第24話 果てなき彼方で輝いて

〝……おかしい……〟


 射手座が三十基を破壊した時点で覚えた違和感。

 それは一向に減る気配のない敵勢によって明白となった。

 いくら蟹座が切り裂こうと、天秤座が打ち砕こうと、新手のドローンが次々と襲ってくるのだ。もはや目で見てそれと解るほどに、敵は多勢に膨れ上がっていた。


〝まさか……ッ!?〟


 最悪の予感は見事に的中する。


 目の当たりにした増援の仕組み。極彩色に両手を輝かせ、撃墜されたドローンを修復した端から出撃させるフィッツジェラルド。なるほど道理で減らないはずだ。


 固有魔法『幻想加筆・概念置換オーバーライト・アトモスフィア』――たかが〝分解〟されど〝創造〟と侮るなかれ。目的が武装の補充、しかも強力な無人機となれば深刻な脅威である。互いに非正当所有者という事実から魔法の行使を度外視していたディアアステルは、ここにきてフィッツジェラルドが自分と同じように〝創造〟の力を用いたことに歯噛みした。これでは、いくら撃墜しようと膠着状態が続いてしまう。


 この局面において、持久戦は何よりも避けたい負荷だ。余計に魔力を消耗していたのでは、【聖女】の変身が保たない。だからこそ早々に決着を求めた。だが今となっては無尽蔵に沸くドローンに阻まれ、フィッツジェラルドに有効打も与えられない。


「ククク、魔法少女のピンチというのはイイものだ」


 焦燥に歯ぎしりする【聖女】の奮闘ぶりを、人虎は逃走のかたわら恍惚こうこつと眺める。


「思えば子供の頃から好きだった。逃れられない、抜け出せない。そんな窮地に陥る彼女たちを見ていると、何とも言えない高揚感をいだいてしまってね。いつも寝る前にベッドの上で想像したものだよ。怯える姿、苦しむ姿、絶望で膝を屈する姿……」


 陶然と夢見る口調は次第に熱を帯び、いつしか鬼気迫るものへと変じていく。


「なのに世の作品ときたら……やれ友情だの笑顔だの絆だの……違う違う違う断じて違ァう! 希望が絶望へと替わる瞬間ッ! ヒロインが見せる感情のジェットコースターそれこそが! 我が番組に必要な因子――クモラセエネルギーなのだ!!」

「こ、の――ぉおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 虚空に閃くビームの直中ただなかを、被弾も厭わず突っ切る流星の乙女。


 固めた拳は人虎の鼻っ面へ。有無を言わさぬ力で叩き込まれた。


 が、しかし。


「どうやらもうキミの魔力は、残されてないようだな」


 裂帛の気合で振るわれた拳は、確かにフィッツジェラルドの顔面を捉えてはいるが、もはやディアアステルのそれではなく――華奢きゃしゃな星見叶南の拳だった。


「ぁ――!?」


 時間切れ。最悪の言葉が脳裏に浮かぶと同時に、叶南は自分の姿を即座にあらためる。


 装備した二つの魔道具。『天翔星女アステリア』と『伝承星群観測機ステラレコード』はそのままに、だが【聖女】の姿だけが失われていた。


 魔力減少による変身解除。


 元の制服を着た自分が……。


「ハハハハハッ!!」


 哄笑とともに拳を振るい、フィッツジェラルドが叶南を殴り飛ばす。


「いぅぶ……ッ!?」


 襲いかかる腹部の激痛に叶南は嘔吐えづき、背筋を凍らせた。それまで機能していた痛覚抑制が、ついに変身が解除されたことで失われたのだ。全身をナノマシンで構成する以上、生身の人間よりいささか頑丈ではあるものの、もはや感じる痛みは常人のそれと変わらない。


 さらに、全身を巡る力の躍動も感じられない。


 研ぎ澄まされた五感。


 岩盤をも破壊する膂力。


 戦闘において重要なそれらも、【聖女】でない今となっては行使できない。


「ダメ……これじゃ、イリスを助けられない……っ!」


 不意に訪れた絶望が、空中で静止した叶南を出遅れさせる。


「いいぞ!! その顔が見たかったァアアアアアアッ!!」


 喜悦に手を振り仰ぐフィッツジェラルド。再度、ビームを発射するドローン群。回避、反撃の猶予もなく叶南は、煌々こうこうと迫りくる閃光に――


 撃ち抜かれると思われたそのとき、突然強い力で押し退けられた。


「わあっ!?」


 速まる視界に仰天するも背後を振り向く。

 するとそこには……。


「蟹さん!?」


 直撃の刹那、迫りくるビームから叶南を連れ出したのは、寸でのところで追いすがった蟹座である。ギチギチ、と鉗脚ハサミを鳴らすさまから何かを伝えようとしているのだろう。だが言葉を持たぬ動物では意思をみ取れず、それは皿で小突いてくる天秤座も同じだ。


