第23話 果てなき彼方で輝いて

 羽ばたくミネルヤの足に掴まりながら、真礼は前方に屹立するビルを示した。


「見つけた、アレだよ!」


 天高くそびえるガラス張りのそれは、正式名称『ソムニウムビル』。陽光を一身に受けて光り輝くさまから〝クリスタルビル〟という別名も冠しているが、屋上に向かって先細りする形状のせいで、市民の間では〝キュウリタワー〟とも揶揄やゆされていた。


「ケッ、すいぶんと綺麗に残してやがる。気に入らねぇ!」

「そりゃ本拠地だからね。魔法の分解からはずしたんでしょ」


 ミネルヤの悪態を受け、さもありなんとばかりに真礼は嘆息する。


 いまや崩落した繁華街とは対照的に、ビルとその周辺だけは被害を免れていた。内部の重要設備が失われたとあっては、ネットワークを通じた妨害も無効になる。フィッツジェラルドもそれを危惧してビルを残したのだろう。


 ミネルヤが高度を下げ、ビルのエントランス付近へと向かう。


「それで作戦としちゃどうなんだ。中に入ってどこに行く?」

「制御室に行く。『聖櫃輝石ラナ・ジュエル』の解析でわかった事なんだけど、デウス社は【聖女】システムを支部で管理してるの。そのシステムの中枢が制御室にある。そこならディアアステルの制限も解除できるよ」

「なるほどな。けどよ、もし社員がいたらどうする?」

「もちろん協力してもらう。邪魔するようなら強行突破」

「オーケイ。殺さねぇ程度に痛めつけちゃる!」


 ほどなくビルの正面口に真礼たちは到着した。

 自動ドアをくぐり、内部へと歩を進める。


 ビルは円錐形状ということもあり、一階から最上階まで吹き抜け構造となっていた。ロビーより見上げる景観は幻想的の一言。外界からの夕日で屋内はセピア色に褪せている。


「綺麗……」


 神秘的な光景を前に惚ける真礼へ、ミネルヤが周囲を訝りながら指摘した。


「おかしいぜ。誰もいねぇぞ!」

「え?」


 指摘され、気づかされる無人のロビー。

 先の会話とは裏腹に、中はもぬけの殻だった。


「あ、ほんとだ。もしかしてみんな逃げたのかな?」


 不審に思った真礼も周囲を見渡す。やはり今の街の状況下では当然だったか。


 だがそのとき、遠巻きに群れを成す物体を見咎め、ハッと息を呑んだ。


 全身をミルクスチールで形成された人型ロボット。それが物陰から一体、また一体と出現し、あっという間に来訪者を取り囲んでいくではないか。


「オイ」


 ミネルヤが警戒になずむ。


「なんだコイツら」

「あーヤバい、失念してた……。デウス社製のロボット〈ステラマタ〉だ。受付とか警備とかしてるヤツ。こ、こんにちはみなさん。ご機嫌いかが……?」


 物々しい空気に不安を煽られ、思わず声を固くする真礼だったが、


「ようこそ。デウス・インターナショナル泡沫支部へ」


 予想に反し誠実に歓迎されたことで、すっかり気が緩んでしまった。


「ああ、これはどうもご丁寧に。ところで社員の方は――」

「バトルの邪魔をさせぬよう、全員地下に拘束しております」


 否、誠実な歓迎というのは、どうやら希望的観測だったらしい。


「もちろん、お客様も例外ではありません」


 それまで直立不動だった〈ステラマタ〉が、一斉に襲いかかった。


「ぎゃああああああああああ!?」


 広大なロビーに真礼の悲鳴が響き渡る。恐怖は街の崩壊の比ではなかった。いつも街中で見慣れているロボットが、明確な殺意を向けてきたとなれば当然だ。


「チクショウ! やっぱこうなるか!」


 だが脅威に圧倒される暇もあればこそ、出し抜けに飛んだミネルヤによって真礼は守られた。あわや殺されるかに思われた瞬間、ミネルヤが大きく翼を広げ、自身を中心に半径二メートルにも及ぶドーム型のエネルギーシールドを展開、真礼を取り込んだのである。


 無機質な瞳を輝かせ、次々と張り付いてくる〈ステラマタ〉。強靭な上腕アクチュエータと関節軸トルクに物を言わせた拳が、シールド越しに真礼たちを殴りつける。そのうち加勢してきた新たな個体と合わさり、もはやシールドはその形状よろしく〈ステラマタ〉の殺到で覆い尽くされていた。


「ヤベェ、このままじゃたねぇぞ!?」

「へぇ! すごいっ!」


 眼前の光景に慌てふためくミネルヤに、真礼が目を輝かせて喜ぶ。


「これ荷電粒子のプラズマ化したエネルギーを磁場で分散してるの!?」

「感心してる場合か!!」


 言うが早いか、ミネルヤが真礼の襟首を掴んだ。直後、その場から飛翔。今度はシールドを球状に変化させ、纏わり付く〈ステラマタ〉を振るい落としていく。


「クソ、埒が明かねぇ! 強行突破だ!」

「わかった! このまま三十五階まで!」


 解析で知り得た情報を元に真礼が指示する。屋内が吹き抜けのおかげもあり、飛んで行けるのが幸いだった。もしこれが階段やエレベーターともなれば、今頃は袋の鼠だったろう。


 ところが飛行によるアドバンテージは、早々に覆されてしまった。


 地上に置き去りにされた〈ステラマタ〉が、遠のく侵入者を追って階段を疾走。上階の通路に到着するや否や、吹き抜け中央で羽ばたく標的に向かって――その身を突っ込ませた。


