第22話 果てなき彼方で輝いて
同じ頃、星見宅の庭にて。
繁華街で繰り広げられている決戦を、塀の上から遠望するミネルヤが低く唸った。
「――
曰くありげな物言いに不安を煽られ、真礼は開け放たれた縁側の窓より問い質す。
「な、何がマズいの?」
「ディアアステルのヤツ、必殺技が封じられてやがる。これじゃ勝てねぇ」
「え、それヤバいじゃん……助けに行かなきゃ!」
「馬鹿タレ! なんで置いてかれたと思ってる!?」
バサバサッ、と羽音を鳴らし、ミネルヤが縁側まで降下する。
「オメェを鎖で繋いだのは戦いに巻き込まねぇためだ! なのにのこのこ戦場に出ていくヤツがあるか! アイツの気持ちを無駄にすんじゃねぇ!」
「無駄って……私だって無駄にされたくなんかない!」
ミネルヤ以上の気迫で反駁しつつも、真礼は揺るぎない意志で切々と告げた。
「叶南は街のために戦うことを決めた。なら私も自分のことは自分で決める。私も戦う。力になりたい。もう誰にも傷ついてほしくない気持ちは――私も同じ!」
「ぐっ、けどよぉ……」
「ミネルヤはどう!? 何もしないで手をこまねいてるつもりッ⁉ フィッツジェラルドに好き勝手やられて、故郷を取り戻す魔法まで奪われて! この甲斐性なし!」
「んだとコラァ! 言わせておけばテメェ、オレだってどうにかしてやりてぇよ!」
「じゃあ協力して! 私は一度『
「死ぬのが怖くねぇのか!? 何もかも失うんだぞ!?」
「怖いよ。怖いけど……」
最悪を想定するならば――たとえ戦場に赴きディアアステルを助けたとしても、システムに介入した時点でそれはフィッツジェラルドにも伝播するはず。おそらくビルのセキュリティが働き始末されるか。もしくは直接フィッツジェラルドに殺されてしまうだろう。
だがそんな危惧を前にしても、真礼の意志は挫けなかった。なぜならば――
「叶南を失うほうが、よっぽど怖い!」
今も遠い空で戦う友を思えばこそ、生き方で後悔はしたくない。
「カヒャッ!」
はたして、真礼の説得がどう心境に変化をもたらしたのか。鳥が喉を鳴らすような、縄張りを主張するかのごとき
「カヒャハハハハハハハ――ッ!!」
しかし目蓋を閉じて首を上向けるさまから真礼は、それがこの銀梟ならではの笑いなのだと理解する。
「私は私の覚悟を示したよ。ミネルヤは?」
「カヒャッ、カヘッ、カヘッ、ハアァ……」
ひとしきり笑った後で、声色に喜悦を残したままミネルヤは、
「――ったく、どいつもこいつも。青クセェガキどもだ!」
言うが早いか自身の鉄翼を三度振り、真礼を繋ぐ枷鎖を断ち切った。
「ありがとう、ミネルヤ!」
「いいから足に掴まれ! 飛ばして行くぜ!」
「うん、超特急でお願い!」
☆☆☆
流星の煌めきと化し、ディアアステルはビルの合間を翔け抜ける。
距離を開くフィッツジェラルドを逃がすまいと再度肉薄。迎え撃つ拳の応酬。常人の目では補足すら叶わないそれを、だが【聖女】は最小限の動きで
「ぐ――ォオッ!?」
顎へと打ち込んだ拳に確かな手応えを感じ取るも、ディアアステルは宙を舞うフィッツジェラルドに追いすがった。両手で毛深い足首を掴み水平方向に回転、プロレス技のジャイアントスイングのように巨体を投げ飛ばす。
「うおあああッ!?」
倒壊したビルを貫通し、粉塵を上げて地表に叩きつけられるフィッツジェラルド。それでもディアアステルは攻撃の手を止めない。両目から迸らせた蒼白の破壊光線が、起き上がろうとする人虎を再び地に叩きつけた。
狙いは胸部の焼灼、及び露出したワンダフルアリスの救出だ。
消耗戦を余儀なくされた以上、魔力が枯渇する前に助けなければ。
ゆえに攻撃は自然と短期決戦を求める。
「ふぅううううっ!!」
両目に魔力を集中させ光線の威力を増加。熱くなる眼球の痛みに歯を食いしばる。