「え、なに……何が言いたいの……?」

『――思い出せ――』

「……喋ってる……」


 叶南は呆気に取られた。自分と並んで飛翔する射手座の青年。

 それまで一言も発さなかった彼が、叶南の肩に手を置いて話しかけていた。


『――思い出せ――』


 しかし言葉は話せても、その意味まではかいせない。


「……いったい何を……」

『――自分の使命を――』

「――――あぁ――――」


 衝撃と言う名の激励が、稲妻のごとく叶南を駆け巡った。


 思い出せ、自分の使命を――確かにそうだ。


 あの日、エステルミアと契約した夜。自分は胸に誓ったではないか。


 たとえ戦いが怖くても、死と隣り合わせであっても……。


 でも、それでも私は誰かのために、戦うことを選ぶのだと――ッ!


「そうだ。そうだった……」


 どうして弱気になってしまったのだろう。


「たとえ変身できなくても、私は正義の味方」


 力が失われようと、どうってことない。


「他の誰でもない。この私が……」


 なぜなら自分は――



「【聖女】ディアアステルだああああああああああああああ!!」



 怒号とともに感奮興起かんぷんこうき。戦局の不利を物ともせず、叶南は再び空を翔け巡った。


「アァアアアメイジィイイイイイング! 素晴らしい、素晴らしい、感動的だああ!変身が解けてもなお失われぬ闘志! これ以上の撮れ高はないだろう! だが、まだ足りなァい!」


 感動の雄叫びを上げながら、身をひるがえし地上へ降下すると、フィッツジェラルドは低空飛行のまま両手を突き出し――逃げ遅れた住民二人を捕らえた。


「な――ッ!?」


 その行動の不吉な意味に叶南は瞠目する。まさかこの局面で人質とは!


「待て!!」


 急ぎ空を翔け追いかける。だがフィッツジェラルドはあろうことか、


「愛と勇気と夢と希望をたらふく喰わせて吐き出させる。私はそぉんな――エンターティナーだよぉおおおおおおおおおおおおおん!?」


 自身が高所で飛行したまま、捕らえた住民を放り投げた。


「なんてこと……っ!」


 許されざる凶行に憤る間もなく、叶南は悲鳴を上げ落下していく住民たちに手を伸ばす。が、フィッツジェラルドによって異なる方向に投げ出された彼らは、それぞれの距離があまりにも離れていた。たとえ片方は助け出せても、もう片方は助けられない。


 加えて、厄介なことにドローンの制圧射撃。叶南に向けて放たれるビームを対処しなければ、どれだけ速く飛翔しようと間に合わない。


 ならば――


「お願い行って!!」


 進退窮きわまると悟った時点で取るべき行動はただ一つ。叶南は自身に攻撃を誘引しつつ、それとは別で射手座と蟹座に救助を任せた。これで星座の守護まもりは天秤座のみとなったが、命を救うためなら背に腹は代えられない。


「――ハッハァ!!」


 まさに、フィッツジェラルドはその隙を狙ったのだろう。


 二人の住民を受け止めた星獣に安堵したのも束の間、叶南は迫りくるフィッツジェラルドの不意打ちをもろに受ける羽目になった。吹き飛ばされた身体は弾丸のようにビルへと突っ込み、オフィスデスクを巻き込みながら何度も床を転げまわる。


「かは……ッ!」


 ようやく回転が止まるも気を失いかけていた。全身を苛む激痛は、【聖女】のときより数倍増し。それでも立ち上がろうとする。だが無駄な足掻あがきでしかないと知った。朦朧とする意識を回復させた瞬間、身体が真っ赤に染まっているのを、切り裂かれた痛みで理解した。