「ぐおッ!? こいつらマジかあ!?」


 ミネルヤが驚愕する〈ステラマタ〉の追撃。それは脚部アクチュエータを限界まで駆使した飛び降り、もとい捨て身タックルだった。端から見れば投身とまで言える自壊行為だが、その勢いたるや砲弾、まさに人間大砲のごとき妨害である。


「クソッタレ!! これじゃ着く前にシールドが――」

「見えた! あの扉に向かって!」


 息をつく間もない強襲にもかかわらず、真礼が冷静に目的地を指し示した。三十五階。南西エリア。数メートルと続く廊下の先に自動ドア。ミネルヤも確認する。


「あそこか。そんじゃまいっちょ……突っ込むぜ!!」

「え、ちょ待っ――ぎぃえええええええ~~~ッ!?」


 宣言通り、扉に向かって急発進するミネルヤ。その無謀にも等しい強行突破が少女に悲鳴を上げさせる。むべなるかな。それまで追撃に徹していた〈ステラマタ〉が、制御室への突入を察すると徒党を組み、進路を阻むようにして立ち塞がったのだ。


 それでも、何とかなってしまった。


 ロケット弾さながらの推力で飛翔するミネルヤの突撃は、大気の壁を打ち抜き衝撃波を発生させたことで空飛ぶ掘削機と化した。衝突され、吹き飛ばされた〈ステラマタ〉の群れは部品を撒き散らしながら損壊、廊下の壁や天井に激しく打ちつけられる。シールドという防護力場に覆われていなければ、きっと真礼も四肢が吹き飛んでいたことだろう。


「オルァッ!!」

「ぎゃふん!?」


 やがて制御室の扉が目と鼻の先にまで迫った瞬間、ミネルヤが電子ロックを意にも介さず、体当たりでドアをブチ破った。その衝撃でシールドは崩壊、真礼も室内へと投げ出される。


「痛ったあ……無茶しないでよぉ……」

「ヘンッ、結果オーライってやつだ!」


 押し入った痛みで苦悶する真礼に、ミネルヤが打ち抜かれた扉の先を促す。


 通路に散らばる〈ステラマタ〉の残骸。先の妨害が総出によるものならば、これ以上の加勢は無いと見るべきか否か……。


 いずれにせよ、追撃のない今がチャンスだ。


 真礼は制服の懐から電子タブレットを取り出し、薄暗い室内をぐるりと見回した。


「えーとコネクターはっと……」


 窓ひとつ無い制御室には、巨大な液晶モニターと制御機器が設置されていた。まるで映画で見るオペレーションルームのような内観に興奮を覚えつつ、真礼はタブレットから接続端子を伸張、制御機器のコネクターに刺し込むと操作を開始した。


「そんな板一枚でシステムに介入できんのか?」

「舐めないで。私が作った特製タブレットだよ」


 タブレットの液晶画面が制御室のモニターと同期する。下から上に流れていくコーディングを見上げながら真礼は強気に応じた。日頃から部活でデウス社の製品を研究しているだけあり、彼女の機器開発能力は個人発明家と遜色ないレベルに達している。


 そしてそれは、強固なセキュリティを突破できるほどに優秀で。


「どれだけ強力なAIだろうと、私が開発したハッキングソフトなら……」


 後方から駆動音。次いで絶叫が室内に響く。


「危ねえ!!」


 間一髪、危険を察知した銀梟が、少女を強引に掴み寄せたことで事なきを得た。

 轟然と唸りを上げ擦過するミルクスチールの拳。それが真礼の過去位置――壁際の制御機器を穿うがつようにして叩き込まれたのだ。


 引き離された勢いで倒れた真礼は、慄然とする思いで襲撃者を見上げた。


 おそらくは先の突撃を受けてもなお、可動し続ける個体がいたのだろう。だが満身創痍にもかかわらず放った拳があだとなり、その衝撃で今度こそ〈ステラマタ〉は停止した。


 直後、示し合わしたかのように機器は火花を散らし、一斉に電源を落とす。


「そんな!」


 真礼が慌てふためく。ブラックアウトした制御室のモニターと同様に、彼女が持つ電子タブレットの画面も黒かった。見れば液晶がひび割れている。〈ステラマタ〉の拳は制御機器だけでなく、彼女のタブレットをも破壊したようだ。


「ダメ……ダメだよ……こんなのダメ……っ!」


 最悪な事態が、真礼に拒絶を吐き出させる。


 思いもよらぬ背後からの奇襲は、自分を狙ったものではなかったのか。システムをリセットされるくらいなら機器を破壊するまで。そうプログラミングされていたゆえの行動か。


 あるいは、攻撃を避けたばかりに起きてしまった――不幸な事故。


「ど、どうしようミネ、ミネルヤ……どうしよう……これじゃ叶南が……」


 機器は煙を上げ沈黙している。さすがの真礼でも修理はできない。


「お願い何とかしてよ! 物を直す魔法とかあるでしょ!?」

「……オレが使えんのは……治癒魔法だけだ……」

「――――」


 告げられた事実に絶望するあまり、真礼は涙を堪えきれなくなった。


 一度は助けられなかった友人を二度までも。どれだけ私は無力な存在なのか。 

 いや、方法ならある。社内のラボに向かえば、きっと『聖櫃輝石ラナ・ジュエル』のひとつくらい。


 だけどそれは、自分もまた後戻りできない存在として、永遠の時空ときを過ごすという……。


「ミネルヤ……わ、私……私も……【聖女】に――」


 しかし震える言葉は、そのとき凛と響いた声で阻まれた。


「やぁ、可愛いお嬢さん。残念ながら、その必要はないよ」


 端然たる美貌を呪いでやつれさせた――エステルミアがそこにいた。

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