だが、そこへ邪魔が入った。
死角から閃いた
「うァッ!?」
何事かと確認するよりも早く、ディアアステルは攻撃の正体を悟った。フィッツジェラルドを守るようにして浮かぶ複数の立方体。デウス社製のドローンに他ならない。
「ククク、忘れていたろう。これらの存在を」
得意気な顔でのっそりと起き上がり、フィッツジェラルドが両手を広げる。
「我が社が開発した軍事ドローン――通称〝ベルム〟。まだ試作段階だが性能は言わずもがな。データ収集のため、キミとの戦いで使わせてもらうよ」
「公平な戦いを望むんじゃなかったの」
ディアアステルは立ち上がった。
「エンターティナーが聞いて呆れる」
「時にはブーイングも必要なのだよ」
「これは見世物なんかじゃない」
「何事にも楽しみはいるだろう」
「正気の沙汰とは思えない」
「わかってないなキミは!」苛立ちに吐息を乱して、フィッツジェラルドが力説する。「観客を楽しませるときは自由で、印象的で、なんというか貪欲でなくちゃあいけないんだ! それこそ憎まれ役に徹するくらいの度量が求められ――」
「唐突な自分語りやめろウザい」
「それは言葉のナイフだぞッ!?」
聞き捨てならぬとばかりに一喝し、フィッツジェラルドが手を振り仰いだ。
直後に殺到してくる菱形ドローン。まるで魚の群れを思わせる有機的な空中機動が、【聖女】を取り囲むや一斉にビームを発射。四方八方から迫りくる熱線の数々。それをディアアステルは飛翔して回避する。
「逃がすかァアア!」
「くぅうう……ッ!」
間断なく撃ち出される幾条ものビームが、ディアアステルを追い詰める。うち数発は衣装を擦過したことで戦慄が走った。『
しかし、そのとき眼下で見出した赤い金属製の筒――おそらくは崩壊の際に放り出されたであろう消火器に――ひとまずの
「ムッ!?」
濛々と辺り一面に広がる白煙を前に、それまで追尾していたフィッツジェラルドが静止した。虚空を飛び
「フン。幼稚な目くらましで、どうにかなるとでも――」
閃いた青い光の矢が、そのとき数基のドローンを破壊した。
「なにぃ!?」
一瞬の閃光とともに炸裂する機体。その事実に驚愕しつつもフィッツジェラルドは、爆風で吹き払われた煙幕の向こう側を注視した。
はたして、射手は矢を
屈強な肉体を革鎧で包む、堀の深い端正な顔の青年。しかしフィッツジェラルドが真っ先に目を引かれたのは青年の下半身。胴体を上回る一メートル余りのそれは、まさしく馬そのものであり、射手座のモデルとなったケンタウロスに他ならない。
そして驚愕の念は、さらに見咎めた存在で大きくなる。
ケンタウロスと同じく、青い光を帯びた巨大な
「魔道具か。それはちょっとズルくないかい?」
「
「確かに。じゃあ今から禁止だ」
「ふざけるなバカ」
そう毅然と反論しながらも、ディアアステルは安堵で胸を撫で下ろしていた。
〝良かった、まだ使える……〟
煙幕で態勢を整えていた
だが、密かに回収してくれた『
とはいえ完全な修復とまではいかず、使役できる召喚獣も三体だけ。未だ残存するドローンに対して
これで形成は
「行くよ、みんな!」
号令一下。【聖女】の
「おのれぇ!?」
形勢不利と見るや逃げ出すフィッツジェラルドを、ディアアステルは星獣を伴い追いかける。迎撃するビームの嵐。だが蟹座の甲羅で
〝――勝てるッ!〟
思いもよらぬ星獣の活躍を前にディアアステルは確信した。どうやらドローン自体の強度は、それほど高くないらしい。ならばこのまま数を減らして、フィッツジェラルドを孤立させる。
だが次の瞬間、この目算は誤りであったと、彼女は思い知る事となった。
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