「ァ――ッハ、ぅぐ……づぁ――ッ!?」


 冷静に思考を働かせるのは困難だった。

 耐えがたい苦痛に狼狽ろうばいし、取り乱すしかない。


『――思い出せ――ッ!』


 だが、直後に戻って来た星獣に叶南は励まされた。

 攪拌かくはんする思考が冷静さを取り戻す。


「――うん……そうだ、ね……ッ!」


 こんなのへっちゃら。そう己を一喝して奮い立った。


「魔法のコートさん! 何か武器を!」


 求めに応じ、『天翔星女アステリア』がコートの裏地から一本の剣を取り出す。


 何の変哲も無い西洋の剣。それを叶南は「ありがとう」と受け取った。


「おやおや、新しいオモチャかな?」


 フィッツジェラルドがビルに乗り込む。


「だけど無理は良くないぞ。変身できなければ勝ち目はない。わかっているだろう?」

「……そんなの、やってみなくちゃ……」


 震える手足に力を込め、少女はまなじりを決しながら、


「わからないでしょ!!」


 弾けるように疾走。猛然と人虎に斬りかかった。


「このお馬鹿さんがァアアアアアアアアアアアア!!」


 呆れ顔で吼えるフィッツジェラルドが、幾重にも展開させたドローンの――三〇、六〇と閃くビームの迎撃。それが叶南の視界を紫に染め上げる。


「蟹さん!!」


 それでも、後退はあり得ないと指示を飛ばす。


 殺到するビームの雨を甲羅こうらで弾く蟹座の後方。そのかげに隠れるようにして叶南は、フィッツジェラルドめがけて突進した。蟹座という即席の盾に合わせて、射手座の支援によるドローン破壊が目眩ましとなり、剣の間合いまで距離を詰めさせる。


小癪こしゃくなァアアアッ!」


 突き出される鉗脚ハサミに対し、フィッツジェラルドが片腕だけで蟹座をいなす。しかしそのすぐ後ろには剣の突きが、彼の胸を捉えようとしていた。


「悪足掻きを――」


 ディアアステルならばいざ知らず、だが変身の解けたいまとなっては叶南の刺突も些末事さまつじだ。【聖女】の攻撃でなければ、取り立てて警戒する必要など……。


 その油断が仇となった。


 右腕で切っ先を防いだそのとき、突然しもが発生するや腕を粉々に砕いたのだ。


「な――ァッ!?」


 予期せぬ事態にフィッツジェラルドが狼狽する。右腕の失われた肩を庇い大きく後退。そのままビルの外へと逃れ出ながら、自身に起きた怪現象を推し量る。


「氷の魔剣――ってこと!?」

「正、解……ッ!」


 そう強気に応答すれども、驚愕したのはフィッツジェラルドだけではなかった。剣より迸る魔力から何かしらの性能を見込んでいたとはいえ、まさか相手を凍結させる効果があったとは、直前まで知ることのなかった叶南も内心驚いていた。


 しかも想定外の展開は、それだけではない。


「身体が……再生しない!?」


 フィッツジェラルドの動揺は、まさしく自身の肩口にあった。ナノマシンによる修復機能は、無論ワンダフルアリスを取り込んだ彼にも備わっている。たとえ身体が欠損しようと即時再生。全身を消失した叶南の復活という前例もある。


 にもかかわらず、フィッツジェラルドの右腕は依然として再生しなかった。輪切りにされたかのような肩口には、先の凍結で見せた霜が付着していた。


〝霜が再生を邪魔してるんだ……〟


 両手に握った魔剣の真価を、叶南は相手の傷口から見て取り理解した。


 ナノマシンの再生を阻害するほどの凍結力。なるほどこの効果は、傷を癒す相手にとって脅威となろう。


 即ち、反転攻勢――


「行くよ、みんなっ!!」


 吶喊とっかんを張り上げ、叶南は星獣を伴いながらビルを飛び出す。が、


「図に乗るなあああ!!」


 逆上したフィッツジェラルドが新たなドローンを魔法で創造――直後、残った左手で虚空を振り払い、自身を守る球体のように展開させると、一斉にビームを放った。


 これには接近していた星座も反応できず、また予測できなかった叶南も直撃を受ける。


「づぅ……ッ!?」


 だが即座に『天翔星女アステリア』が反応し、生地で防御してくれたおかげもあり叶南は無傷で済んだ。すかさず距離を取りつつ、意思を飛ばして星座を招集する。


 ところが戻ってきたのは、満身創痍の


「他の二人は……」


 叶南の悲嘆に蟹座が視線を下ろす。その反応だけで消息は充分だった。


「消えろォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 射手座と天秤座の消失を惜しむ間もなく、フィッツジェラルドが怒号とともにビームを拡散。その意図するところは――すなわち不可侵の砲台。叶南を近づけさせまいと放つ威嚇いかくであった。ドローンを球状のまま維持するあたり、よほど魔剣を危惧しているのだろう。


