑んだ。


 ワンダフルアリスの目が、顔が、明らかな憤怒を帯びて叶南に向けられているのだ。


 言葉もなく、意図も読み取れない、まるで底抜けの呪詛と怨嗟を込めたかのように鬼気迫る、恐ろしいまでの凝視。得体のしれない罪悪感が、叶南を責め立てた。


「ひとまずはこれでお開きとしよう。大会の詳細は追って連絡する。では、さらばだ」


 それだけ言うとフィッツジェラルドは、またひとつの巨大な菱形となったドローンに乗って背を向けた。アリスも追従してドローンに飛び乗った。


 そしてドローンは音も無く駆け上がり、魔法結社TVのヘリとともに去っていく。

 静寂が降り、張り詰めていた緊張から解放されて、叶南は安堵の溜息をついた。

 瞬間、身体が光に包まれ変身が解除された。元の制服を着た自分を見下ろす。


「わっ、解けちゃった。気が抜けたから?」

「キミの安堵を『聖櫃輝石ラナ・ジュエル』が感知し、警戒モードを解いたからだろう。次からは意思ひとつで変身も解除もこなせるはずだ」

「ふぅん。面白いね」

「――なぁにが〝面白い〟だこのスカタンが!!」

「あ痛ァ!?」


 叶南が感心に鼻を鳴らしたときだった。

 上空より急降下しながら体当たりをかます――全身を金属で構成する梟。それが二度の旋回を経て、エステルミアの肩に止まった。


「こ、今度はなにぃ!?」

「オイ、テメェ! これくらいの攻撃避けやがれ!」

「ヴェあぁ!? 梟が喋ったあ!?」

「今さら何驚いてやがる! 科学とやらが発展してんだろ!」

「あ、それもそっか。なら喋るのも普通……」

「それもそっか――じゃねえ!!」


 叶南の額をクチバシがかすめる。


「危なっ!?」

「間抜けな答え方しやがって! この、このっ! 原始人め!」

「い、痛っ! やめてよロボ梟! 魔法少女のマスコット失格だよ!?」


 鋭い爪でひっいてくるミネルヤに、ひたすら腕を振り回して応戦する叶南だったが、視界の端にエステルミアを捉えたことで早々に根を上げた。


「ねぇ、この鳥なんとかしてよ。あなたのペットなんでしょ?」

「誰がペットだ! オレにはミネルヤって名前があんだよ!」

「こらこら、そこまでだ」


 エステルミアが場を取り成すべく歩み寄り、叶南を守るようにして抱き寄せた。


「あまり新人をいじめてはいけないよ。彼女は我々にとって希望の星なんだ」

「くすん。あなた優しいね。なでなでして?」

「よしよし、怖かったねー。いい子いい子♡」


 だが、それを面白くないと言わんばかりにミネルヤが抗議する。


「やい、魔法使い! なんだってこんなヤツ選んだ!? 今までの勧誘は遊びだったのか!?」

「そんな痴情のもつれみたいな言い方するな。この子には素質がある、だけじゃ不満か?」

「その素質ってのは魔法も使えないことか?」


 それまで口喧やかましかった態度に反して、とたんに静かな口調で問うミネルヤの気迫が、空気を重くする。〝お通夜ムード〟。叶南はそう感じた。


「……ねぇ、もしかしてマズいこと話してる?」

「いや、そんなことはない」


 エステルミアがかぶりを振る。


「時に友よ。キミはこの私と契約して【聖女】となったわけだが、自分が持っている固有魔法を認識できるか?」

「こゆーまほう?」

「そうだ。ひとたび【聖女】に変身した者なら魔法を使うことができる。ワンダフルアリスと同じように。無論、キミにも専用の魔法が授(さず)けられているはずだ」

「でも、どうやって……」

「自分の魔法を意識してみろ。そしたら詳細がわかる」


 促され、叶南は戸惑いながらも自分の魔法を意識する。が、どれだけ意識しようとも思考に雑像ノイズが走り把握できない。まるで何かに邪魔されているかのような現象だった。


「わかんない」


 困惑する叶南のつぶやきに、エステルミアが溜息をつく。


まずいね、こりゃ」

「おう、拙いぜぇ」


 ミネルヤもまた溜息で同意した。


 再びのお通夜ムード。さすがの叶南も居心地が悪くなる。


「やっぱりまずいじゃん! ねぇ、教えてよ。何がまずいの?」

「もちろん教えるとも。だがその前に、我々の自己紹介といこう。――『天翔星女アステリア』」


 聞き慣れぬ名を耳にした直後、エステルミアの羽織っているコートがひとりでに動いて宙に浮いた。橙色の美しい、裏地に銀河が輝くそれ。おそらくは腰元のT字杖ステッキと同じ、これもまた彼女が持つ魔法の道具なのだろうが、叶南は不安にたじろぐしかなかった。


「え、ちょっ……なにぃ……?」


 袖を広げて近づいてくるさまは、まるで獲物を襲うかのような――

 直後、コートは目にも止まらぬ速さで接近し、


「わ――ッ!?」


 瞬く間に叶南を呑み込んだ。

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