第1話 それゆけ! 魔法少女ワンダフルアリス!

『必殺! 〝ヴォーパルキィーック〟!』


 大型ビジョンに映し出されているワンダフルアリスが、必殺技の宣言とともに天高く跳躍。自由落下の勢いを乗せた強烈な飛び蹴りを、ジャバウォッキーの胸に見事ヒットさせた。


『決まったああ! ワンダフルアリスの〝ヴォーパルキック〟だああ!』


 アナウンサーが喜ぶ暇もあればこそ、続くジャバウォッキーの退場はあっという間だ。


 くぐもった断末魔を虚空に響かせながら、真後ろに仰け反らせるサイケデリックなその巨体。あわや住宅街に仰臥するかと思いきや、次の瞬間には光の欠片となって爆散した。


『さすがだ、強いぞ、ワンダフルアリス! またもや街の平和を守ってくれました!』


 画面に表示される《AWESOME WONDERFUL ALICE》というテロップに、観衆の声援が最高潮に達する。全員がアリスの名前を連呼しはじめた。


 だが、そんな番組をビルの屋上から、何の感慨もなさそうに見つめる女の姿がある。


「お決まりの台詞に、お決まりの展開。嘘を嘘で塗り固めた理想世界か」


 美しい女だった。雪の結晶を塗り固めたような、あるいは月や風、もしくは花といった自然に人のカタチを与えたかのような神秘が漂っている。


 両に輝く虹の瞳。

 腰まで波打つ白銀の長髪。

 胴も手足も長い完璧なプロポーション。

 会えば一生記憶に残る、そんな魔的じみた魅力を持つ仙姿玉質せんしぎょくしつ


 年齢はおそらく二十代半ば。しかし若い外見とは裏腹にその佇まいはひどく落ち着いていた。年相応の瑞々みずみずしさは備えていても、堂に入った貫禄が確かなこともあり、さながら老人を彷彿ほうふつとさせる面持ちであった。白銀の髪もことさらにそれを助長している。


 女はしばらく大型ビジョンを眺めていたが、ふいにその視線が脇にれた。


「おや」


 目線の先は蒼穹の彼方。そこに煌めく銀の飛翔を認めて、女は微笑する。


「意外に早かったね」


 バサバサ、と羽音を鳴らしながら飛んでくる銀色のふくろう。だがこの猛禽類もうきんるい、平たい顔から鋭い足趾そくしまで、身体を構成する何もかもが金属でできている。


「やぁ、ミネルヤ。お使いご苦労さま」


 女に労われ、ミネルヤと呼ばれた機械仕掛けの梟が金網にとまった。くちばしを開け一声、鳴くかと思いきや発したのは――


「まったく、このオレ――こき使、やがって、何様――つもっ、ギュビガガッ!」


 人間の言葉だった。しかし声色にノイズが混ざっているせいか、その途切れがちな物言いは非常に聞き取りづらい。さながら故障したラジオとでも言えよう。


 女がふむ、と顎に手を添えながら唸った。


「言語機能に問題があるようだ。やはり強硬手段はマズかったか」

「だからっ、反対だと――言ったん――だダダ、ブッ、ピガァァン!」

「待て待て。たしかこの辺をいじれば……」


 言いさして女がミネルヤの羽の付け根、その接合部にできた隙間に指を突っ込む。


 すると直後にカチリ、と音が鳴った。女が顔を明るくして喜ぶ。


「はい直った!」

「……失敗や。こりゃ言語ソフトが破損しちょん」

「あれま」

「思うた通りに言葉ん出せん。何してくれてんだわい!?」


 目蓋まぶたの位置を斜めに傾け、怒りの表情で羽をバタつかせる銀梟。


「もうバカ! バカ! バカは死んでも治らんぜよ!」


 対して女はハハハ、と笑うだけで悪びれもしない。


「許せ、ティアーのすえ。そのうち直る。……ところで〝彼ら〟は何と?」


 だが、そこで親しげな態度から打って変わり、女の声が低くなる。


「連中、文句言ってやがったぜ! 単独行動は慎めとお怒りでござる!」

「ふぅん。この私に頼っておきながらよく言う」

「原始人の考えることだ! 野蛮で卑劣! 正気のサタデーナイト!」

「そう悪く言ってはいけないよ。本社も必死なんだ。にも」


 女の視線が再び、大型ビジョンに移った。


 番組スタッフからインタビューを受けているワンダフルアリス。彼女を取り巻くファンたちは皆一様に嬉々ききとしているが、その笑顔はどこか不自然で異様なものだ。


 引きっている、というよりは仮面じみている。まるで心と顔が乖離したかのような感情の発露。さもなければ画面に映ったそのときより、〝ただ一度も笑顔を崩さない〟という異常をどう説明できようか。