 しかし一撃さえ通れば叶南の有利に働く状況も、間断なく撃ち出される弾幕のせいで近づくことすらままならない。


 相手に隙を誘発させるような、不意打ちでもなければ……。


「――そうだ……」


 とたんに閃く策を覚えて、叶南はビルの物陰まで避難した。


「蟹さん。あのね……」


 フィッツジェラルドに気取られぬよう、小声で作戦を口にする。


「出てこい星見叶南‼ さもなければ――――ふん……」


 姿を見せない少女に業を煮やし、一斉掃射を放とうとした刹那、人虎は失笑してしまった。


「馬鹿めが。同じ手が通用するとでも?」


 ビルの物陰から飛び出してきた蟹座の、いっそ愚直にすら思える一直線の突撃。

 大方、またもや甲羅を盾にして、剣の間合いまで近づく算段なのだろう。


「いいだろう。ならばこちらは必殺の……」


 みずからの甲羅を盾に向かってくる蟹座――その陰に隠れている少女も葬り去るべく、ドローンを円状に展開し直すフィッツジェラルド。


 大砲の発射口を想わせる配列が、上空へと退避する蟹座に必殺の凝視を送り、


 そして――


「〝絶許滅殺ビィイイイイイイイイイイイイイイイム〟!!」


 放たれる極太の光線。

 すべてを焼き尽くす破滅のそれが、夜闇もろとも蟹座を呑み込んだ。


 上空へとほとばしる光の奔流ほんりゅうに、戦いを見守っていた住民の誰もが吃驚した。まず間違いなく五〇フィートは下らないビームの直径は、もはやビームというより天を支える柱のようですらある。蟹座が回避行動を取っていなければ、地上が塵と化していたほどの高出力だ。


 一方で、その威力に嬉々とする者がひとり。


「クハハハハハハハハハハハハハハハハハハ――――ッ!!」


 いかな魔道具であろうと、頑強な『聖櫃輝石ラナ・ジュエル』であろうと、灼熱の衝撃はそれらを一分子に至るまで消滅させたはず。光線が止み、蟹座が消え去った後も、フィッツジェラルドは哄笑を抑えられなかった。邪魔者を排除した喜びに、得意絶頂の笑みとなる。


 だがすぐに、その笑顔も真顔になった。


 背後に気配。次いで働いた直感が、フィッツジェラルドに左手を突き出させる。


「わかっていたよ。蟹は囮だって」


 ほとんど振り向きもせずに捕らえた襲撃者。しかし掴んだはずの感触がだったことに驚かされ、フィッツジェラルドは信じられない思いで見やった。


「――ッ!?」


 手にしていたのは『天翔星女アステリア』だけだった。それもあるじが不在のままの……。


「馬鹿な、いったいどこに……ッ!?」


 有り得ない事実が、フィッツジェラルドに驚愕という隙を作らせる。


 彼は見た。コートの裏地。銀河が煌めくそこから現れた――ひとりの少女。


 星見叶南。


 魔剣を逆手に振りかざした彼女が、いま瞠目する人虎の前へと躍り出た。


〝このときを――待ってた――ッ!〟


 訪れた勝利の確信に、叶南は戦意をたかぶらせる。


〝魔道具を収納できるコートの裏地〟


 土壇場で閃いた策。それは『天翔星女アステリア』に自身を潜ませるという騙し討ち。


〝隠れてるとか思わなかったでしょ〟


 だが確実に遂行するには、相手の裏をかく必要があった。


〝蟹さんが繋げてくれたチャンス〟


 ゆえに、蟹座かれの犠牲が生んだこの一撃は――


〝絶対に、無駄になんかしない!〟


「はああァァァッ!!」


 振り下ろされる氷の魔剣。それは狙い過たず、相手の胸に突き立てられ――


 刹那、予期せぬ妨害。


 届かぬ剣先。


 腕に込めた力は間違いなく。


 では、いつまでも引き延ばされる攻撃は果たして、如何なる魔法が原因か。


 いや、答えは叶南自身が知っていた。


 わかっていた。


 なぜならば……。


 剣先がフィッツジェラルドの胸部に届く直前で、見計らったかのように露出したワンダフルアリス。それを見た瞬間、他でもない叶南が攻撃を止めたのだ。


「たとえ再生するとわかっていても、妹は刺せないかね」


 肉親を盾にされ躊躇する叶南を、フィッツジェラルドが冷ややかに笑う。


「美しい姉妹愛。だが悲しいかな。その優しさがキミを――」


 憐憫の言葉はそこで途切れた。


 続きを聞くよりも早く、上空から降り注いだビームが、叶南を地上へと叩き落としたからだ。


「――――ァ――――」


 灼熱の衝撃を浴びるなか、少女は決定的なまでに思い知らされる。


 自分は、敗北したのだと。

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魔法仕掛けのディアアステル 海蛇ロマンチスカ @alphard_al_shua

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