第8話 開幕! プエラ・マギ・バトル!

「ひゃわぁあああああああああああ――!?」


 藁屑わらくずのように銀河の中を落下していく叶南。吹きすさぶ風は際限なく恐怖を駆り立てる。


「ま、待って!! 死ぬ!! 死んじゃうううううううううう!?」


 いっときは銀河が浮かぶコートの裏地に、胸をときめかせていた叶南だったが、まさかその部位が四次元空間に繋がっており、しかも呑み込まれて落下する羽目になろうとは思いもよらなかった。このまま永遠に落ち続けてしまうのか……。


「――わおぅ!?」


 しかし、とたんに浮遊する自身に言葉を失う。


「かつて神話の時代、我々アースノールの民は地球に住まう霊長の一種だった」


 姿の見えないエステルミアの声が、殷々いんいんと銀河に鳴り響く。


「しかし、時代を経て人類の文明が進むにつれ、我々の神も住んでいた土地も、果ては幻獣の存続までもが危ぶまれた。発達した文明が魔法に取って代わり、我々が生きる上で欠かせない元素が失われていったからだ」


 叶南の周囲に映し出される神話の時代。電子機器すら介さない光の像が、太古に生きた人々の生活を、空間を、時間を再構築していく。


 穏やかな日差しが降り注ぐ賑やかな街。一見、中世の街並みを思わせるそれは、しかし見たこともない建築様式で成り立っていた。


 それだけではない。往来を行く人々のなんと特殊な外見か。

 獣人がいた。魚人もいる。全身が岩石や植物で構成された者までいた。人間としての生態が常軌を逸している。


 映像が切り替わり、神殿のような建物の中へと移動した。

 広間の中央で純白のローブを着た男女が向かい合っている。両者の手にはT字杖ステッキが握られており、その支柱はそれぞれ青と緑の光で輝いていた。


 瞬間、目の前で繰り広げられる魔法の戦い。杖の先端から発射される水弾。風の刃。炎のむちから岩壁まで。呪文が紡がれるたびにそれらが場を明るく、より幻想的に染め上げる。


 また映像が変わり、今度は教会のような場所に移った。人々は瞑目し、祈る手を作っている。教会の壁面には巨大なステンドグラス。絵描かれているのは十三人の男女であった。


「――本当に地球にいたの……?」


 呆然とした叶南のつぶやきを、エステルミアが厳かに肯定する。


「そうだ。けれど先も話した通り、我々は段々と地球に住めなくなった。そこで……」


 言葉が切られると同時に、遠い銀河の彼方から飛来してくるひとつの天体。


「新天地『幻想惑星アースノール』の誕生だ」


 叶南の眼前へと迫ったそれは、まさしく地球と瓜二つの青い惑星ほしだった。表面に維持された水も、その上空に漂う白い雲も、緑に覆われた陸地や荒廃した砂漠地帯まで、何もかもが地球に酷似している。だが強いて違いを挙げるなら、その惑星は地球よりも大きかった。


「まさか、魔法で星を作ったの……?」

「察しがいいね。その通りだ」

「でも地球じゃ何も知られてないよ?」

「そりゃそうだ。すべての民や生き物の移住が完了した際、アースノールは太陽系から離れて、何億光年も先へ旅をすることになった。いずれ地球で生まれる科学文明が我々の神秘を解明し、力を喪失させることも予期していたからね。だから観測されないよう秘匿したんだ」

「……すごい。どきどきする」


 さすがに叶南も感動を隠しきれない。今まで、どこか心の片隅で〝本当にあったらいいな〟と思っていたファンタジーが、かつて地球に存在していた文明として証明されたからだ。


 だが、そこでひとつの疑問が生まれる。

 地球に住めなくなったからこそ、アースノールの民は魔法で作った惑星に移り住んだのだ。


 ならばいま地球にいるエステルミアは、いったいどういう用件で戻ってきたのか。


「キミの考えていることはわかる」


 そんな叶南の胸中を見透かしたように、エステルミアが言い当てる。


「私が地球に訪れた目的だろう?」

「うん。どうして戻ってきたの?」

「アースノールを復活させるためだ」


 あまりにも自然に、さらりと告げられたことで叶南は面食らった。


「復活させるって……じゃあ今のアースノールは?」

「滅ぼされたよ。『異星帯いせいたいウムドゥムゴア』の襲撃で」

「――――」


 衝撃のあまり茫然とする叶南を、だがエステルミアは構わず続ける。


「『異星帯ウムドゥムゴア』。別名〝星を喰らう者〟。遊星捕食天体。すなわち侵略者……」


 星雲のようなガス状の黒い帯が現れた。しかしそれは一切の光を発することなく、また反射することもない、闇より暗い暗闇のような天体だ。宙域を曲がりくねりながら進行するさまは、さながら巨大な黒い蛇を連想させた。