「ハッ! いけ好かねぇ三文芝居だぜ! どいつもこいつも作り笑いしやがって!」


 画面を見つめながら悪態をつくミネルヤに、女がどこか憐れむように言う。


「だからこそ終わらせなければ。強制される芝居ほど、つまらないものはないからね」

「それでも夢を見ていたい! なぜなら人は弱いから!」

「だが、そのとき望んでいるものを手にして、何の得があろうか。それは夢、瞬間の出来事、泡のように消えてしまう束の間の喜びでしかない」

「シェイクスピアか?」

「彼は好きだよ」


 それきり画面を見ることもせず、女は屋上のへりから移動した。背後からはなおもインタビューを続ける番組スタッフの声。相手は先ほどまで怪獣の人質になっていた少女らしい。カメラを前にすっかり舞い上がっているようだ。放つ言葉はたどたどしいが活力に満ち、そして画面に映るどの人間よりも自然な笑顔でいることだろう。


「アウグストゥスは臨終りんじゅうの際にこう言った。〝芝居は終わりだアクタ・エスト・ファーブラ〟。その通りにしよう」


 誰ともなしに呟いた女は虚空へ身を躍らせると、そのまま雑踏に紛れ消えていった。




                ☆☆☆





 地方都市である泡沫市は近年、現地に支社を置くデウス・インターナショナルの働きもあり、近代的な都市開発が進められている。公共機関から一般家庭まで、ホログラムによる操作盤が一般化。さらには自動運転軌道交通が普及したことによりバス、モノレールなどの無人運転は当たり前。これらを支えるエネルギー源に関しても、沿岸付近に設置された四本の直立可動型メガソーラーに加え、どの方向から風が吹いても発電できる垂直軸型風力発電機の稼働もあり、泡沫市の電力は底を尽きることを知らない。


 産業や農業に関しても、デウス社が製造した人型ロボット〈ステラマタ〉が生産、飼育、栽培を行うおかげで、市民の生活はより快適に、そしてより豊かに進化していた。


 まさに科学技術さまさまな都市なのだが、やはりどれだけ文明が進んだところで基本、朝の通勤通学は徒歩が含まれる。SF映画さながらのポータルで瞬時に到着、なんて夢のまた夢だ。ゆえに事件・事故などで学校に遅れれば当然――


「遅刻だああああああああああああああああ!!」


 街の清掃を任された自動掃除ロボットの合間を縫い、必死な形相で走り抜ける星見叶南ほしみかなんからしてみれば、もうちょっとそこら辺の技術革新なんとかならない? という思いだった。



――時間を戻そう。



 春の穏やかな空気も少しずつ、夏のそれへと変わりつつある菖蒲月しょうぶづき。十六歳の元気いっぱいな女の子・星見叶南にとって、日々を生きる糧といえばやはり〝魔法少女〟だ。


 わけても、いま彼女がとても熱を上げている魔法少女・ワンダフルアリスに関しては、自分でもどうかと思うくらいの心酔ぶりだった。しかも本人に直接会うとなれば、それはもう叶南にとって大事件である。終始テンション上がっちゃってインタビューはしどろもどろだったが、彼女と過ごした短い時間だけは、たとえあの世に逝ってもきっと思い出せるだろう。


 私の推し活記憶、舐めんなよ?


 というわけで、以下そのときの会話内容――



叶南:『えっ、あ、その、どぅふ、は、初めまして!』


アリス:『こちらこそ初めまして。お怪我はない?』


叶南:『だ、大丈夫です。アリスのお顔を見ただけで治りました!』


アリス『うふふ、あなた面白いわね。好きよ、ユニークさん♪』


叶南:『へ? しゅ、しゅき? そ、そんな……(叶南、幸せそうに倒れる)』


アリス:『あら、いけない(ここで叶南を受け止めるアリス)』


叶南:『ふわぁ……いい匂いがするぅ……』


アリス:『――わたしのこと本当に好きなのね』


叶南:『はいぃ……それはもう心の底からぁ……』


アナウンサー:『(小声で)アリス、時間が。巻いて巻いて』


アリス:『ええ、そうね。そうだったわ。ほら、立ってユニークさん』


アナウンサー:『それでは最後にアリスのどこが好きか、聞いてみましょう』


叶南:『はい。やっぱりモデルになってる〝不思議の国のアリス〟みたいに可愛くて優しくて、礼儀正しさと好奇心に溢れたところですかね。もうアリスが口にする言葉の何もかもがそれっぽくて、童話の中からそのまま出てきたみたいな完成度なんです。ちょっとした仕草なんかにも幼さが表れてたり、舌足らずな部分とかまさに原作で七歳くらいに設定されてるアリスって感じなんですけど、ご本人の外見は高校生くらいじゃないですか!? もうそこが神って感じですよね! だって想像してみてください! あの不思議の国を冒険したアリスが十年の時を経て当時の衣装をまとう姿! もうエモエモの――』


アナウンサー:『ちょっとキミ喋りすぎ喋りすぎ!』


 ――とまあ、こんな感じで熱弁しているところに、突如として鳴り響く友人からの電話。


 いわく『担任のマミヤンが怒ってるぞ☆ テレビ出演もほどほどになーオタク♪』とのこと。


 悪い予感がして時計を見れば、なんと午前十時過ぎ。あーもうこれは絶対に生活指導コースまっしぐらの反省文地獄を見るってことで急遽きゅうきょその場から離脱。せっかくの推しとの会話を途中で切り上げた叶南は、全速力で登校する羽目になったのである。

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