 やがてアースノールに達したウムドゥムゴアは、蛇が口を開けるように大きく散開、そして獲物を飲み込まんと侵攻を開始する。


 ゆっくりと、だが着実に惑星を包んでいくそれに、叶南は底知れぬ恐怖を覚えた。


「みんな死んじゃったの!?」

「いいや。をご覧よ」


 促され、再び視線を戻した叶南の目に映ったのは、アースノールから飛び出していく六つの彗星だった。

 どれもがウムドゥムゴアの捕食から逃れるように飛散していく。


 そして、目も眩むような爆発。次いでウムドゥムゴアがアースノールごと光に包まれ、跡形もなく消えてしまった。後に残ったのは、ただ宙に浮く岩石の群れだけ。


「抵抗が意味を成さないと知った我々は〝方舟計画〟を実施した」


 エステルミアが淡々と言う。


「力ある六つの国が文化と種、さらに領土の一部を保存し、いずれ移り住む新たな故郷に渡るべく逃れたんだ。だがそのまま逃げるには、ウムドゥムゴアはあまりにも危険すぎる。そこでかの【聖女】アルステラが惑星に残り、ウムドゥムゴアを道連れにしたんだ」

「【聖女】アルステラ?」

「キミやアリスが変身する元となった女性だよ」


 新たな人物が現れた。だが後ろ姿のみで顔は確認できない。

 ただひとつ言えることは、その姿は穢れのなき純白のドレスを身に纏う、桃色の長髪が美しい女性であった。


「彼女はアースノールにおける守護者だった。希望の象徴とでも言おうか。しかし失われたとあっては民の不安を招く。ゆえに、我々は決心した――在りし日の【聖女】復活を」


 そこで今度は深く溜息をつき、エステルミアが声の調子を落とす。


「だが結果は散々さんざんでね。いくら試行錯誤しようと実現には至らなかった。だからこそ、科学の力に頼わざるをえなかった」


 どこかの研究室が映し出された。白衣を着た地球の科学者たちが、アースノールの魔法使いと握手を交わしている。その魔法使いとは――エステルミアだった。


「使者として遣わされた私が、現地の科学者たちと【聖女】システムを開発、これを実装した。魔法少女という名で興行を打たれるのは非常に遺憾だが、我々は晴れて【聖女】を取り戻したんだ。非常に 遺憾 だが……ッ!」

「ア、アハハ……」


 それまで理路整然とした口調から打って変わり、エステルミアの声が荒れだしたことに叶南は苦笑した。地球で例えるなら、聖人をアイドルとして利用するにも等しいのだろう。


「さて、少々話が込み入ってしまったね。友よ。これで私たちが何者で、【聖女】がどういう存在かを理解したと思うが……本題はここから。ワンダフルアリスについてだ」


 取り繕うような咳払いを受け、叶南はそもそもの発端からの疑問を投げかけようと、


「いや待て。だろう」


 口を開きかけたところで制止され、直後に物凄い速さで引っ張られた。


「ぶぅあああああああああああああ――!?」


 有無を言わさぬ引力が叶南に悲鳴を上げさせる。このままいけば、身体がバラバラになるのではないかという速度で彼女の髪を、制服を、手足を風で煽った。


「むぎゅるっ!?」


 だが、それもほどなくして終わりを告げた。おそらく魔法のコートから脱出できたのだろう。いつの間にか視界は銀河から地面へと。叶南は吐き出されていた。


「もぉ……いったい何なの――」


 痛む身体に鞭打って顔を上げた瞬間、状況が変わっていることを思い知らされた。

泡沫市市街より、西へ向けて一〇キロ余り。


 人里離れて伸びる国道沿い。

 その途中に広がる草原地帯まで、叶南は飛ばされたのだ。


「おかえり、友よ」


 茫然とする叶南を見下ろしながら、エステルミアが泡沫市の方向へと手をかざす。


「そしてご覧あれ。キミの住んでいる街が今どうなっているかを」


 言われた通りに視線を向けた先、夜闇に浮かぶ街並みを見て、叶南は驚愕した。


 極彩色に光る透明な半円形のドーム。それが、泡沫市全土を覆っているからだ。

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